表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

77/557

手紙の行方(4)

「ひいいいいいぃ!」

と、マイケがホラー映画のヒロインのように絶叫した。私は貞◯かっ!

中年の侍女が、急いでドアを閉めようとする。私は、全体重をかけてドアを蹴った。ドアは内開きだ。私の筋トレに日々励んでいる自慢のあんよから繰り出されたキックに侍女は吹っ飛び、ドアは大きく開いた。

ドアの向こうで、リーシア、フォン、デューリンガーが目を見開いていた。



リーシアは、私やユリアと同じ年でデューリンガー伯爵の従兄弟の娘だ。私のハンドベル仲間でもある。


彼女の存在が初めて気になったのは、食堂で偶然近くの席に座った時だった。正直言って、寄宿舎の食事はおいしくない。何もかもが薄味だし、火が通り過ぎているのだ。私以外にもそう思っている生徒は多く、「家のシェフが作った料理が懐かしい。」と、愚痴を言っている子も多い。だが、リーシアはいつもとてもおいしそうに、料理をバクバク食べていたのだ。

それだけなら、味音痴なんだな、としか思わないだろう。

だが、異様に思ったのは、建国祭や新年祭の時、寄宿舎が閉じられて家に長期で帰ると、必ずリーシアが痩せていた事だ。家で、体調でも崩していたのか?と思うが、戻って来た彼女は今まで以上においしそうに元気いっぱい寄宿舎の料理を食べている。


こういう子供には、文子だった頃見覚えがあった。

夏休みや冬休み、春休み明けに体重が減っている、ちょっと食い意地のはった子供。こういう子供は十中八九、家で食事を食べさせてもらえていないのだ。

そういう子達にとっては学校給食が生命線で、他の時間は水を飲んで空腹をしのぐである。


私はリーシアの家族構成を調べてみた。調べてみたと言っても現実には情報通のアグネスに聞いてみただけだが。


リーシアの父親は、独身時代人妻と不倫をしていた。周囲が、関係を断つよう厳しく言っても関係を断たず、何とか引き離そうと思った父親の母親は、無理矢理別の女性と結婚させた。やがて、その女性がリーシアを産んだが、父親は人妻との関係を断たなかった。やがて、人妻の夫が死ぬとその女はデューリンガー家に乗り込んで来て住み着いた。怒ったリーシアの母親は離婚し、リーシアを置いて家を出て行ってしまう。その直後、父親は愛人と結婚をした。


それはもう、虐待が起こらないという可能性は、日本の銀行の利率並みの低さだろう。

父親にも継母にも、まともな道徳心を期待できない。既に父方の祖母も死んでいるというし、アカデミーにもきっと厄介払いされてやってきたに違いない。


虐待を受けた子供は、基本的知識量が同世代の子供に比べて著しく劣り、学習の習慣が無い為勉強の苦手な子供が多い。実際リーシアは、勉強が苦手だった。それでも、アカデミーが楽しいらしく、いつも幸せそうにほんわかと授業を受けていた。

私も、リーシアの事が他の子よりも気になって、勉強を一緒にしたり、実家から持って来たお菓子を分けてあげたりしていた。

だからだろうか、リーシアにはとても懐かれた。ハンドベルの仲間を募った時も、すぐに手を挙げてくれた。


リーシアの状況はかなり心配ではあった。だが、アカデミーにいる限りは安心だ。暴力を受ける心配は無いし。衣食住は保証される。寄宿舎に入れば制服も靴も生理用品だって、支給される。

それともう一つ、安心材料だったのは、リーシアには忠実な侍女がいた事だ。エイラという名前で、リーシアより3歳年上だった。彼女は献身的にリーシアを支え、リーシアもエイラの事を姉のように慕っていた。


だから、つまり、この中年の侍女はリーシアの侍女ではない!


リーシアの同室者は誰だ!と、思いつつ、私は室内に視線を走らせた。リーシアは、それなりの身分だ。同室者も下位貴族や平民のはずがない。


「レベッカ様!いったい、どういうつもりですか⁉︎こんな乱暴な真似。副校長に言いつけますよ!」


抗議の甲高い声があがった。声をあげたのは、コンスタンツェ、フォン、アーベルマイヤー伯爵令嬢だった。



正直私は「なんで?」と思った。

ある意味、リーシアが犯人という方がまだわかる。孤児院慰問など接点が多いし、明るく振る舞っているように見えてもココロに闇が。とかいう可能性もあるから。

だけどなんで、この伯爵令嬢が?


私とコンスタンツェ様には接点がまるで無い。

彼女は私の入学初日、選択授業の国語で『美しい罪人』という詩を披露して、私のSAN値をカキ氷のように削ってくれた人だ。

その後「あなたの領地では、鶏卵一個をいくらで売っている?」と質問したら、「物の値段を気にするなんてさもしい真似は貴族にふさわしくない。」と言われて、それ以来もうお近づきにならないようにしていた。

この人に嫌われる覚えが無いし、好かれる覚えはそれ以上に無い。


騒ぎが聞こえたのだろう。三階の他の住人達が顔を覗かせ始めた。その中にはアグネスやユスティーナもいたし、コンスタンツェを『コニー様』と慕う、コンスタンツェの取り巻きもいた。そして、もちろんエリザベート様も。


「言いつけられてもかまいません。でも、その前に手紙を返してください。その手紙、私宛の物ですよね。」

コンスタンツェは黙っている。

「えっ?えっ?・・えっ?」

状況がわからないらしいリーシアが、キョロキョロと私とユリアとコンスタンツェの顔を見た。

「コンスタンツェ様、そうなんですか?」

リーシアの問いに

「違います!」

と叫んだのは、手紙を手にしている侍女だった。

「このお手紙はお嬢様宛の物です。」

「だったら、確認をさせてください。」

「この、無礼者。何て不躾な事を・・。」


「中を見せなさい。それで、真実がわかります。」

エリザベートがそう言った。私達の状況を見ているだけで、様子を把握したらしい。

「そ・・そんな、無礼な真似。」

侍女が、ブルブルと震えながら言う。

「見せなさい。もしも、それが間違いなくコンスタンツェ様宛の手紙なのだとしたら、レベッカ様に五体投地で謝罪させます。」

私がですか!自分がしてくださいよ!


エリザベートが侍女の手から手紙を取った。侍女は抵抗しなかった。エリザベートは、紫色のリボンをほどき手紙を広げた。そして。

「あはははは。」

声をあげて笑った。


「おかしい。見て。」

そう言って、まるで歌舞伎の勧進帳のように巻物を掲げる。

その手紙には、ジークレヒト、フォン、ヒルデブラントという名前と共に1行だけ文章が書いてあった。


「この手紙を持っている奴は泥棒だ。」

と。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ