旅の途中(2)
前話以上にゲテモノ食エピソードが出てきます。
特に虫が苦手な方はご注意下さい。すみません
うん、おいしい。
臭みが無くて淡白な味わいだ。鶏肉に似ているが、しっとりしていてかむたびに肉の旨みが広がる。個人的にはもう少し塩が効いている方が好みだけど、海から離れたこの地域では塩は高価なのかもしれない。
別に私以外にも、次々人が買って食べているから、この地域では普通の食文化なのだと思うのだけど、護衛騎士共は皆私の事をエイリアンでも見るような目つきで見ている。失礼な奴らだ。
食べ終わった私は、次なる屋台を探して歩き出した。
「お肉の次は、野菜か炭水化物が食べたいな。」
キョロキョロと見回していた私の視線を、不自然に遮るような位置にアーベラが立った。そんな動きをされたら逆に気になるではないか。アーベラの横から覗きこんだ私は「おおっ!」と思った。やはり、アーベラは私の事をよくわかっている。
そちらに向けて歩き出そうとして
「アレはやめましょう!」
とアーベラに止められた。
目線の先の屋台では、店主が鉄の鍋の中身を木ベラを使って炒っている。
「野菜でも、炭水化物でもありませんよ!」
「肉でもないし。」
「肉です!アレはお肉です‼︎」
「肉なら普通の食材だからいいじゃない。」
私の視線の先で炒られていた物。それは、飴色に輝く『虫』だった。
私は、鉄鍋を振っているおじさんに声をかけた。
「おじさん。これはイナゴ?」
「そうだよ。」
「わあ、食べた事ないんだけどどんな味なんだろう?」
「川海老やザリガニみたいな味さ。だけど海老やザリガニと違って、コイツは草しか食ってないからね。腹の中が綺麗でもっと旨いよ。一つ食ってみるかい?」
「いいの?じゃあ、一番大きなやつ。」
おじさんは大きなイナゴを一つ、木の蓋のような物の上に置いて差し出してくれた。
「そのまま食えるけど、もしゃもしゃするのが気になったら、羽と脚を取りな。」
「いや、別に平気。」
私が手を伸ばそうとすると、アーベラが再び割って入る。
「毒味をします。」
「されたら無くなるじゃない!」
「でも、しないといけないんです!」
「わかった。私が本体を食べるからアーベラには脚をあげよう。」
「それは、鬼が使う論理ですよ!」
「アーベラ。」
イェルクが顔をしかめて言った。
「お嬢様に対して発言が不敬に過ぎるぞ。立場をわきまえろ。」
「だったらイェルクさんが、この虫毒味してください。」
「それだけは無理!」
イェルクが思いっきり首を横に振った。
失礼だろ、さっきから君達。店主さんに!
別にイナゴはそんなキワモノな食材なんかじゃない。日本でも地域によっては普通に食べられていた。文子は、イナゴを食べた事はなかったけれど、コオロギの粉末入りクッキーなら食べた事がある。
昆虫食は、人口増加に苦しむ地球の未来を救うものだったのだ。
アーベラに半分かじられたイナゴを食べてみたけれど、普通においしかった。海老というより海老せんみたいな味がする。低カロリーで高タンパクな食材は、庶民の心強い味方であろう。
「この辺りの地域ってイナゴ多いんですか?」
木皿いっぱいに盛られたイナゴを、おじさんから買って受け取りながら、私は聞いてみた。
農家の人間にとって、最も恐ろしい動物災害はイノシシでもクマでもない。蝗害だ。
勇気を奮い起こせば猟師はクマとは戦える。だが100万匹のイナゴに立ち向かう術は無い。そしてイナゴは実りの全てを喰らい尽くす。畑をイナゴに喰いつくされた人間に残されるのは飢餓地獄だ。
厳密に言えば、日本の食用イナゴと相変異をおこした蝗害イナゴは別物らしいが、今私が食しているこのイナゴ君達がどっちのイナゴなのかはわからない。もしも蝗害がヒンガリーラントで発生したら、たくさんの人達が飢えに苦しむ事になるだろう。
「まあまあ多いよ。」
「蝗害とかが発生したら大変ですよね。」
「だから、こうやって減らしてるのさ。」
おじさんはそう言って、がははと笑った。
殺虫剤の開発によって日本の蝗害被害は、ほぼほぼ無くなった。文子が蝗害を目にしたのは、北海道開拓時代を描いた映画の中だけである。だがひとたび発生すれば、畑の実りだけでなく、紙や布など植物由来の物は全て食い尽くされるという。この世界って、殺虫剤とか農薬ってどうなっているんだろう?
ひょいパク、ひょいパクとイナゴを食べながら、私は考えた。
「・・おいしいですか?」
と、嫌そーな顔をしたアーベラに聞かれた。
「おいしいよ。っていうか、なんでそんな嫌そうな顔するの?騎士でしょう?戦争とか行ったら、好き嫌いせずにそこら辺にある食べられる物は食べなきゃいけないモンじゃないの?」
「戦争だの、行軍訓練だのしている最中こそ、怪しげな物は絶対食べません!お腹を壊したら文字通り命取りになるんですから。」
「行軍訓練中に、食べ物を探す時でも、キノコだけは食べるな。と言い含められています。危険の高さに見合うほどの栄養がありませんから。」
とヨアヒムも言った。
「今お腹を壊されると、きちんとした医療施設を備えた病院を見つけるのが大変なので、あんまり妙な物を食べて欲しくないのですけれど。」
「もう、アーベラったら、妙な物だなんて失礼な。この辺りの貴重な食文化じゃない。これを食べるのが、この地域の文化です。と言われたら、私は人肉と人を食べた動物以外の物は何でも食べられるよ。」
「人を食べた動物は無理なんですか?」
「ジビエ肉の味は、何の餌を食べていたかで変わるらしいからね。人肉味はちょっと。」
だからさっきから、ネズミもイナゴも、何を食べていたのかをきちんと確認しているのだ。
護衛の皆も昼ごはんを食べなくてはならないので、屋台でハムとレタスのサンドイッチを買っていた。やたら、大量に買ったのは、夕ご飯分もという事らしい。夕食を屋台で買わせまいとする陰謀を感じる。
最後に食後のデザートにと思ってスモモを買ったけど、唾が滝のようにわいて出てきそうなほど酸っぱかった。昼ごはんに買った3品の中でこれだけがハズレだった。
船は海へ向けて北へと進んで行く。
海と違って波もないし、流れもゆるやかなので、船は全然揺れず旅は快適だ。
翌日の屋台では、イナゴ以上にメジャーな虫食『ハチの子』を売っている屋台があった。キイロスズメバチの子供だという。
よく火の通ったハチの子は魚の肝みたいな食感ですごくおいしかった。大人のハチも毒針さえ抜いてしまえば普通に食べられるらしいが、大人は売っていなかった。残念。
あと食べたのは、右と左のハサミの大きさが全然違うカニのスープ。間違いの無いおいしさだったが、手で殻をむいて中のミソを食べていると、アーベラ以外の護衛騎士達になんか嫌な顔をされた。どうやら侯爵令嬢という種類の人間は、手づかみでカニを食べてはいけないものらしい。私だって文子の人生が間に挟まっていなかったら、きっとやらなかっただろう。そう考えると、日本での18年の暮らしは大切なものだったのだなと思う。あやうく、こんなおいしい物を食べ損ねるところだった。
日本で、もう一つ大変有名だった虫食、シルクワームの事を私は考えた。繭から絹がとれるあの虫だ。繭を茹でて絹をとると、ホカホカに茹であがった虫が残るのでそれを食べるのだが、ヒンガリーラントに蚕はいるのだろうか?貴族が社交の場で着る服は絹に限ると決まっているが、お蚕様がいなければ、養蚕業が存在せず、絹は全て外国からの輸入という事になる。
それは、あまり良くないと思うけれど、かといって『あ◯、野麦峠』みたいな悲劇が国内の随所で起きているというのもよろしくない。
そういった悲劇の主人公になるのは、親に売られた子や親のいない孤児達だ。
虫食一つとっても、その後ろに様々な人々の生活や人生がある。
それらについて、私は全く知らないのだ。という事を旅の中で教えられた。