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《160万pv突破!》侯爵令嬢レベッカの追想  殺人事件の被害者になりたくないので記憶を頼りに死亡フラグを折ってまわります  作者: 北村 清
第三章 港街ブルーダーシュタット

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怪文書とタヌキ

7月1日


アカデミーが休みに入り、エーレンフロイト家の館に戻って来た私は自室で一人、怪文書作りに励んでいた。

文面はシンプルに。

『7月7日、シュヴァイツァー邸を、漆黒のサソリ団が襲撃する。』

というもの。


私が一人暮らしで、新聞の種類が豊富な世界に住んでいたら、新聞の文字を切って貼ってで怪文書を作るとこだけど、それはできない。それをやってたら家族と全使用人に不審の目で見られる。

なので、定規を使ってカクカクした文字を書き筆跡をごまかしている。筆跡をごまかす方法のツートップのうちのもう一つ。左手で文字を書く、というのもやってみたが、字が汚くなりすぎて自分でも文章が読めなかった。貴重な紙を一枚ムダにした。


怪文書用の紙は普段よく使っている植物紙ではなく、羊皮紙にした。それもランクの低い安いやつだ。ヒンガリーラントの司法省に、指紋を調べる技術があるのかどうかわからないので、手袋をはめて紙に触れている。

私はできあがった怪文書を持って庭に出た。私の生活にはプライバシーという物がまるで無い。この怪文書はブルーダーシュタットに持って行き、そこにある司法省の支所に放り込まねばならないのだが、明日の出発まで私の部屋の中に手紙を隠しておく場所が無いのだ。机の引き出しとかベッドの下に隠しておいたら、お掃除係のメイドさんに見つけられて、親の所に持って行かれてしまう。


玄関を出て50歩くらい歩いた先に、まあまあな大きさの樫の木がある。その根元にツキノワグマくらいなら冬眠できそうなくらいの穴があいていて、子供の頃潜り込んで遊んだりしていた。私はその穴の中に怪文書を隠した。明日家を出る前に回収しに来よーっと。そう思って私は家へと戻った。



30分後。私は家族と一緒に庭のガゼボでお茶を飲んでいた。天気が良く風も気持ちがいいので、外で飲もうという事になったのである。

明日からの旅路を思うと、胸が弾む反面、家族にしばらく会えなくなるという寂しさがある。別に普段だって一緒には暮らしていないが、同じ街にいるのといないのでは、やっぱり気持ちが変わってくるのだ。


ところで、話変わって。

我が家では1年前から犬を飼い出した。

私と弟がアカデミーに行ってしまい、寂しい気持ちになってしまったお父様が子犬を飼いだしたのだ。

名前はなんと『タヌキ』!


私が1年ちょっと前に、お母様とバウアーさん達に語った『タヌキのお父さんの話』をお母様から聞いて、涙が滝のように出るくらい感動したお父様は、よりにもよって子犬にタヌキという名前をつけたのである。(『タヌキのお父さんの話』は『絵本作り(2)』の中で紹介しています。)

そのタヌキという名を縮めて『タヌー』と呼ばれているのだが、旧日本人としてはその名を聞くたび脱力感を覚えてしまう。


そもそも私は、ヒルデブラント邸でドーベルマンにかじられかけて以来、大型犬が苦手になったのである。

タヌーも最初はタヌキくらいの大きさだったのだが、1年経った今ではツキノワグマくらいの大きさになった。普段、家にいない私や弟にはまるで懐いていないし、近寄って来られると恐怖を感じるのである。


そのタヌーめが、私達がお茶を飲んでいるガゼボの方へやって来た。しかも、口に何かくわえている。その、くわえている物を見て私はフリーズしてしまった。

タヌーの奴、さっき私が作った怪文書をくわえてる!


「おや、タヌー。何をくわえているんだい?」

お父様が、タヌーの首を撫でながら紙を受け取ろうとする。タヌー!ちょっとくらい抵抗しろよっ‼︎


何でなの?植物紙じゃなくて羊皮紙にしたのがまずかった?もしかして、あの穴はタヌーの遊び場だったの?


お父様が、紙を広げ「えっ!」と叫んだ。

「こ・・これは!タヌー、いったいこの手紙はどうしたんだ⁉︎いったい誰がこんな物を!」


そうしたら、なんとタヌーはすすすっと、私の側に寄って来た。

やばい、やばい、やばい、やばい!

私は慌てて、タヌーが私に向かって吠えないよう、テーブルの上にあったチキンサンドをタヌーの口の中にねじこんだ。

「タヌーったら、お手紙を配達してくれるなんてお利口ね。ご褒美よ。」


所詮は畜生。おいしいチキンサンドを前に、お父様の指示を一瞬忘れてくれたようだ。

だがお父様が

「タヌー、これはいったいどうしたんだ!どこから持って来たのだ⁉︎」

と言うと、モグモグと口を動かしながら、猫のように私に体をすり寄せてきた。

お願い、やめて!


「どうなさったのですか、あなた⁉︎」

と、お母様が聞くとお父様は一瞬悩むそぶりを見せたが、文面を口に出して朗読した。お母様は

「ひっ!」

と小さく悲鳴をあげたが、弟のヨーゼフは意味がわからないらしく首をかしげている。


「お父様、漆黒のサソリ団って何ですか?」

「西大陸西部の街々で暗躍している海賊団だ。たくさんの人達がその海賊達に殺されているんだ。」

「シュヴァイツァーって人はお父様の知り合いですか?」

「うちの領地に住んでいる、高名な天文学者だ。」

「・・うちの領地?」

私も首をかしげてしまった。


「ユリアが、ブルーダーシュタットの隣の領地に、ユリアのお父さんと仲の良いシュヴァイツァーさんが住んでいると言っていたけれど、同姓の人がうちの領地にいるの?」

「同じ人じゃないかな。ブルーダーシュタットとうちの領地は隣同士だ。」

「えっ?」

私はますます首をかしげた。

ブルーダーシュタットは、ヒンガリーラントの北の方にある街だ。王都を流れるフェルゼ河の下流の近くにある。

だが、エーレンフロイト領はヒンガリーラントの南西部にある。深くて暗い森や谷を挟んで、森の向こうの南側はトゥアキスラントという国だ。つまりエーレンフロイト領は国で最も南西にある領地なのだ。


「エーレンフロイト領とブルーダーシュタットってそんな近かったっけ?」

「エーレンフロイト家の初代が拝領した土地は、トゥアキスラントのすぐ側だけど、飛地で幾つかの領地を持っているんですよ。」

とお母様がおっしゃった。


エーレンフロイト家は、武門の名家でたくさんの軍人を輩出した。その中に何人か大きな手柄をあげた人がいた。トゥアキスラントが血の気の多い国で、しょっちゅう戦争をしたというのも手柄をあげる機会が多かった理由の一つでもある。手柄をあげた先祖は、褒美として王家から爵位と領地を賜った。なのでエーレンフロイト家は、侯爵位以外にも伯爵位を1つと男爵位を2つ、そして飛地の領地を4つ持っているらしい。

「その飛地の1つが、ブルーダーシュタットと接しているラーエル地区だ。美しい汽水湖や森がある風光明媚な土地だよ。10年前軍人だったシュヴァイツァー氏が引退して、館と周辺の土地を買い取った。そのシュヴァイツァー氏は2年前に亡くなったが、一人息子が館を相続して、ラーエル地区に今も住んでいるんだ。」

とお父様は言った。

「そこに、漆黒のサソリ団が・・・。」

「えー、イタズラじゃないの、その手紙。何か信じられないよ。」

とイタズラした張本人である私はすっとぼけて言った。


「だとしても、問題だ。王都で王城の次に警備の厳しい王城特区にどうやって、こんな怪文書を持ち込んだのか・・。ウルリヒ、邸内にいる全騎士を集めろ!邸内に不審者がいないか捜索するのだ。それと、門番をしている者達に怪しい者が近づかなかったかを確認しろ!」

「はっ!」

お父様の護衛騎士であり、邸内にいる騎士達のリーダーでもあるウルリヒがすぐに動き出した。

「お茶の時間は終わりだ。三人とも部屋へ戻りなさい。安全が確認できるまで決して部屋から出ないように。」

「わかりました、あなた。」

「司法省に連絡しなくていいの?」

とヨーゼフが聞いた。

「情報の真偽がわからない以上、報告するのはまだ早いだろう。単なる愉快犯の可能性もある。ただ、日付がはっきり書いてあるところに信憑性を感じない事もない。どちらにしてもこれは我が領の問題だ。私達でなんとかしなければならない。もし、これが真実であった場合、漆黒のサソリ団側に情報が漏洩するのは絶対に困る。レベッカもヨーゼフも決して、人にこの文書の事を話さないように。」

「はい、お父様。」

とヨーゼフが言った。

「シュヴァイツァー氏の方には何か手をうたれるのですか?」

とお母様がお父様に質問した。

「ああ、こんな手紙が届いた以上放っておくわけにはいかない。ラーエル地区は、常駐している騎士も少ない。騎士団の本部から増援させよう。」

「ラーエルは、ブルーダーシュタットのすぐ側です。明日からブルーダーシュタットへ行くレベッカに危険はないでしょうか?行かせるのをやめた方がよくありませんか?」

「えっ?」

なんか風向きがやばくなってきた。


「そうだな・・。」

「で、でも!」

と私は慌てて言った

「ユリアになんて説明したら。それにエリーゼ様にも。事情を話さずにお断りなんて絶対できません。それに、私だけ行くのをキャンセルして、エリーゼ様がブルーダーシュタットへ行って何か危険な目に遭って、で、私だけ行かなかった理由が後でバレたら、私エリーゼ様にどんな目に遭わされるか・・。」


「・・・。」

お父様とお母様が顔を見合わせた。エリーゼ様は宰相家の令嬢で、国王陛下が自分の娘のように可愛がっている姪だ。

さすがにマズいと、二人共思ったようだ。


「確かに今更、状況を変化させるのは『漆黒のサソリ団』を警戒させてしまうかもしれない。レーリヒ商会は大商会だから、警備も万全だろう。レベッカ、できる限りレーリヒ邸から出てはいけないよ。ラーエル地区にも絶対に近づかないように。」

「はい。」

「それに、レベッカに騎士達を何人かつけて、ブルーダーシュタット経由でラーエルに入らせるのも良いかもしれない。レベッカにつける騎士はアーベラだけの予定だったが、あと3人つけよう。」

「その3人もユリアの家に泊まるの?だったらユリアに連絡しないと。」

「いや、その3人にはすぐラーエルに行かせる。レベッカは明日出発で、ブルーダーシュタットに着くのは7月4日の予定だよね。だったら、その3人も余裕でラーエルに着けるはずだ。」


このお手製怪文書。ブルーダーシュタットに持って行くつもりだったが、むしろ今見つかってちょうど良かったのかもしれない。お父様は真剣に対策してくれるつもりのようだし、ユリアのお父さんだけでなく、シュヴァイツァー氏もこれで安全かも。そう考えると、タヌーは素晴らしい犬だ。私は

「良い子だね。タヌー。」

と言ってチキンサンドをもう一個あげた。


お父様は急に忙しくなったみたいだけど、私は気が楽になった。

そして、絶対見つからない不審者を必死で探している騎士団のみんなに、ごめんね。と心の中で謝って私は自分の部屋に戻ったのだった。

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