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私とレベッカ様とお姉様のサロン(ユスティーナ視点)

最近、私のお姉様のセレスティーナお姉様は、とても悩んでいます。

ケヴィンお義兄様のお父様に

「サロンの運営をしてみるように。」

と言われたのです。


サロンの運営をされていたある伯爵夫人が、建物を売りに出されて、それをヘリング商会が買ったのだそうです。その話を聞いて、ケヴィンお義兄様のお姉さんのマヌエラさんは

「お父様、私がサロンの運営をしたがっている事を知っているのに、セレスティーナなんかに任せるなんて、ひどいじゃありませんか!」

と言ったそうです。でも、ケヴィンお義兄様のお父様は

「おまえがサロンの女主人になったのでは、平民しかサロンに集まらない。私は貴族と平民が交流できるサロンを作って欲しいのだ。」

と言われたそうです。


マヌエラさんはとても怒って

「セレスティーナなんかが、サロンを開いても人が集まるものですか!失敗するに決まっているわ。」

と言ったそうですが、実際お姉様は今までサロンを開催した事がなかったので、どんなサロンを開けば良いのか困ってしまっているのです。


サロンにもいろいろな種類があります。

ブランケンシュタイン公爵夫人やディッセンドルフ公爵夫人が主催するサロンなら、お二人と親しくなりたいという人達がたくさん集まってきます。

先祖が集めたというたくさんの名画を、鑑賞させてくれるサロンや、後援しているピアニストのピアノ演奏を聴かせてくれるサロンもあります。

珍しいお菓子を食べさせてくれるサロンもありますし、宝石店や服飾店を持っている商店主が、新しいデザインを発表し宣伝するサロンもあります。素敵な髪型や、美しい爪色にしてくれる美容サロンもあります。


ケヴィンお義兄様のお父様は、ヘリング商会が最も力を入れている商品である『植物紙』を宣伝するようなサロンを開くように、と言われたそうです。でも、紙を宣伝するサロンって、いったいどういうサロンなのでしょう?


お姉様は結婚するまでずっと、領地で暮らしていたので社交界にお友達がほとんどいません。

名画も持っていませんし、後援している芸術家もいません。

最新流行のドレスも、おいしいお菓子のレシピも知りません。どうやって貴族の方や平民の方が集まるサロンを開いたら良いのかお姉様はすっかり困り果てていました。


なんとかお姉様の力になりたくて、私はハンドベルの練習をしている時に、一緒に練習している皆様に尋ねてみました。


「私達も、社交界デビューをしたら、いろいろなサロンに行くようになりますよね。皆様はどんなサロンに行ってみたいと思いますか?」


「最新の流行のドレスやヘアスタイルを教えてくれるサロンに行ってみたいですわ。」

「私は、音楽を聴くのが大好きなので、楽器の演奏が聴けるサロンがいいです。」

「おいしいお菓子やお茶が出たらいいなぁ、と思います。」


どれも、今王都にありそうなサロンばかりです。それに『植物紙』を宣伝できそうにはありません。


「ベッキー様はどんなサロンに興味がおありですか?」

とユリア様が聞かれました。他のみんなもレベッカ様の意見には、興味津々です。


「私は、そうねえ。本好きな人が集まるサロンかな。」

「本好きな人ですか。」

「そう。アカデミーの図書室みたいに本がたくさんあって、好きなだけ読めて、で、その本を貸してもくれて家でゆっくり読む事ができるの。アカデミーの図書室の本、寄宿舎に持ち込めたらいいのに、っていつも思うから。まあ、本は高価だから、余程資金力のある人じゃないと、そんなサロン開けないって思うけど。でも、本にお金をかけてくれるなら、他はそんなお金かけてくれなくていいんだ。高い絵とか壺とか飾ってなくていいし、お菓子も素朴なのでいいし、お茶も普通でいいし。ああでも時々は豪華にして欲しいかな。本の作者に来てもらって、ファンのみんなで作者を囲んで一緒にお茶を飲んだりできたら素敵よね。他にも、声の良い役者さんに来てもらって朗読会したりとか。」

「素敵だとは思いますけど、そういうサロンを開くのはちょっと勇気いりますね。悪い人とかが、本を盗みそう。」

とアグネス様が言われました。


「だからこそのサロンだよ。会員制にしてしまえば、変な人は入って来られないでしょう。身元のしっかりしている人ばかりだから、本を盗んだり破ったりしたら、ちゃんと弁償してくれるじゃない。もししてくれなかったら、その人を紹介した紹介者に弁償してもらうの。そういうシステムにしたら、信頼できない人は紹介しなくなるでしょう。」

「そうですね。」

「私達はそんなサロンがあったらとても嬉しいですけど、本の作者の方や出版社の方は嫌がられないでしょうか?本が借りられるようになったら、本が売れなくなりますもの。」

とユリア様が言われました。


「そうかな。私はもっと本が売れるようになると思うけどな。本に気楽に触れられるようになったら、今まで知らなかった作家や読んだ事のなかったジャンルを知る事ができるようになるでしょう、その中で、何度でも読み返してみたい本に出会えたら、その本を買いたくなるじゃない。それに、本を売りたいというのなら、全巻サロンに置かなければいいのよ。上下巻に分かれている話だったら上巻しか置いておかないの。・・・ものすごく興味が持てる本を読んでいて、最後の1行に『下巻へ続く』という文字が書いてあるのを見た時の、あの絶望感!絶対、下巻を買うわ。今なら絶対買うっ!」


話しているうちに、レベッカ様の口調が激しくなっていきました。何か、上下巻セットの本に、辛い思い出でもあるのでしょうか?


でも、とても素敵なサロンだと思いました。

まず、今までに一度も聞いた事の無いサロンです。でも、本が好きという人は貴族にも平民にも一定数います。だけど、本は高価なので、そんなにたくさん買う事はできません。貸してもらえるならとても嬉しいでしょう。題を聞いたら面白そうなので買ったけど、面白くなかった、という失敗をせずに本の購入をする事もできます。同じ本が好きな人同士でのおしゃべりは楽しそうです。好きな本の作家に直接会えたら、きっととても嬉しくて泣きたくなるかもしれません。


それに何より、本は紙でできています。紙を宣伝するのにぴったりです!


「レベッカ様。お姉様が新しいサロンを作らないといけない事になっているんです。今、レベッカ様がおっしゃられたようなサロンを作ってもいいでしょうか?」

レベッカ様は、もちろん。と言ってくださいました。更にもう一つ、提案をしてくださいました。


「棚に、本の題名と簡単なあらすじを書いたPOPを置いてくれたら嬉しいかも。この世か・・じゃなくて、ヒンガリーラントやヴァイスネーヴェルラントの本は題名を見ただけじゃ内容が全然わからないから。恋愛物か冒険物かとか、主人公は男性か女性かとか、作り話なのか本当にあった話なのかとか、最低でも悲劇なのかハッピーエンドなのかとかわかると嬉しいわ。」

そう言って『POP』の説明をしてくださいました。POPも紙で作る物のようですから、お姉様のサロンに置くのにぴったりです。


とても、楽しそうなサロンで私はワクワクしてきました。問題は、本をたくさん買えるくらい、ヘリング家がお金を出してくれるかですけれど。マヌエラさんやイルメラさんが聞いたら、また文句を言ってきそうです。でも、お姉様に相談してみようと、私思いました。


お姉様にお話すると、お姉様もとても素敵だと言ってくださいました。

ケヴィンお義兄様は、外国の街に行くと、その街を訪れた思い出に必ず一冊本を買ったのだそうです。なので、お義兄様は100冊近い本を持っているそうで、その本を自由にお姉様や使用人のみんなに読んでもいいと言ってくれているのだそうです。それらの本に、貴婦人の方々の間で話題になっているような本を足したら、素敵な図書室がきっとできあがるはずです。


お姉様はすぐに、ヴァイスネーヴェルラントの何社かの出版社の人達に来てもらいました。

本の貸し借りができるサロンなんて、嫌な顔をされる出版社の人もいるかと思いましたが、みんなとても素敵だ、嬉しいと言ってくださいました。

そして、どの出版社の方も、売れ残って倉庫に置いてある本を無償で寄付させて欲しいと言われたそうです。

とっても素敵な本なのに、どうしても売れなくて、売れ残ってしまっている本というのがどこの出版社にもあるのだそうです。

そんな本を本好きの方に手にとって欲しい。作者の名前を覚えて欲しい。それで、もし気に入ったなら買って欲しい。という事だそうです。


POPを作るのも、全て出版社の方達がしてくださいました。クラリッサ・バウアーさんという女の方は、おすすめの本のあらすじを三行ほどにまとめてたくさん書いた、あらすじ集の冊子本まで作ってくださいました。

出版社の方達は、他の出版社よりも目立とう、自分たちの会社の本を一冊でも多く手に取ってもらおうと思って、皆さんPOPをとても綺麗に華やかに作ってくれました。なので、とても素敵なPOPがたくさん出来上がりました。


壁に飾る絵は、布のキャンバスに描いた絵ではなく、紙に印刷した多色刷り版画です。本が主役のサロンですから、ティーカップやお花を飾る花瓶は少しお値段を抑えた物になりました。お客様にお出しするお菓子も、クッキーやドラジェなど、カトラリーを使わずに指でつまんで食べられるお菓子をお出しします。


それでも、まるで居心地の良い書斎のような素敵なサロンが出来上がりました。

後はどんなお客様が来てくださるかです。

ありがたい事に、レベッカ様の御母上のエーレンフロイト侯爵夫人やアグネス様の御母上のファールバッハ伯爵夫人がサロンの会員になってくださいました。それに、本がお好きな事で有名な芳花妃ステファニー様の妹の、コートニー様も会員になってくださいました。


サロンが開く初日には、バウアーさんが力を尽くしてくださって、ヴァイスネーヴェルラントの女性男爵、ディートリッヒ・フォン・ユング男爵と、コルドゥラ・フォン・ドレッセル男爵がヴァイスネーヴェルラントから来てくださる事になりました。ユング男爵は、冒険小説を書いておられる作家さんで、ドレッセル男爵はたくさんの恋愛小説を書いておられる作家さんです。御二人共とても人気のある方で、たくさん小説が売れたので、男爵位を賜ったのだそうです。そんな、すごい女性がいらっしゃるなんて、同じ女としてとても憧れます。


ユング男爵がサロンに来られると聞いてレベッカ様は

「私もサロンの会員になりたいー!サロン行きたいーっ!」

と嘆いておられました。残念ながら、未成年は会員になれません。どうやら、レベッカ様があまりにも嘆かれるので、エーレンフロイト侯爵夫人は御自分がサロンの会員になってくださったようです。サロンの会員になれば、ユング男爵とお知り合いになって、御自宅を訪問してもらうチャンスができるでしょうから。でも、バウアーさんにお願いすれば、レベッカ様ほどの方ならユング男爵に喜んで紹介してもらえると思うのですけれど。


そうして開設したサロンの初日は大成功だったそうです。

お姉様と親交のある貴族の方に、ヘリング家とお付き合いのある商家の方、作家の先生方に、本の朗読をしてくださる役者さん、出版社の社員さん達、みんなで楽しく本のお話をして、楽しい時間を過ごしたそうです。

ヘリング商会の方達も、みんな素晴らしいサロンだと喜んでくださったらしいです。マヌエラさんは機嫌が悪かったらしいですけど。


そうしてサロンを開設して、数ヶ月経ちました。

サロンは大変な人気で、会員になりたいという人が多くて、お断りをするのが大変なくらいだそうです。でも、会員の数が増えすぎると、お貸しする本が足りなくなってしまいます。それに、ケヴィンお義兄様のお父様が言うには、入りたいのに入るのが順番待ち、なくらいの方がサロンの『格』が上がるのだそうです。


そんなサロンに今度、特別なお客様が来られる事になりました。

ヴァイスネーヴェルラントの王太后陛下カサンドラ様です。

カサンドラ様は『本の貸し借りができる図書室のようなサロン』という物にとても興味があるらしく、サロンの視察をしたいとユング男爵を通じて相談があったのです。

貴婦人の中の貴婦人であられるカサンドラ様を、自分の自宅やサロンにお呼びしたいという方はたくさんおられるのですが、カサンドラ様がヒンガリーラントを訪問される時にご出席される予定のサロンは、お姉様のサロンと王宮で行われる『花の宴』だけです。

あまりにも栄誉な事に、お姉様は今から必死になって準備しています。


今でも目を閉じると、父が家を出て行った時の事を思い出します。

あれから、1年が経ち、私もお姉様もいろんな事が変わりました。

ずっと、領地にある雨漏りのする古い館で、お姉様やお兄様と一緒に生きていくのだと思っていましたけれど、今では私もお姉様も王都で暮らしています。お兄様も良縁に恵まれて、結婚して紙作りの仕事を頑張っておられます。

それでも時々、お父様が戻って来て、怒鳴り声をあげながら私やお姉様を殴りつける夢を見る事があります。

目が覚めて、ああ夢だったのだとわかった後も、体が震えて私はラッコのランちゃんをギュッと抱きしめるのです。


大丈夫。私にはランちゃんがいるし乳母のギーゼラもいてくれるし、お友達もたくさんいるし、今は離れていてもお姉様やお兄様やケヴィンお義兄様もいてくれる。だから大丈夫です。


私もお姉様も今、とっても幸せです。

こんな毎日がずっと続いていってくれたらな、と思って、また私は眠りにつくのです。

次の話から、第三章になります。再びレベッカ視点の話となります。

ジークルーネや、第一章に出てきた護衛騎士のアーベラが再登場します。

第三章もよろしくお願いします。ブックマーク、評価、感想などもいただけたら励みになります。

読んでくださる皆さんに感謝します。

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