手紙の行方(5)
「どういう事なのかしら?誰か説明してくれる?」
エリザベートが微笑んだ。だけど目が笑っていない。なまじ大きな目をしているだけに迫力満点だ。
私だってかなり怖かったが、マイケなどはもう、完全に腰を抜かしていた。
「ああ・・お許しください。どうか・・アーベルマイヤー様に命令されて仕方なかったんです。」
「何と言って、命令されたの?」
「エーレンフロイト様宛の手紙を、まず自分の所へ持って来るようにと。」
「誰からの手紙?」
「わかりません!私はただ、ギードから受け取っていただけだから。」
マイケはもう観念したのか、エリザベートに聞かれた事をペラペラと喋る。
「今まで何通くらい渡したの?」
「つ、月に一通か二通くらい。」
「レベッカ様が、王族の婚約者だという事は知っていたのよね?」
「ああ・・あの・。」
「質問に答えなさい。」
「は・・は、はい。」
「さて。」
と言って、エリザベート様は、部屋の中のコンスタンツェ様に視線を移した。何となく、ぼーっとさっき蹴ったドアを見ていた私はこの部屋は『蘭の間』というんだな、と考えていた。
「貴女の言い分は?」
「・・・。」
「どうして、手紙を盗んだの?」
「私は盗んでなんかないわ!盗んだのは、あの女よ。」
・・んっ?あくまで、自分宛の手紙と言い張るつもりなのかな?と思ったら。
「私から、ルートヴィッヒ様を盗んだのよ!」
とコンスタンツェは叫んだ。
「ルーイを盗んだ?」
コテン、とエリザベートは首を傾げた。
「そうよ!ルートヴィッヒ様は、私の髪をカナリアのようだと言ってくれたわ。目は、春に芽吹く若葉のよう。首は彫刻の彫られた象牙のよう。肌は生まれて間もない仔羊の毛のようだって。」
ルートヴィッヒ王子の頭が煮えている事だけはよくわかった。
そういう事言う人って、都市伝説じゃなくいるんですね。
というか、たぶん生まれたての仔羊の毛ってそんなに綺麗じゃないよ。
「あんたの髪なんか、カラスの羽根の色じゃない。目の青は死体の肌の色よ。この世で一番汚い色だわ。」
そうなんです。日本人って、外国人の青い目が素敵!って言ってたけれど、ヨーロッパでは古来より、青は死体の肌の色とされていて、青い目は不美人の条件の一つだったらしいんだよね。『紅蓮の魔女』も目が青かったらしいし。だから、ヒンガリーラントでは尚のこと青い目は嫌われている。
エリザベートが冷笑した。
「カナリアだかカナブンだか知らないけれど、ルーイはその程度のセリフ誰にでも言ってるわよ。」
最低発言キターっ!
マジで気持ちが悪い男だな!変な薬とかやってて、幻覚見えてるんじゃあるまいな⁉︎
「貴女の母親である伯爵夫人は、王室の衣装室侍女長でしょう。機嫌を損ねたら面倒な事になるじゃない。3代国王ヴィルヘルムの側妃は、衣装係に嫌われて、他国の王族を招いた晩餐会で少し動いたら全部糸が切れる服を着させられて、食事中に下着姿にさせられた、なんて事もあったくらいだもの。貴女の母親の機嫌をとるためなら、息をするように心にもないお世辞くらい言えるわよ。」
女の戦いは恐ろしいな。
そして、王子。マジ最悪だな。もはやストップ安と思っていた株が、まだ下がった。
「違う、違うわ。ルートヴィッヒ様は私の事を・・。何よ。彼のお母様を、図書館の部屋から出したくらいで、恩着せがましく、婚約者の座に居座って。」
「あの事件を、『くらいで』とか言ってる時点で、貴女がルーイの恋人になれる可能性はゼロね。」
「私の事を、美しいって言ってくれたのよ。」
「そう。でも『愛してる』とか、『一緒にいたい』とは言われてないんでしょう。」
「言われたわ!愛してるって言ってくれた。何回も言われたわ。言われたんだから。言ってくれたんだから!」
「ルーイの言い分が聞いてみたいもんだわ。」
「帰ろっか、ユリア。ユディ。」
エリザベートとコンスタンツェの言い合いを聞いているのも飽きたので、私は二人にそう言った。
「え⁉︎ベッキー様。」
ポカンとしていたユリアが慌てて言う。
「帰るって?」
「お母様に言われたのは、手紙がどこで消えてるかを調べなさい、って事だもん。わかったからもういい。部屋に戻って、ほうじ茶でも飲も。」
「いや・・でも。」
エリザベートも怪訝な顔をした。
「今まで取られてた手紙を取り返さなくていいの?」
「別にいいです。だいたい、今まで届いた手紙とか言われて渡されても、本物かどうか信用できないし。」
「それもそうか。」
「ふ・ふん。そうね。自分でもわかってるんでしょ。自分の方が間違ってるって。だから、逃げるんでしょ、そうよ、私は間違ってない!
そもそも、男からの手紙が届くのがおかしいのよ。私は間違いを正してあげただけだもの。」
コンスタンツェがそう言うと、ユリアもユーディットも、ついでにずっと話を聞いていたアグネスやユスティーナも、きっ!とコンスタンツェを睨んだ。
「そんな・・ベッキー様は間違ってなんか・・・。」
おずおずとリーシアが口を開いた。
「あの、コンスタンツェ様は、チェストの横の木箱に届いた手紙を入れてました。」
「余計な事を言うんじゃないわよ!ちょっと、甘いお菓子をもらっただけで犬のように尻尾を振ってる意地汚い女の分際で。身分をわきまえなさいよ!」
「身分をわきまえなきゃいけないのはあんたでしょ。よくもベッキーお姉様より下の身分の分際で、お姉様に失礼な口を!」
気の強いアグネスがコンスタンツェにくってかかる。
「年下のくせに生意気よ!」
「それが、何よ!私のお父様は大臣よ。同じ伯爵家でも家格はうちの方が上だからね!この泥棒女!」
「泥棒ですって⁉︎泥棒なのは!」
「あなたです。誰がどう見たってあなたです。あなたのやってる事も言ってる事もおかしいです!」
ユスティーナが叫んだ。
「ベッキー様の方がはるかにご立派です。ベッキー様こそが真の淑女です。ベッキー様が正しいです。」
「貧乏貴族の分際で・・。」
コンスタンツェが、味方を探すように周囲を見回したけど、彼女のお友達はみんな、さささっと目を逸らした。うーん。女の友情って儚い。
「何の騒ぎですか!」
突如、廊下に大声が響き渡った。副校長だった。子供も成人し、夫とも死に別れた副校長は寄宿舎の離れに住んでいる。そこまで騒ぎが聞こえていたのか?あるいは誰かが、離れまで副校長を呼びに行ったのか?
「エーレンフロイト嬢、レーリヒ嬢。どうして三階にいるのですか?個室への訪問は禁止ですよ。」
「すみません。ほんと、自分でも何やってんだかって思います。情けないの通り越して、もう笑いだしてしまいそうな気持ちです。じゃあ、コンスタンツェ様、私帰りますんで。第二王子殿下の事は、もー喜んで身を引きますから、どうぞどうぞお幸せに。ほんじゃあ、いい夢を。そして美しい朝を。」
あー疲れた。と思いながら私は素早くフェードアウトした。
「あー、リーシア様大丈夫かな?あの地獄のような雰囲気の部屋で。」
「気にする事は、それではありません!」
ユーディットが、めっちゃ怒っている。
でも、どうしようもないじゃない。明らかに話が通じそうにないんだもの。前々から思っていたけれど、あの人同じ世界の違うカテゴリーで生きているからな。
「このままでいいんですか?ベッキー様。」
とユリアに聞かれた。
「別にかまわないけど。今までも来なかった手紙がたぶんこれからも来ない、というだけの話だし。何にも変わらないでしょ。」
「そういう物でしょうか?」
「一応お母様に報告して。不敬罪さえどうにかなったら、もうどうでもいい。」
そう言って私はあくびをした。ほんと疲れた。




