夕食の席で
ユリアの家は、港から馬車で10分ほどの場所にあった。さすが、大商人の家。うちと大差ないほどの大きさだった。
本当はティアナ達とはここでお別れのはずだったのだけど、今からエーレンフロイト領に向かうのでは夜になってしまうというので、ユリアに一泊する事を勧められた。というか、ブルーダーシュタット内のどこかの宿で一泊するつもりではいたようだ。それならうちに、とユリアにすごく勧められたのである。
ユリアの家は内装も立派だった。石造りの大きな建物で庭はあまり無さそうと思ったが、中庭がめっちゃ広かった。美しい回廊になっていて、文子だった頃、世界遺産の番組で見たスペインのアルハンブラ宮殿とかを思い出した。建物自体は、やはり世界遺産番組で見たイタリアジェノバの豪商の館みたいな感じだ。伝わらないかもしれないが、私の貧弱なボキャブラリーでは、この程度の表現しかできない。
とにかく、決して下品ではないけどお金持ってそうな家。という感じだ。
着いてすぐ、お茶とか勧められる前に宿泊する部屋へ案内してもらった。船の中では体を拭く事しかできなかったので、まずお風呂をどうぞ。という心遣いらしい。
寄宿舎の二人部屋よりまだ広い部屋に、バスルームとウォークインクローゼットが付いている。そして、ベッドが2つあった。護衛のアーベラが同じ部屋が良いのか違う部屋で良いのかわからなくて、とりあえずツインルームを私の部屋、その隣をアーベラの部屋にしてくれたらしい。
「どうする?」
ときいたら
「それはまあ、同じ部屋の方が護衛は楽です。」
と言われたので同じ部屋を使う事にした。すでに船の中で2泊同じ部屋だったので今更同じ部屋に抵抗は無い。
お風呂に入って、服を着替えたらもう夕ご飯の時間だ。
ユリアが迎えに来てくれて、私とアーベラは食堂へ向かった。
食堂も豪華だった。
壁には美しい絵がかけられ、絨毯も上等だし、家具にも重厚感がある。大きなテーブルでは30人くらい同時に食事をとれそうだ。ユリアとお父さんが普段使いしている食堂ではなく、お客さんが来た時用の食堂なのだろう。
すでにエリーゼが来ていて食堂の席に座っていたし、ジークもいた。エリーゼの侍女達も席に着いている。この侍女さん方は、使用人とはいえ、侯爵家の親戚だったりで上級貴族なのだと思われる。招待主のレーリヒ家が平民なので、みんな一緒に無礼講でという事なのだろう。私の護衛騎士達も皆、私の近くの席に座るよう勧められた。
エリーゼとジークが、それで良いというのなら、私も全く構わない。
後、席に着いているのは中年の男性と女性が一人ずつだ。
当然、男性がユリアの父親だろう。
「ご機嫌よう、エリザベート・フォン・ブランケンシュタインです。ご招待に感謝しますわ。」
と、エリーゼが言った。中年の男性と女性は手を胸に当てて頭を下げている。
次は、ジークの番かな?と思ったがジークは何も言わない。すでにユリアの家族と面識があるのかもしれない。なので、私が挨拶をした。
「レベッカ・フォン・エーレンフロイトです。ユリアさんとは仲良くさせてもらっています。お世話になりますね。」
貴族令嬢としては、フランクすぎる挨拶かと思ったが、ユリアのお父さんと側にいる女性は嬉しそうに微笑んでくれた。続いて、エリーゼの侍女さん達が自己紹介していき、その後うちの護衛騎士が続く。
その後が、館の主人の挨拶だった。
「ダニエル・レーリヒと申します。粗末な館ですが、ご来訪感謝致します。」
『粗末』の定義がおかしいだろう。と心の中でツッコミを入れてしまう。
しかし、さすがユリアのお父さん。顔が良い!
ハリウッド映画で主役はれるレベルの顔の良さだ。声も朗々としているしスタイルも良い。商人だけあって愛想も良い。
まあ、ユリアの父親が不細工だったりしたら、母親の浮気を疑ってしまうが。それにしても目の保養になる父親だ。
「シュザンナ・ライネンと申します。ユリアーナの伯母でございます。」
と女性が名乗った。この人が、ユリアの会話にたびたび出てきた伯母さんなのか。カフェの女主人というだけあって、知的でありながら艶やかでもある、ユリアとは違うタイプの美人だった。
それから、料理が次々に運ばれてきた。何人分なの?と聞きたくなるほどの料理だ。10数種の料理が並び、最後に日本のピザ屋のLサイズピザくらいの大皿に、全ての料理が一口分ずつのっているものが目の前に出てきた。
ヒンガリーラントの貴族料理は、料理が一皿ずつ出てくるフルコースではない。パンとスープと大皿にいろいろドーン、なスタイルだ。ヒンガリーラント人は合理性を大事にしているので、皿の数が少なくて良いよう、一枚の大皿にちょっとずつ料理を盛るのである。
その代わり、その大皿の豪華さでその家の財力がわかるという。この大皿は、食事の時以外は、芸術品として壁にかけられているのだ。
うっかりそれを落として割った日には、『番町皿屋敷』の『お菊さん』のようなハメになってしまう。殺されてしまったうえ、その後毎晩お皿を数えなくていけないという悲劇の物語だ。
ユリアの家のお皿は輝くように白い白磁だった。お皿の縁には金と青の模様がついている。ここまで白い磁器はエーレンフロイト家にも無い。もしかして、地球でボーンチャイナと呼ばれていた、牛の骨灰入りの磁器ではないだろうか。ただ運んできた使用人さんの手の動きを見るにかなり重そうだ。
私はふと考えた。
日本にいた頃、『春のパン祭り』でもらえていた、あの白くて軽い皿。ヒンガリーラントに持ち込めたらいくらで売れるだろうか?
料理は魚介だけでなく肉類も豊富だった。豚肉のローストに鹿肉のワイン煮込み、スモークした鶏肉と食べ慣れた料理ばかりだ。うちに泊まりに来たユリアに同じような料理を出した事があったと思う。
せっかく食べるなら、やっぱり魚介だよね。
舌平目のムニエル、スモークしたサーモン、オイルで煮込まれたマグロ、ローストしたロブスター。どれもおいしそうだ。
だけどまずは、隣に座ったアーベラに毒味される。種類が多い分、一つ一つの料理の量が少ないというのに、ますます量が減ってしまう。まあ、気に入った料理は使用人さんに頼んで、目の前に並んでいるたくさんの皿の中から、おかわりをもらえば良いのだが、それも毒味されるからな。エリーゼ様も侍女が毒味をしているし、仕方がないとわかっているけど、いろいろと切ないなー。
毒味が終わった後数分待たされ、やっと食事にありつけた。味付けはシンプルに塩が多いが添えられたソースがバラエティー豊かだ。アンチョビとバターのソース、バジルなどのハーブのソース。魚醤やエビ醤に何か混ぜてるんだろうな、というソース、マヨネーズそっくりのソースもある。
異世界転移や召喚物の小説やマンガだと、主人公がマヨネーズを作りだす、というエピソードがけっこうある。だけど、私はマヨラーではないので、正直言って味噌や醤油ほどマヨネーズが食べたい!という気持ちはなかった。むしろ、生卵で作るソースだから衛生面が怖い気がする。
ブルーダーシュタットでは、新鮮で安全な卵が手に入るのだろうか?もしそうなら、半熟の目玉焼きが食べたい。
文子だった頃、学校の調理実習で一度手作りマヨを作った事があるが、その時にはハンドミキサーを使って作った。ハンドミキサーや電気の無い世界でマヨネーズを作るのは至難の業であるはずだ。ここんちの料理人さん、すごいなーと感心して思わず賞賛の声が出てしまった。
「このソース、すごいですね。」
「ありがとうございます。それは、タビタの、我が家の料理人の一番の自慢のソースなんです!」
と、ユリアが言って、給仕をしてくれている女性の一人に目を向けた。40歳くらいの恰幅のいい女性で、私と目が合うと女性はにっこりと微笑んだ。この人がきっとタビタさんなのだろう。自分の作った料理の評価が気になって、給仕をしてくれていたのかな。
「とてもおいしい。いや、これに限らず全部。」
そう言うとタビタさんは涙ぐみだした。遠慮してユリアに、どんな料理が好きと言わなかったけれど、逆にそれでプレッシャーを与えてしまっていたのかもしれない。そういえば、『英雄の島』に出ていた悪徳貴族は、気に入らない料理が出てくると、饗応役の人に料理を投げつけて「作り直せー!」とか叫んでいたな。まさか、そういう事するとか思われてた?
「魚だけではなく、肉も豊富なのですね。どの地域から取り寄せていますの?」
とエリーゼが質問した。
「家畜肉は、東側のローテンベルガー領から、狩猟肉は西側のエーレンフロイト領から取り寄せております。」
とユリアのお父さんが答えた。
「夏の時期にこれだけの食材が流通するというのは素晴らしいですわね。王都でもこれだけの食材はなかなかそろいませんわ。」
とエリーゼは言った後
「エーレンフロイトの人間は野の獣のように猛々しく、ローテンベルガーの人間は家畜のようにおとなしい。とブルーダーシュタットでは言うそうですね。」
と言った。ユリアのお父さんと伯母さんが明らかに怯んだ。
「い、いえ・・あの。」
「えー、そんな事ないよ。お母様は恐いけどお父様は優しいよ。」
と私が言うと
「君のひーおばあさんだよ。」
とジークが言った。
「まあ、それとね、ローテンベルガーもそう言われるだけの過去があるのさ。可哀想な一族だから。そもそも、君は優しいけれど猛々しいだろ。」
「ベッキー様はお優しいです!誰よりも優しいです。」
とユリアが言った。
「ブルーダーシュタットで、訪ねてみたいと思われる場所はございますか?」
ユリアの伯母さんが強引に話題を変えてきた。
「ジークのお勧めはどこかしら?」
とエリーゼが言う。
「ふっふっふ。任せてください。ベッキーが好みそうな素敵な場所をいくつかご案内できますよ。」
いや、エリーゼに聞かれてるんだからエリーゼが好きそうな場所を答えてよ。
というか、なんか不気味な予感がする。
「まずは、やはりそうだね。ブルーダーシュタット1の高級娼館『月の舟』で長くトップをはった、マクシーネ・フォーゲラーが経営している・・・。」
未成年が入れる店なんだろうな⁉︎
と、心の中でツッコミを入れた。なんか、私の護衛騎士達の方がワタワタし始めた。
「東西南、あらゆる地域の種類が揃ったスパイスの専門店!とか、どうかな。」
「スパイス・・って香辛料?」
「そう。ただスパイスを売るだけでなく、客の嗜好や体質に合わせて調合したミックススパイスとかを提案してくれるんだよ。胡椒やクローブが同じ重さの金と同じ価値があった時代は遠くになりにけり、だけどまだまだ安くはないからね。本物の贅沢を経験した事のあるマクス姐さんだからこそ提案できるお店なわけさ。安い商品じゃないけどベッキーやエリーゼ姫なら余裕で買えるでしょ。マクス姐さんは、昔の稼業からは完全に足を洗っているから、変に下心のある客は僕としても紹介できないしね。」
まともな店だった。
っていうか、その店めちゃめちゃ興味ある。
「もう一つは、ビーチコーミングの専門店。ビーチコーミング好きの店主が、自分で集めた貝殻やビーチグラスでおしゃれな小物を作ってるんだ。元手が0だからそこいらの宝飾店よりはるかに安く、とってもオシャレなアクセサリーが手に入るよ。完全一点物だから、ちょうど良い物が店に並んでるかは運だけど。」
「嬉しい!私もビーチコーミング大好きなの。その店はぜひ行ってみたい。」
「ビーチコーミングって何?」
とエリーゼに聞かれた。
「ええと、ようするに砂浜でのお宝探しです。綺麗な貝殻とかガラスとかを拾って集めるという、あっ、でもですね。普通のガラスじゃないんですよ。ガラスのカケラが砂の中で波のもまれているとカドが取れて丸っぽくなるんです。普通のガラスを割って砕いても絶対そういう形にはなりませんから。それに、ごくごく稀にですけど宝石がとれたりもするんです!」
「どうして砂浜に、宝石が落ちてるの?」
「それはまあ、土に埋まっていた物が川から流れて来たり、琥珀なんかは海の側に防風林として松を植えてたりして、その松が高波にさらわれたりしたら一緒に流れて来たりするみたいですね。琥珀は松脂の化石ですから。でも、一番多いのは、お宝を積んだ船が沈没したケースです。ガラスはほぼそれですよ。長い時間をかけて海の底から海岸に流れ着くんです。」
「ふうん。」
「ジーク様、私がビーチコーミングが好きってよく知ってたね。話した事あったっけ?」
「それはもう。子供の頃先代のシュテルンベルク伯爵が君の領地で病気の療養をしていて、毎日のように一緒に砂浜に散歩に行っていて、ある日見舞いに王都からやって来たコンラートも一緒に砂浜に行ったら、ビギナーズラックでコンラートが瑪瑙を拾って『いいなー、すごいなー。』と散々言ったら、コンラートが瑪瑙をくれたという話を一千回くらい聞かされたからね。」
「・・・それはなんか、いろいろと申し訳ない。」
コンラートの婚約者に、何を話してんだ私!
と幼い日の自分を責めたい。
だけどさすが、海の側の交易都市。王都にはないような店がいろいろあるようだ。
明日からの観光が楽しみだ。
そうして、7月4日の夜はふけていった。