ジークルーネとの再会(2)
それは、今から1ヶ月前の事。
アカデミーの高等部『武官課』に、グレゴール・フォン・フリートヘルムという粗暴者がいた。中級貴族の出身だが、高圧的なオーラと、ダダもれる残虐性、そして暴力で派閥を作り上げ、気の弱い学生や気にいらない学生を虐め抜いていた。
ジークは、転入早々目をつけられたらしいが、教師達がジークの事を守っていた。ジークが、アカデミーでトップ5に入る高位貴族である事、アカデミーへの寄付額がアカデミー内No.1だった事から特別な配慮がされていたのだ。
それはもちろん、アカデミーで問題に巻き込まれないよう父親である侯爵がそうしてくれたのだが、寄付額が少ない生徒の事はどれだけ虐められていても教師は無視するらしいので、ほんとアカデミーの男子担当の教師共は腐っている思う。
ジークを直接殴ったり、服を剥ぎ取ったりはできないので、グレゴールは、陰にひなたに暴言を吐きジークを侮辱していたらしい。
それをいつも聞き流していたジークだが、ある時グレゴールはジークと一緒にいたコンラートを侮辱する言葉を吐いた。何と言ったのかは私は知らないが、エリーゼ曰く女の子には聞かせられないセリフだし、聞いてもたぶん意味がわからないセリフなのだとか。
ジークは一瞬で反撃に出た。手に持っていたティーカップの中身をグレゴールの顔にぶち撒いたのだ。
周囲の静止も聞かず、怒って拳を振り上げたグレゴールの腕をジークは絡め取り、そのまま背中側に捻り上げて関節技をきめた。腕力を誇っていたグレゴールは押さえつけられて動けなくなったという。
更に、もう一方の手でジークはグレゴールの首を押さえつけた。
「頸椎を折れば、一生他人にお世話されて生きていくか、永遠に他人の手を煩わせる必要がなくなるかのどちらかだぞ。」
耳元でそう囁くと、恐怖のあまりグレゴールはその場で失禁してしまったらしい。結局10秒後グレゴールが失神したので、彼の配下達に
「医務室にでも連れて行ってやれ。」
と言ったそうだが、汚いのでみんな触るのを嫌がったそうな。
10代の多感なお年頃の少年としては、死んだ方がマシだったくらいの生き恥だ。
グレゴールはその日の内に、実家へ逃げ帰ったらしい。激怒した父親は、アカデミーに戻るか修道院に入るか選べと言ったらしいが、グレゴールはアカデミーには戻らなかった。本当に修道院にやられたのかどうかエリーゼは知らないらしいが、社交界は狭い世界だ。彼が貴族社会に戻れる可能性は限りなくゼロであると言える。
私も大概、力持ちだと自分で思っているけれど、体格で勝る年上の男子を押さえつけられる自信は無い。
久しぶりにあったジークは、別に筋肉ムキムキになっているわけではないし、どうやってそんな大技を決めたのだろうか?
「なあに、たいした事ではないよ。顔にかけた紅茶の中に筋弛緩剤を混ぜただけさ。」
「・・・はっ?」
「ポイントは目を狙う事だね。粘膜からの方が皮膚からより吸収がいい。」
「んええええっ!」
「薬が効いていたから、体に力が入らなかったのさ。いろいろと『おもらし』してしまったのも、筋力の低下が原因だよ。」
「・・・。」
開いた口が塞がらないとはこの事だ。筋弛緩剤だとな⁉︎
「なんでそんな薬持ってんですか⁉︎」
「我がヒルデブラント家は薬学で成り上がった家門だよ。そのくらい簡単に手に入る。」
「どうして、それを標準装備してるんですか⁉︎」
「貴族だったら、家門に代々続く毒の一つや二つ、護身用や自決用に持っておくものでしょう。」
「私持ってませんよ。」
「えー、そうなんだ。エリーゼ姫は持っているよね。」
「ノーコメントです。」
貴族社会怖え!
「まあ、以前からムカつく野郎だったからね。ケンカする前に準備くらいしとくさ。ケンカするなら絶対勝たなきゃだし、ケンカ始めてから勝つ方法考えてるんじゃ遅いよ。勝負は始める前につけとかなきゃ。」
どっかの兵法家が戦争に関して似たような事を言っていたような気がする。
瞬間的にカッとなって、お茶をぶっかけたのかと思ったけど、どこまでも冷静だったわけか。でも、それでこそジークというか、変わってない事が、安心でもあり恐ろしくもある。
内心ドン引きしている私の側で、エリーゼが艶冶な微笑みを浮かべた。
「さて、それじゃ。改めてよろしく頼むわね、ユリア。」
「は、はい!」
ユリアがぴしっと背を伸ばす。
「家までご案内致します。」