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手紙の行方(3)

そして翌日である。


時刻は夕食も終わった6時55分。

私とユリアとユーディットは厨房へ向かった。厨房は寄宿舎の一階にある。使用人さん達も夕食が終わり、皆、ほっと一息ついている時間のようだ。

私は厨房のドアをノックした。私達三人が現れると、皆何だろう?と、緊張しているようだった。


「こんばんは、皆さん。急にお邪魔をしてしまってごめんなさいね。」

「いえ、エーレンフロイト様。あの・・どうなさったのでしょうか?」

「私達の生活をいつも快適にしてくださる皆さんに御礼をしたいと思って、お菓子を持ってきたんです。」

「・・・。」

「というのは建前で、本音は今度孤児院へ持って行こうと思っているお菓子を皆さんに試食してほしいんです。孤児院の子供達は、私達に遠慮して、おいしくない物でも絶対おいしいって言ってくれると思うんです。だから、孤児院へ持って行く前に皆さんの忌憚のない意見が聞きたいのです。レーリヒ商会が来週から新しく売り出す新作のお菓子なんですけど、皆さんの正直な感想を教えてくれませんか?」


わあ!と、その場にいた全員の顔が輝いた。レーリヒ商会が国内屈指の商会で、外国の珍しい物をいろいろ取り寄せている事はみんな知っている。皆の表情が期待で輝いていた。


ユーディットが、お皿の上に乗せた栗羊かんを皆の前に出した。日本で売ってる、通常の羊かん一本分くらいの大きさはある。わざと人数分には切らずに、そのまま一本持ってきた。食べた事の無い物はあまり食べたくない、という人もいるだろうし、切り分けている間、時間を稼げるからだ。

「白インゲン豆とヒヨコ豆、それと栗をジャムにして寒天という東大陸の食材で固めた物です。小麦粉やバターなどは全く使っていません。」

ユリアが説明をしている間に、私は皆の様子を確認した。頬にホクロが2つある人がこの中にいない。

キョロキョロしていると、中庭に出られるドアが開いて女の子が一人入って来た。パッツンとした前髪をしていて、頬にホクロが2つあった。女の子は、巻物を手にしていた。巻物には、紫色のリボンが巻いてある。ジークの瞳と同じ色だ。

女の子は、私の顔を見るとギクっとしたような顔をした。


「あら、マイケ。どこに行っていたんだい?エーレンフロイト様とレーリヒ様がお菓子を持って来てくださったんだよ。」

と、一番年嵩の女性が言う。やっぱりこの人がマイケのようだ。

「う、うん。ええと・・。」

「あー、なるほど。」

と何人かの女性達がマイケの持っている巻物を見て言った。寄宿舎で禁止されている行為だが、皆黙認をしているようだ。


「ま、いいからマイケも食べなよ。」

「おいしいー!」

「食べた事無い食感!すごい!」

「えっ!これ、豆なんですよね。何で豆がこんなおいしいの?」


概ね、高評価だった。まあ、羊かんは地球でも、日本人以外にも人気あったからね。ヨーロッパの大都市に羊かんで有名な日本の和菓子店が支店を出していたくらいだ。その反面、日本人でも羊かんが嫌いな人もいた。特に、子供には多く、児童養護施設の子供でも半分くらいは羊かんが好きでなかったと思う。羊かんがというより、その子供らは餡子を使った菓子全般が好きではなかった。同様に、豆を使った料理というだけで食わず嫌いな反応を示す人も、きっとこの世界にもいるはずだ。


「このお菓子どうかな?」

「すごくおいしいです。ただ・・。」

一番年嵩の女性が言った。

「ただ?」

「いえ、あの。」

「正直におっしゃってください。耳が痛い意見でも商売の参考にしたいのです。」

とユリアが言った。

「いえ、このお菓子は本当においしいです。こんな甘くておいしい物食べた事がありません。ただ、これお酒が入っていますよね。それがちょっと、子供向きではないかも、と思ったんです。」


その通り。これにはお酒が入っている。正確には、お酒に漬け込んだ栗が入っているのだ。

今は春である。だけど栗は昨年の秋に収穫した物だ。冷凍とか真空パックとかできない世界なので、長期保存させる為栗をお酒に漬け込むしかなかったのだ。

「それと、この甘さはハチミツですよね。実はハチミツは滋養に溢れていて薬になる反面、子供には毒になる事もあるそうです。ですので、寄宿舎で作る料理には絶対ハチミツを入れないように、と副校長に言われているのです。孤児院の子供達は、とても幼い子供達もいるのでハチミツを使ったお菓子は良くないかもしれません。」


その通りだ。

実は本音を言うと、栗羊かんを孤児院に持って行くつもりはなかった。理由は正に、この二点ゆえだ。もし持って行くとしたら、採れたての栗が採れる頃に、『水蜜』を使った特注品の羊かんを持って行くつもりだ。


貴族に媚びて適当な事を言ったりせず、誠実に返答してくれた事が嬉しかった。

今日、菓子を持って来たのは下心があったからだが、またいつか、今度は誠実なお礼の気持ちで何かを持って来ようと思った。

私はユリアと視線を交わし合った。

マイケがこっそりと、廊下へ出て行こうとしていた。


私達は

「じゃ、ゆっくり食べてね。お皿はいつ返してくれてもいいから。」

と言って、厨房を出た。マイケが私達の前を歩いて行く。やがて、中央階段へと来た。

私の部屋は一階だ。だが、マイケは階段を上って行く。

やっぱり、誰かに手紙を盗んで届けるよう指示されているんだろう。二階を超えてマイケは三階へ上って行った。


エリザベートの部屋は三階の一番右端の部屋だ。そして、ユスティーナの部屋はその隣だ。


犯人がユスティーナでないといいなと、私は思った。ユスティーナは、孤児院の慰問仲間だ。

当初、ユスティーナは子供と接するのが苦手そうだった。ユスティーナは三人兄妹の末っ子だそうで、自分より小さな子と触れ合う機会が今まで無かったのだ。それでも、ユスティーナは優しく穏やかに真摯に子供達と向き合った。

子供であっても偽善には敏感だ。

ボランティアをしている自分に酔っているだけの人に心を許す事はない。だけど、孤児院の子供達はユスティーナに心を開いた。

ユスティーナは、姉にいつも歌ってもらっていたという子守唄を歌い、子供達の勉強やお絵描きの為にと高価な植物紙をプレゼントした。でも、子供達が慕ったのは、何よりユスティーナの真心だろう。

ユスティーナは、エリザベート様、私、ファールバッハ伯爵令嬢アグネス、アーベルマイヤー伯爵令嬢コンスタンツェ、に次ぐ寄宿舎で5番目に身分の高い令嬢だが、慎み深く慈愛に満ちた令嬢だった。もし彼女が何らかの罪に問われるような事にでもなったら孤児院の子供達はとても悲しむに違いない。


マイケは三階に着いた後、右に曲がった。

私は三階に上がり右へ曲がろうとして、慌てて壁に張りついた。マイケがすぐ側にいたのだ。マイケは一番手前の部屋の前に立っていた。

あの部屋って、誰の部屋?


そっと覗いていると、ドアが開いて中年の侍女が出てきた。マイケが

「・・・いつもの・・です。」

と言うと、侍女は

「そう。お金を持って来るので待ってなさい。」

と、威張りくさった態度で言った。そして、手紙を受け取る。


この瞬間までは、マイケは別な用事があって三階へ来ただけで、その後私の部屋に手紙を届けに来てくれるかも。という可能性があった。

しかし、今その可能性は潰えた。私は、足を踏み出した。

「待って!その手紙、私宛の物ではないの?」

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