ブルーダーシュタットへ
そのニュースを教えてくれたのはユリアだった。
「えっ⁉︎どうして?」
「ボイラーがだいぶ老朽化しているので、修理するのだそうです。」
アカデミーは創設されて100年以上経っているので、はっきり言って建物は古くてボロい。なのでいろいろな所を修理しつつ建物の延命をはかっているのだが、この度ボイラーが修理される事となった。
アカデミーの建物はセントラルヒーティングで冬場は暖められている。もしも真冬にボイラーが壊れて暖房が止まったら、低体温症患者がバタバタと出るだろう。なので、夏の間にボイラーを新しくするらしい。
「例の『あの事件』で、事を大きくしたくないと思った家門の人達が、アカデミーにたくさん寄付をしたらしいんです。それで、アカデミーの資金が今とても潤沢なので、大規模修繕をするそうですわ。」
コンスタンツェ様の事件がこういうところにもつながっているとは。
もちろん、真冬に暖房が壊れたらとても困るので、ボイラーを修理する事に異論はない。一部の教師達の懐にお金が転がり込む事より、はるかに有意義な使われ方だ。
ただし、修理には日数がかかって、その間かなりうるさいだろうし、アカデミー内を部外者がうろうろする事になる。安全上の問題がある為、1ヶ月間アカデミーを休みにするのだそうだ。ただし、修理するのは学舎だけなので、残りたい生徒は寄宿舎に残る事ができる。
「ユリアはどうするの?」
「悩んでます。久しぶりの長い休みなので、お父様や伯母様に会いにブルーダーシュタットに帰ろうかな、とも思うし、でも今の時期に帰るのはやめた方がいいかな、とも思うしで。」
「なんで今の時期はダメなの?冬より移動するのは楽じゃない?それとも、ブルーダーシュタットの夏は猛暑なの?」
「いえ、気候は悪くないんです。ただ、その・・母が死んだのが夏なので、父も伯母も、この時期は少ししんみりしているんです。」
だったらそういう時こそ、家族の側にいてあげるべきでは。と思ったが、母親の命と引き換えにユリアは生まれてきたので、家族が母親の死を嘆く様子を見るのはユリアには辛いのかもしれない。
・・・何だろう、今何かが引っかかった。
「そ・・それに、1ヶ月もベッキー様の側を離れるのは寂しいなあ・・なんて。」
ユリアの母親が死んだのがこの季節という事は、ユリアが産まれたのもこの季節って事だ。ヒンガリーラントでは、産まれた子供のお披露目は1年から2年経って行われるので、誕生日があまり重視されない。お披露目された日に戸籍と市民権を得るのである。
誕生日を祝う習慣も無いし、自分の誕生日をよく知らないという人さえいる。
「あの、孤児院の事とかお手伝いできないのとかが寂しいって意味です。」
その反面、命日は重要視する。そしてユリアの母親の命日はユリアの誕生日だ。ユリアは、ヒンガリーラント人には珍しく、自分の誕生日がいつかをはっきり知っているのだ。
「私抜きで、ベッキー様の新曲をハンドベルで練習するのが寂しい、って意味で言っているのであって、その変な意味では・・。決して、他のみんなに嫉妬しているわけでもなく・・。」
「ユリアは次の誕生日で何歳になるの⁉︎」
「え・・。13歳です。」
それはそうだ。ユリアは私と同じ年に生まれているのだから。
「ねえ、ユリアの誕生日っていつ?」
「7月7日です。」
私は息を飲んだ。そうだ、そして私の過去の記憶によると、その日がユリアの父親の命日になる。
過去でのユリアは13歳の誕生日に海賊に父親を殺された。お得意さんの館に商品を届けに行ったら、その館を海賊が襲撃。館の主人共々殺されてしまうのだ。
『海賊』というと日本人は、マンガやら映画の影響で、カッコいい義賊みたいなのを連想するかもだけど、この海賊は正真正銘の外道だ。
『黒いサソリ』だったか『黒いカニ』だったか、そういうニュアンスの、痛々しいネーミングセンスで、仲間の一人を船やら館やらに使用人として送り込み、その仲間の手引きで内部に侵入。女性も子供も皆殺しにする事で、正体を完全に隠しているのである。
ブルーダーシュタットに限らず海沿いの街々で、甚大な被害を与えている海賊で、海沿いの街に住んでいる人達は皆恐怖に震えていた。
過去では、私が死ぬまでの間に捕縛はされなかった、と記憶している。
そしてレーリヒ商会は、ユリアのお父さんが死ぬ事で一気に没落したはずだ。
一人娘のユリアが未成年だったので、父親の弟夫婦が後見人になったが、この弟夫婦がろくでなしだった。もともと、大量の借金を抱えており、レーリヒ商会のお金を好きなだけ散財、挙句、無謀な投資をして全財産を失うと、ユリアに借金を押し付けて夜逃げした。
たくさんの借金を背負ったユリアは、我が家に働きに来て私の侍女になったのである。そして、彼女は私を殺す殺人犯の容疑者の一人となった。
きゃああああーっ!大変だ。今ゴンぶとのフラグが高々と立とうとしていた!
最近、孤児院の慰問とか絵本作りとか、死亡フラグと何の関係も無い事ばっかやっていたけれど、私の人生最大の目標は、死亡フラグを折ってまわる事だったはずだ。危なかった。何が何でも、ユリアのお父さんが死んでレーリヒ商会が没落するのを防がなきゃ!
そうしないと、うちのお母様はとってもユリアを気に入っているので、ユリアが路頭に迷ったりしたら絶対ユリアを使用人として雇うに決まっている。それはアカン。それを防ぐ為には、私もブルーダーシュタットに行くしかない!
海賊と戦って、勝てる見込みはないけれど、7月7日にユリアのお父さんに下剤でも盛って、お父さんを家から出させないとかならできそうな気がする。
「ユリア!私、ユリアと一緒にブルーダーシュタットに行きたい。」
「えっ?」
「私が、遊びに行ったら迷惑?」
「そんなわけありません!ぜひとも来てください。大歓迎です!」
「本当に?」
というか、来るなと言われてもおしかけようと思っていたけどね。
問題は、うちの親だな。私の遠征の許可がおりるかどうか・・・。
ところが、意外に簡単におりた。
「アーベルマイヤー家とのゴタゴタやら、孤児院長の粛正やら、いろいろしでかしたあなたに会ってみたいという貴族の方々が多いのよ。いちいち断るのも大変だし、王都にいないでいてくれる方が、面倒がなくていいわ。ユリアなら信頼できるし。」
と、お母様に言われた。
すごいな。ユリアへの信頼感。
それで、やったね、ラリホー、と思っていたら、水を差すような事があった。
エリーゼ様に
「あら、いいわね。私も行こうかしら。」
と言われたのである。
「ジークも、休みをブルーダーシュタットでとるのですって。なかなか、王都ではゆっくり話をする事もできないし、ブルーダーシュタットに私も行ってみようかしら。」
「ジーク様もブルーダーシュタットに行くんですか。」
「お父上である侯爵の乳兄弟が医者で、ブルーダーシュタットに住んでいるそうなの。あの人もいろいろあって実家には帰れない身ですからね。その乳兄弟を訪ねるか、『歓びの館』で過ごすかくらいしか選択肢がないんでしょう。」
「『歓びの館』って、歓楽街にあるお店ですよね。」
歓楽街とは、お酒が飲めて綺麗なお姉ちゃんがいてお泊まりが可能な店もあるという場所の事だ。どこの街にも絶対にあって絶対に無くならない必要悪とも言える場所である。
「そんな所で何して過ごしてるんですか?」
「そのお父様の乳兄弟の医者は、もともと王都に住んでいて、歓楽街の貧しい娼婦達の診察や治療やリスタート相談を無料でしていたの。
だけどそういう善行をしていたら、損をする悪徳医者とかがいて、そういう連中に命を狙われたので、ブルーダーシュタットに引っ越したの。その後、歓楽街での慈善事業はジークが引き継いでやっていたらしいわ。だから、歓楽街の女性達はジークに感謝して、いろいろ協力したりとかしてるのですって。情報も情報省以上に集まる場所だしね。」
「へえ。」
「『歓びの館』の三美人と、唯一お茶が飲める10代と言われてるらしいわよ。」
どういう意味だ?高級娼館の高級娼婦は、江戸時代の花魁と一緒で顔を見ることさえ普通の客は難しいという意味かな?
私には、よくわからない世界だ。
とにかく、ジーク様もそれなりに上手くやっているのだろう。実は女だ。という噂は全く聞かないし。
黙っていてくれたコンラートには感謝しかない。
そうして、大陸歴313年夏。私とユリアとエリーゼ、それにジークはブルーダーシュタットへ向かう事になった。
私、レベッカ・フォン・エーレンフロイト、13歳。
私が殺されるまで。後5年である。
第二部完結です。
読んだくださっている皆さん。本当にありがとうございます。
限りなく出番の少ない王子様視点の話を何話か書いて、その後第三部に入ります。
登場人物もちょっとずつ増えていますが、どうかこれからも元気な女の子達と作者をよろしくお願いします。