チェス大会開始
約束通り、コンラートは建国祭まで毎日うちへ来てくれた。
チェス大会に出場する事について、両親の反応はうっすいものだった。
たぶん両親は、私が一回戦すら突破できないだろうと思っているようだった。両親の中では私は、幼児期に少しだけチェスをかじった子供なのだ。だから好きにしなさい、といった反応だった。
母は、コンラートが毎日来てくれて上機嫌だ。若死にした友人の子供なので、とても気になっていたらしい。
弟のヨーゼフも、喜んでコンラートにまとわりついている。ヨーゼフも一緒に遊びたがるが、チェスのルールさえおぼつかない8歳児では、私達とは勝負にならない。それでも近い将来、私のせいで死ぬかもしれない弟と思うと無碍にはできず、私はコンラートとチェスをしながら弟とリバーシをするという二刀流で頑張った。
「チェスは同じ師匠ごとに◯◯派という形で分かれている。同じ派閥の子供は同じ様な駒の動かし方をするので、派閥ごとの傾向を覚えておくといい。」
と、コンラートが言った。
チェス大会は、総当たり戦ではなくトーナメント方式だ。だから誰と当たるかは完全に運である。
だから、出場選手個人個人より、派ごとの対策を考えた方がいい。強いとされている派閥は3つほどなので、その3つを研究しておけば、それなりに勝ち上がれるはずとの事だった。
わざわざ時間をかけて指導してもらう以上、私も手を抜くわけにはいかない。フルパワーで勝負した結果、建国祭までの間のコンラートとの勝負は3勝5敗となった。昨年の優勝者であるコンラートから3勝できたのだから、自分の中では大満足だ。しかも、弟とのリバーシ勝負と並行しながらの結果である。ちなみにリバーシ勝負の方は、私の全勝だ。わざと負ける様な真似をしたら、ヨーゼフの為にならないぞと、コンラートに釘を刺されたのだ。
「今年の優勝候補って、アーレントミュラー公子なんだよね。できたら当たりたくないなあ。というか一回戦は、私同様初出場って人と当たりたいな。」
「それは無理だな。優勝候補同士が初戦で当たらないように、初戦は、去年それなりの結果を出した人間と初出場の人間が当たるよう組まれるんだ。でも、どの程度の実力でどんな闘い方をするかわからない人間と当たるよりその方が良くはないか?」
「・・でも、アーレントミュラー様とは当たりなくないの。」
「何故だ?」
「・・それは、恨まれたくないから。」
「なら、誰になら恨まれてもいいんだ?」
殺人犯候補じゃない人。とは、さすがに言えないから
「うちより家格が下の人。」
と、答えておいた
「・・まあ、その気持ちはわかる。私も2年前第三王子殿下と当たった時は忖度をした。」
「という事は2年前の優勝者は第三王子殿下?」
「いや、同じ年の第二王子殿下が優勝した。」
「第三王子殿下は去年は出なかったの?」
「ああ、第二王子殿下と違って空気の読める方だからな。王族が出ると臣下はやりにくいという事を理解されたのだろう。出場なさらなかった。」
・・・今、さりげなく第二王子の事をディスらなかった?友達のはずだよね、一応?
「ただ、家格が下の人間は恨んでこないなんて事は決してないぞ。家格が下の人間や、次男や三男で家を継げない人間にとっては将来がかかっている。名門家の一人息子とかと違って、状況が切実だから、むしろそちらの方が恨まれたら怖ろしい。その事は覚悟しておくように。ちなみに、アーレントミュラー公子は一人息子だ。」
「へー、そうなんだ。」
それでもやっぱり、できるだけ殺人犯候補の人とは関わり合いになりたくない。
フィリックス・フォン・アーレントミュラーとはどうか当たりませんように。
私は天に祈りを捧げた。
祈りは天に届かなかった。
大会当日。発表された対戦相手を聞いて私は、がくぅっと肩を落とした。
私の初戦の相手は、フィリックス・フォン・アーレントミュラーだったのである。
チェス大会当日。
私は両親と弟と共に王宮へ向かった。
王宮に行くのは今世では初めてだ。行く事が決まったのが数日前だったので、王宮へ着て行っても良いくらいのドレスの仕立てが間に合わず、母が私くらいの年齢の頃に着ていたという古着のドレスを着ている。
そのドレス。子供時代の母には似合っていたのかもだけど、はっきり言って私には似合っていないと思う。色はピンクで、フリルとレースがこれでもか、というくらいついていて、おしゃれというより七五三的コスプレ臭が漂う。
元々、見るからに幸薄そうな善人顔だった文子と違って、レベッカは悪女顔なのだ。同じロリータファッションなら、ゴスロリの方がまだ似合うと思う。
それもこれも、この世界に既製服の概念が無いせいだ。
ハロウィンイベント用の服が当日に、そこら辺の店で買えた日本は、本当に恵まれた国だったんだなとつくづく思う。
チェス大会は王宮内の小宮殿で行われた。
参加者とその父兄以外にも、たくさんの見学者がいる。それらの人達が思い思いに談笑したり飲食したり、ちょっとしたパーティーのようだ。私と同じくらいか、少し年上くらいの男の子も何人かいて、一瞬うまいことナンパして、第二王子との婚約話が出る前に誰かと婚約できないかな、と考えた。
いや、バカな事は考えるな、私。二兎追うものは一兎も得ずだ。今日はチェス大会に勝ちに来たのだ。余計な雑念を抱いていると勝てる勝負も勝てなくなる。だいたい文子だった頃、彼氏いない歴=年齢だったのだ。そんな私に男性へのお声がけなどできるわけがなかった。
出場者の数はキリよく32人だった。だけど女の子は私を含めて2人だけ。そして私が最年少だった。
対戦表はクジで決めるとかではなく、既に主催者によって決められている。優勝候補と一回戦で当たる私は完全に噛ませ犬枠なのだろう。
「ベッキー。」
と、呼びかけられたので振り返ると、コンラートとコンラートのお父様が立っていた。ようやく知っている顔を見れてほっとする。
周囲の大人達は、顔も名前も知らない人達だし、誰がうちの親と仲が良いのか悪いのかもわからない。
貴族というものはいろいろと派閥があって、派閥が違うと暗殺されるレベルで仲が良くなかったりするので、うかつに近寄れないのだ。
「一回戦の相手残念だったな。」
フィリックスと当たりたくないと思っていたのをコンラートは知っていたので、私の事を慰めてくれた。
「向こうは君を侮ってくるはずだから、最初から積極的に攻撃していくといい。向こうは君の情報を知らないのだから、有利なのは君の方だ。」
「うん。わかった。」
「ただ、負けたとしても落ち込む必要はない。相手の方が経験で勝っていたというだけの事だ。お菓子だったら、うちの料理人にいくらでも用意させるから。」
・・・。
過去の私はコンラートと、全くといっていいほど顔を合わせなかったので知らなかったが、この人めっちゃいい人だな。
この10日間、嫌な顔ひとつせずに世話をやいてくれて、顔も良くて親は金持ちとか、この人めちゃめちゃ女の子にモテるんじゃないのか?
実際、何人かの若い女の子達がこっちの方をちらちら見ている。そのうちの何人かは私の事をなんか睨んでるし・・・。
しばらくすると王様が入場して来た。
一応、元婚約者の父親だし、なんとなく顔は覚えていた。年は40前後なんだろうけど、かなりかっこいいのだよなー。
げー!と、心の中で思ったのは、第二王子が一緒に入場して来た事だ。正直言って会いたくなかった。
心臓がドクン!と嫌な音をたてて、呼吸が苦しくなった。大事な決戦を前に、今私のスタミナポイントが何%か下降した。
第二王子は24金のような髪色に、金色がかった緑色の瞳をしていてはっきり言って顔だけはいい人だ。
もう一度言う。顔だけはいい。
一瞬見惚れてしまった、自分が許せなかった。
冷静になれ、自分。あの男はオスのカモノハシと同じだ。愛される外見だが、実は凶暴だし毒を持っている!
私は深呼吸して、対戦席へと歩き出した。指定された場所には既にフィリックスが座って待っていた。
「初めまして。エーレンフロイト姫君。」
フィリックスが、にっこりと微笑んで挨拶してきた。
この男もまた顔が良い。権力と金を持っている高位貴族は、美しい女性を妻や愛人に選び放題なので、子供の顔が良いのはある意味当たり前なのだけどね。
正直、このレベルの美男子が、文子の住んでいた田舎町を歩いていたらきっと振り返って二度見しただろう。
だけど今私の中では、男の美しさがインフレーションを起こしている。もう、少しくらい顔のいい男を見ても、それが何?としか思わない。
それでも一応、礼儀正しく挨拶をして私は席に着いた。
でもって、3分後・・・。
レベッカ出陣です!
レベッカ頑張れー!と思ってくださる方。ブクマ、評価、いいねを是非ぽちっとお願いします(^◇^)