旅の途中(1)
ヒロインの食に対する好奇心が爆発しております
ゲテモノ食が苦手な方はどうかご注意下さい
7月2日。快晴。
旅行にはぴったりの良い天気だ。
私は今、フェルゼ河を進む船の中にいる。王都からブルーダーシュタットまで、船に乗って行くのだ。正直ブルーダーシュタットへ行く手段が馬車しかなかったら、私はブルーダーシュタット行きを断念していただろう。3日もゴットンガッタンと、激しく揺れる馬車に乗り続けるとか考えられない。
私の旅の同行者のまず一人目は、護衛騎士のアーベラだ。現在20歳だがまだ独身だ。ヒンガリーラントでは、ややいき遅れの部類に入る。でも、本人に結婚願望があまりないらしい。当初は、私の同行者は彼女一人の予定だった。
だけど急遽、あと三人騎士が着く事になった。
イェルクにヨアヒム、それに女性騎士のティアナだ。全員ぴちぴちの20代。イェルクとティアナは夫婦なのだという。
イェルクはコインマジックが得意で、ヨアヒムは指笛で本物そっくりの小鳥の声を出せるらしい。私が退屈しないよう気を使ってか、それぞれ特技を披露してくれたが、別に私は退屈していなかった。移り変わる景色を見ているだけで、内心テンションが爆上がりである。
今乗っている船は蒸気船だ。
ダイ◯モンドプリンセスとか飛鳥◯とかには遠く及ばないが、まあまあな大きさの船である。ヒンガリーラントの河は日本の川とは全然幅が違うからだ。一つだけある1等客室はエリーゼ様にお譲りした。私が泊まるのは2等客室である。シングルベッドが4つと、ソファーと木製のローテーブルがある広々とした部屋だ。そこにアーベラとティアナと一緒に泊まるのだが、ティアナは「こんな狭い部屋にお嬢様をお泊めするなんて。」とぶつぶつ言っていた。確かに、レベッカの感覚で言えば狭い部屋だが、文子の感覚で言えば十分に広い部屋だ。なにせ、文子だった頃は、もっと狭い部屋に二段ベッドが2つという部屋で暮らしていたからね。
「ねえ、漆黒のサソリ団の事教えて。」
と私はアーベラとティアナに聞いてみた。
『漆黒のサソリ団』という名前を教えてくれたのはユリアだ。ブルーダーシュタットで恐れられている海賊について教えてほしい、と質問した時、1番最初に名前が出てきたのが漆黒のサソリ団だった。ただし、この非常に痛々しいグループ名は海賊達が自ら名乗っているわけではなく、海軍が勝手に命名したものである。このグループは、犯行後現場に黒い墨で描かれたサソリの絵を残していくという、非常に痛々しい事をやっており、文書に残すうえで、犯罪者集団になんか名前がいるというのでこういう名称がつけられたのだ。
「教えて、と言われましても。」
「私達もあんまりよく知らないですよ。」
アーベラとティアナは顔を見合わせてそう言った。
ちなみに、今客室の中のソファーに私とアーベラとティアナは座っている。男二人はドアの向こうの廊下で警備中だ。誰かに立ち聞きされる心配がないから堂々と漆黒のサソリ団の話をしているのだ。
ずっと私の護衛をするアーベラはともかく、これから団と戦う事になるかもしれないティアナがよく知らないわけはないだろう。お父様から、ある程度の情報は聞いているはずだ。ティアナの態度からあまり私に話したくないという空気を感じた。もしかしたらお父様に口止めされているのかもしれない。
「公になっている情報がとても少ないですから。」
とティアナ。
「関係者は皆殺しですからね。ある程度の大きさの犯罪者集団だと、意見が衝突した果ての裏切りとか内ゲバとかありそうなもんですけど、そういう話さえ漏れ出てこないので多分そんなに人数の多くない、少数精鋭系の海賊なんじゃないかって話ですよ。」
「アーベラ!レベッカお嬢様に汚い言葉を伝えないで。」
「お嬢様はこの程度の単語で引くタイプじゃありませんよ。ティアナさん。」
アーベラがティアナに敬語なのは、年齢もあるがティアナが貴族でアーベラが平民だからだ。実はアーベラは幼い時に親を亡くし、エーレンフロイト領の孤児院で育ったのだ。
エーレンフロイト領の孤児院は領主の館の庭にある。なので、領地に戻ったら庭で転げ回って遊んでいた私と、アーベラは昔からの知り合いだった。私がアーベラに懐いていたのでそのまま延長で、彼女は私の護衛騎士になった。たぶん、騎士団の人間の誰よりも私という人間を知っているだろう。
「全然情報とか伝わってないの?」
「海軍の人間はなんか知ってるかもですけど。最後に活動したのは3年前ですからね。最近の情報はさっぱりです。」
「どうして、3年もなりを潜めているんだろう?」
「3年前に商船を襲ったんですけど、その船に貴族が乗っていたんですよ。襲われたのが平民の商人だったら、自分達で自衛しろ、と海軍も役人も冷たいですけど、貴族が殺されたとなったら王国政府も本腰入れて捜査しますからね。さすがにマズいと思って、活動を自粛したみたいです。」
「嫌な話だなあ。」
「そんなもんですよ。平民の命は平民の財布と同じくらい軽いんです。」
私が不快そうな顔をしたからだろう。アーベラは私の機嫌をとるように
「一つめの街に着いたみたいですよ。ちょうどお昼ですし、何かおいしいものでも食べましょう。」
と言った。
船は川沿いの街々に立ち寄りながら進んでいく。乗客が乗ったり降りたりもするし、蒸気船は燃料や水がいるので、それらを積み込んだりする必要があるからだ。それに船内にはレストランも売店も無い。お弁当を持参していないお客さんは、船から降りて食べ物を買うのである。
1等客室にいるエリーゼの様子を見に行ったが、エリーゼはお弁当を三日分持ってきているとの事だった。むしろ私が持って来ていない事に驚いていた。
「きちんとした設備のレストランなんか期待できないわよ。店の中を犬が歩き回っていて、客がこぼした物を食べるような店や、屋台料理なんて衛生面が不安だわ。」
わかってないな。と私は思った。そういう汚ったない店の料理こそがおいしいのだ。綺麗なレストランだったら、食事がまずくても一定数の客は来るだろう。だが、汚い店の料理がまずかったらそんな店は速攻で潰れるはずだ。潰れてないという事は、味が良いからに決まってるいる。
だいたい、今は真夏である。日本の7月ほどの猛暑ではないが、動けば汗ばむくらいには暑いのだ。そんな時候に三日分の弁当って、そっちの方が衛生的に怖くないか?
船を降りた先ではたくさんの屋台が出ている。テレビの画面でしか見た事ないが、B -1グ◯ンプリってこんな感じじゃないかな。あちこちから良い匂いがしてきて、私のテンションは更に爆上がりだ。船から降りて来た客をつかまえようと、熱気に溢れた屋台の店主が大声で声をかけてくる。
腸詰の炙り焼きとか、お肉の串焼きとか、とて良い匂いがするけれど、どうせならここでしか、今でしか食べられない物が食べてみたい。
選びかねてうろうろしている私を見てティアナが
「お嬢様の口に合いそうな物がありませんわね。」
と言ったが、むしろ逆で食べてみたい物しかないから悩んでいるんだよ!
川魚の炭火焼きとかおいしそうだな、と思ったが、魚はブルーダーシュタットに行けばいくらでも食べられる。もっと珍しい物、と探していてすごい物を発見した。
その名も『草ネズミの丸焼き』。
「うわあ、珍しい。おいしそう。」
と言って屋台の側によると
「えええっ!」
と四人の護衛騎士がひきつった声をあげた。
「お嬢様ネズミですよ⁉ 」
「そうだね。まあ、ウサギと同じような物じゃない。」
「ウサギとネズミは全然違います!」
「しかも串に刺さってますよ!お皿もカトラリーもテーブルも椅子も無くてどこで食べるんですか⁉︎」
「口で食べる。」
と答えた私に、人の良さそうなおばちゃんが話しかけてきた。
「ゴミばっかり食べてる都会のネズミとは違うよ。うちで育てた野菜や木の実ばっかり食べてるからね。うちの畑で実ったおいしい野菜をたらふく食って脂もたっぷりのってるよ。」
「じゃあ、1つください。みんなはどうする?」
「正気ですか!お嬢様?」
正気である。
見た目やサイズは、モルモットくらいだ。医療用の実験動物のイメージの強いモルモットだが、家畜として育てられ、食べている国はけっこう多い。
文子だった頃、モルモットを食べた事は無いが、ヌートリアなら食べた事がある。
文子の1番の親友が農家の子で、畑を荒らす害獣を駆除する為、罠猟免許を持っていたのだ。それで捕まえたイノシシ、アナグマ、ヌートリアをご馳走させてもらった事があるのだ。ヌートリアは和名を『沼狸』というが、立派なネズミの仲間である。
イノシシもアナグマもおいしかったけど、ヌートリアもおいしかった。身は淡白で、日本で食べられている三大肉の中では鶏肉に1番近かったと思う。生臭さやジビエ臭などもほとんどなかった。スーパーで買った羊肉の方がよっぽど臭かった。
見た目やサイズはウサギと同じくらいだが、文子だった頃ウサギを食べる機会は無かった。だけど、レベッカになってからは何度かウサギ肉を食べた。正直、ヌートリアよりウサギの方がよっぽどクセが強かった。ウサギよりもヌートリアの方が肉としておいしいのか、それとも処理の仕方の問題なのか、ずっと疑問に思っていた。なにせ友人は、解体中のお肉に臭みが移らないよう、次亜塩素酸ナトリウムに漬けて雑菌の繁殖を抑えていたのである。
このネズミを食べたら長年の(一年半だが)疑問が解ける!
おばちゃんが、こんがり焼けたネズミの串焼きを渡してくれた。
「アーベラ、お金払ってね。」
と言ってかぶりつこうとしたら、ガシッ!とアーベラに手を押さえつけられた。
「待ってください。毒味をします。」
「どこの誰が、こんな所でネズミに毒を仕込むのよ。」
「万が一です!それに生焼けだったらどうするんですか⁉︎」
「もー。」
仕方なく私はアーベラにネズミを渡した。
「背ロースは食べないでね。」
ジビエ肉の1番良い部分は背ロースだ。鹿狩りをするハンターの中には、殺した鹿の背ロースだけ持って帰って、後はその場に捨てて行く、というマナーの悪い人もいるという。
アーベラは、覚悟を決めたような顔をしてネズミのモモ部分にかぶりついた。ティアナが、ひっ!と声をあげる。
「おいしい?」
「まだ、飲み込んでいません。」
お笑い芸人のような掛け合いをした後数十秒。
「思ったほどクセはありませんね。それにまあ、ちゃんと中まで焼けていそうです。」
と言ってアーベラは、ネズミを返してくれた。
やっと昼ごはんにありつける。私はあーんと、口いっぱいにネズミ肉を頬張った。




