手紙の行方(2)
寄宿舎に帰る馬車の中で、私は行方不明になった手紙の事を考えていた。
というか、盗んだ犯人、勇気あるね。王族からの手紙だよ。
日本でも時々、配達をするのがめんどくさかったと言って、郵便配達人が手紙をこっそり捨てていた。って事件があったけど、アレやった人、懲戒免職になるんだよ。日本でも、厳罰だというのに、君主国家で王族の手紙捨てたら超ヤバいんじゃないの。
それを考えると、正直あんまり犯人を暴きたくない・・。
とゆーかね。一介の使用人に、手紙を捨てる動機は無いと思うんだ。たぶん誰かに命令されているんだと思う。で、それが誰かっていうと、やっぱり動機があるのは、ルートヴィッヒ王子の愛人だったと噂のあった、エリザベート様かユリアのどっちかだと思うんだ。
どっちが犯人だったとしても、知りたくないなあ。
「ねえ、ユディー。手紙を盗んでいる犯人の事だけど。」
「全く、許せませんわ!犯人を懲らしめてやらないと。」
「犯人がユリアって可能性あると思う?」
ユーディットが、ポカンとした顔をした。
「お嬢様は、ユリアさんを疑っておられるのですか?」
「そうじゃなくて、ユリアにバレないように部屋を出てウロウロするの、無理と思わない。だったら事情を話さないとだけど、ユリアに話しても大丈夫かなって?」
「調査なら、わたくしがしますわ。お嬢様。」
「お母様のあの勢いでユディーに丸投げしたら、後が怖いよ。」
「それは、そうですけど。わたくしは、ユリアさんは無関係だと思いますわ。」
ユーディットは考え込みながら言った。
「特定の使用人と懇意にしている様子はありませんし、それに同じ部屋にいたら、手紙を受け取っているかどうかはわかりますわ。お父上と伯母様という方以外から手紙を受け取っている様子はありませんもの。そもそも盗んだ手紙は、どこかに隠すか捨てるかしないといけませんけれど、わたくしやお嬢様の目の届かない隠し場所は部屋の中にありませんわ。捨てるにしても、部屋の中に一つだけあるゴミ箱を、掃除係のメイドに渡すのはわたくしの役目ですから手紙が捨ててあったら気がつきます。」
「だったら、ユリアに事情を話して協力を仰ぐか。」
「それがいいと思います。それこそ、ユリアさんが犯人だったら、彼女は嘘を突き通せる性格ではないでしょうし。」
そうなんだよね。ジーク様の叔母さんが書いた本を読んだ事がないという嘘も、ポロポロ真実をこぼしていたからな。
でも、ユリアが犯人じゃないとしたら、エリザベート様が犯人?うわー、真相暴くの気が重いわ。
とりあえず寄宿舎に戻り、私は授業が終わって戻って来たユリアに事情を話した。ユリアは青い瞳がこぼれ落ちそうなほど目を見開いて唖然としていた。
「手紙を盗むだなんて、そんな事をする人がいるんですか⁉︎」
この驚きようが演技だったら、ユリアは女優になれる。
「なんて事でしょう!ひどいです。でも、使用人が盗んでいるとは思えませんわ。王族や貴族を怒らせるなんて、とても恐ろしい事ですもの。きっと、誰かが命令しているんです。」
ユリアも私と同意見のようだ。しかし、ここからが違った。
「普通に考えたら、ベッキー様を嫌っている人でしょうけれど、ベッキー様の事をそこまで嫌っている人がいると思えません。きっと、犯人は、ベッキー様の事が大好きな人なのですよ。それで、ベッキー様の婚約者や、ベッキー様に近寄ろうとしてくる男共に嫉妬して、邪魔をしてやろうと思っているに違いありませんわ!」
「いや、それはないんじゃ・・。」
「そうに決まっています!だって、私だってベッキー様に手紙を渡してくる下級生の女子達にイライラさせられますもの!」
・・そうだったんすか。
「証拠も無しに名前を挙げるのは不敬だと承知していますが、アグネス様とか怪しいと思います。気性の激しい方ですもの。それになんと言っても、まだ幼い方ですし。」
「それはないよ。アグネス様が入学してくる前から、手紙は消えていたのだから。」
「そうですね。でしたら、ミレジーナ様?リーシア様?オルガマリー様?それとも・・。」
ユリアの口から、ハンドベル仲間の名前が次々出てくる。青い瞳が怒りでか何でか知らないけれど、らんらんと燃えていて正直超怖い。
なぜ、君がそこまで怒る?
「ギードって男の人が握りつぶしている可能性もあるのだからね。」
と、私はユリアをなだめてみたが、私は『普通に』考えていたので、そうかー、普通に考えたら私を嫌っている人が犯人の可能性が高いのかー。そりゃそうだな。と考えていた。
そうなると、思いつく人が一人いる。ユスティーナ、フォン、ツァーベル嬢だ。
「まあ、とにかく明日の夜7時に、厨房の近くで張り込みをしてみようと思っているのだけどね。ちょっと、ユリアも協力してくれる?」
「もちろんです。何でもおっしゃってください。」
すごい、力を込めてそう返事された。力が込められすぎていて、逆に不安になった。
「それで、私は何をしたら良いのでしょう?何だって致します。」
「何か、レーリヒ商会からお菓子を取り寄せてくれない。できたら最近売り出したような、珍しいお菓子。それを明日厨房に持って行って『いつも良くしてくれてありがとう。これ、お礼に食べて。ついでに、これから売っていくうえで参考になる感想を教えて欲しいのだけど。』と言ったら、厨房をいきなり訪ねても、そのまま長居していてもおかしくないと思うんだ。」
「そうですね。さすがベッキー様です。でしたら例のアレがぴったりですわ。」
「例のアレね。」
「はい。例のアレです。」
実は。来週からレーリヒ商会で発売される、あるお菓子があるのだ。それを知っていたので、こんな提案をしたのである。
なぜ知っているのかというと、レシピを提供したのが私だからだ。
その名は『栗羊かん』。
一年前、『寒天』をお取り寄せした私は、その寒天でいろいろお菓子を作ってみた。
詳しいレシピをよく覚えていなかったので、最初は失敗の連続だった。
酸に弱い寒天繊維を、オレンジの果汁と一緒にグツグツと煮たたせて、全然固まらなかったり、寒天の分量が多すぎて上に落としたスプーンが跳ねるほど固くなったり、白餡で水ようかんを作ろうとしたら完全に分離して二層になったり、甘味料が砂糖とハチミツしかなかったら心が折れて諦めていたと思う。遠慮なく使える『水蜜』があったからいろいろチャレンジができた。
最初にそれなりに形になったのは、フルーツ入り牛乳カンだ。それから、ガラスコップで作るコーヒーと牛乳のボーダーカンとか作った。
酸っぱい果汁は煮たたせてはダメという事を、半年くらい経って思い出し、フルーツカンも完成させた。
そして最後の難敵となったのがヨーカンだ。文子だった頃、お菓子作りが趣味だった私でも、ヨーカンを手作りした事はなかった。
しかし、和菓子は日本人のDNAに刻まれた母なるスイーツ。ようするに、私がヨーカンを食べたかった。
小豆をユリアに探してもらったのだが、見つからなかったので、白インゲン豆とヒヨコ豆で白餡を作り、私は納得いく物ができるまで試行錯誤した。そのうち秋が来たので、栗も混ぜ込んでみた。
そして、今年の春になって、遂に私は納得のいくヨーカンを作り出した。えらく時間がかかったな。と言われそうだが、私もヨーカンばっかり作っているわけにはいかなかったのである。孤児院の訪問をしないといけないし、ハンドベルの練習もしないといけないし、絵本やミイラも作らなきゃならない。当然、勉強だってしないとならないのである。
私は、完成したヨーカンのレシピをレーリヒ商会に売った。私が作って私が広めると、「どこでそんなお菓子を知ったの?」と親に絶対聞かれるからだ。レシピを売ったお金は、私の隠し財産の一部になった。
レーリヒ商会の人達は、更にそのレシピを試行錯誤してヨーカンを上位互換させた。
そのヨーカンが来週、満を持して発売される。
「一本取り寄せられる?」
「ベッキー様相手に取り寄せられないわけないじゃないですか?担当者に持って来させます。」
「ありがとう。」
さて、明日どうなる事やら。
既に気疲れして憂鬱な気持ちだった。




