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《160万pv突破!》侯爵令嬢レベッカの追想  殺人事件の被害者になりたくないので記憶を頼りに死亡フラグを折ってまわります  作者: 北村 清
第二章 アカデミーへ

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孤児院の視察(ルートヴィッヒ視点)

前作に続きルートヴィッヒ王子の話です。

前の話共々、よろしくお願いします。

1週間後。

僕は今度は、孤児院に視察に来ていた。

視察場所は、商業地区の中にあるユーバシャール孤児院だ。僕の婚約者のレベッカ姫が全面的に支援している孤児院で、子供の数は60人近くいる。王都内でもトップクラスに人数が多い孤児院だ。

それでも今、王都全体で見れば孤児の数は少ない。大きな戦争や伝染病の流行が無く、大人の死亡率が下がっている事、王都全体の景気が良く、親を亡くした子供を金銭的に余裕のある親族が引き取るケースが増えている事が要因だ。

かつて国内でペストが大流行した時は、一万人以上の孤児が王都だけでいたという。


孤児院の前には人だかりができていた。今日はあえて人の出入りが多い日に来たのだ。冬が来る前に冬支度をする資金を稼ぐ為、今日孤児院でバザーが行われている。幼い子供達が作った拙いパッチワークの小物や、何が描かれているのかよくわからない絵などが、少額のお金で売りに出されているのだろう。そういう物を買ってあげるのも高貴な者の務めというものだ。


今日の同行者は、フィリックスと教育大臣だ。孤児院は民部省の管轄だが、民部大臣は王妃派の貴族なので同行してもらうなど考えられない。それに、人買い孤児院の存在を見逃していた、民部大臣の事は信用できない。本来なら、孤児院での人身売買や殺人を看過していた責任を取るべきだと思うが、同じ派閥の人間達が庇ったので大臣は何の責任もとらなかった。犠牲になった子供らの涙を思うと、正直許せないと思うが、あまり騒ぎ立てれば国王である父上の責任問題にまで発展する。それでもいつか、代償を払わせてやる。と僕は心に誓った。


教育大臣は年齢が50代になる伯爵だ。髪は真っ白だが年齢の割に毛量が多く、胸毛も首にまで生えている。人の良さそうな白熊というイメージだ。子供は全員息子らしいが、孫は全員女の子らしくて、その子らがどんなに可愛らしいかをエンドレスで孤児院に向かう馬車の中で聞かされた。既に婚約者がいる僕にそんな話をされても困るし、そもそも最年長の孫が5歳だそうだ。一応真面目に相槌を打ちながら、貧民救済病院の時と同じよう現地集合にすれば良かったと思った。

あの時の視察の事を思い出すと、また胸の奥がムカムカしてくる。今日の同行者に医療大臣を選ばなかったのは、またコンラートを連れて来られたら嫌だからだ。


孤児院に着くと、孤児院長が挨拶に出てきた。本当は、物語のように完全に身分を隠してのお忍びとかやってみたいのに、現実にはそういう事は不可能だ。もし本当にそれを強硬したら、護衛騎士や侍従のうちの誰かの首が物理的に吹っ飛ぶだろう。それでも、自由がきかない生活にため息をつきたくなる時がある。


僕は孤児院の中に入った。案内されたのは、普段子供達が食事を食べる食堂だ。広い空間は椅子が隅の方に片付けられ、机の上は花畑のようだった。その美しさに、僕もフィルも教育大臣も「うわあ。」と声が出た。

「これは凄い。」


机の上に並べられたのは、布で作られた造花の数々だった。一番多いのはバラだろう。現実のバラ園には、小さい物や枯れかけた物が混じっているが、ここにあるバラの花は全てが大ぶりで満開だった。赤、ピンク、オレンジ、白、などの花に混じって緑や青など、現実には存在しない色のバラもある。それらが、ある物は籠に入れられ、またある物は毛糸で編んだヘアバンドに付けられた髪飾りになっている。だが、最も目を引いたのは、白い小ぶりの花々と一緒に木の箱の中に隙間なく詰められたバラの花だった。


「美しいな。」

「フラワーボックスというのだそうです。生花と違い造花は水が必要ありませんので、花瓶に入れる必要がありません。このままで、部屋や壁に飾っていただく事ができます。」

と孤児院長が説明した。貴族の家で壁に飾る物といえば、絵かタペストリーかだ。だが、このフラワーボックスを飾ってもとても美しいだろう。生花と比べて香りが無いのが不満という人もいるかもしれないが、それなら造花にバラの香油でも振りかけておけばいい。


他にも見たことの無い花がたくさんある。

「花の名前には詳しくないのだが、これは何という花なのだ?」

「こちらの、白と紫の花は『藤』と申します。こちらの赤や青の花は『アジサイ』です。いずれも、東方の花なのだそうです。」

「異国の花なのか。美しい色だね。」

「これらの造花は、本当に存在する色で作られています。アジサイは土壌の性質によって咲く花の色が、赤になったり青になったりするそうです。同じ花を、違う場所に植え替えると花の色が変わってしまうので、花言葉は『心変わり』『あなたは冷たい』というのだそうです。美しい花ですが、恋人へプレゼントに向かない花なのだと、レベッカ様はおっしゃっておられました。」

フィルも大臣も、それぞれの表情で苦笑した。


「レベッカ姫が?」

「はい。ここにある造花を作る元となった型紙は全てレベッカ様からの贈り物です。」

「ほう。エーレンフロイト家の姫君にはそのような才能が!」

と教育大臣が驚きの声をあげた。僕も驚いた。


「どんな型紙なのだ?その型紙とやらを見てみたいな。」

僕がそう言うと、孤児院長は困ったような顔をした。

「・・申し訳ありません、殿下。その『型紙』は、この孤児院の財産としたら良いと言われてレベッカ様から賜ったのです。それを元に作った花は評判になり、複数の商会や、衣料品店から取り引きの申し出がありました。継続的に一定の収入がある事で、子供達も私も将来への不安を感じずに日々を過ごす事ができるようになったのです。なので、型紙を見たいと言われる方や、欲しがる方もおられますが全てお断りさせていただいています。どうかお許しください。」

孤児院長が深々と頭を下げる。周囲で売り子をしている子供達が不安そうにこちらを見ていた。


他の客達の目もあるというのに、ここで

「逆らう事は許さん!さっさと見せろ!」

とか言ったら、平民の支持率ダダ下がりである。

僕は

「いや、よいのだ。無茶な事を言って申し訳なかった。」

と、鷹揚に言った。別に、好感度を犠牲にしてまで見たかったものではない。ただ、レベッカ姫はどうやってそんな物を思いつき作り出したのだろうと気になっただけだ。小さい子供達が再現できるくらいだから、そう難しい物でもないんだろう。それこそ、造花を買って糸をほどけばすぐにマネできてしまうものかもしれない。だが、類似品を作っても値段が同じなら、皆孤児院の支援の為にも孤児院作の物の方を買うだろう。もしも、孤児院の子供達に変な圧力をかけて利益を損なおうとする奴がいれば、僕が許さん!


「この、花を木の箱に入れるってのも、エーレンフロイト嬢の発想なのかい?」

とフィルが聞いた。

「はい、そうです。木の箱は、林業が盛んなシュテルンベルク家が寄付をしてくださいました。」


ここでまた出てくる、シュテルンベルクの名。

嫉妬の炎がメラッとまたちょっと燃えた。

一瞬

「ここにある花全部もらおう。」

と、アホな事を言いそうになった。

それくらいしないと、コンラートに勝てないような気持ちがしたからだが、現実に今ここでそんな事をやったら、周囲の客から石を投げられるかもしれない。

皆、慈善行為ではなく、本当にこの美しい花が欲しいと思って買っているのだ。


教育大臣も

「孫娘達に買って帰ってやろう。」

と言って、ウキウキと髪飾りを見ている。

「孫娘達は、皆赤い髪なのだ。なので、赤やオレンジではない花が良いな。」

と言って、白いバラや、白と紫の藤の髪飾りを売り子の女の子達に選んでもらっている。フィルは、フラワーボックスに興味があるようだった。


他にも、毛糸で編んだ小物や、木の皮で作ったカバンなどもあるが、とにかく人気なのは造花だった。

見ている間にどんどんと売れて行く。客も口コミで次々来るようだが、実は僕とフィルがいるので新しく来た客を入れないように護衛騎士達がしているのだ。長居をすると迷惑になりそうだ。

それにしても、こんなクオリティーの高い物を販売するなんてバザーをなめていた。くだらない物でも買ってあげなきゃと思っていた自分が恥ずかしい。でも、こんなハイクオリティーのバザーを開けるのはレベッカ姫の助力があったからなのだ。

頭の良い子なのだという事はわかっていたけれど、僕が考えていた以上に頭が良いのだ。


凄いな。と、僕はまた一層彼女を尊敬した。



芳花宮へ戻ると、母の友人であるファールバッハ伯爵夫人ベアトリクスが遊びに来ていて、母と一緒にお茶を飲んでいた。


「おかえりなさいませ、殿下。孤児院のバザーはいかがでしたか?」

ベアトリクスが柔らかい微笑みを浮かべて質問してくる。


「とても素晴らしかったよ。こちらは母上へのお土産です。」

そう言って、僕はフラワーボックスを母に差し出した。白やピンクなど、淡い色のバラで飾られた清楚な箱だ。

「まあ、なんて美しいのでしょう。」

と言って、母上が微笑んでくれる。

「あら、そちらの花籠はどなたかへのプレゼント?もしかして、レベッカ様にかしら?」

ベアトリクスが花籠に気がついていたずらっぽい視線を向ける。花籠に入っているのは、青いアジサイの花だ。


「いいえ、これは自分用です。花言葉がプレゼント向きではないのですよ。」

「あら、そんなに綺麗な花なのに?」

僕は笑ってごまかし、談話室を離れた。適当なところでフェードアウトしないと、女性の雑談はいつまでも終わらないからだ。

僕は自分の部屋に戻り、机の上に花籠を置いた。青い花を見ていると、レベッカ姫の青い瞳を思い出す。


「『あなたは冷たい』か。」

その通りだな、と少し寂しく思った。

ちょっと切ないルーイ王子でした。

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