絵本作り(1)
「何でしょうか?」
「私の知っている人で赤ちゃんが生まれた人がいるの。それでね、出産のお祝いに、一点物の絵本を作りたいと思っていたの。」
そう、実は。10日ほど前に、芳花妃ステファニー様が、女の子をお生みになったのだ。
誰にも言えなかったが、私は内心赤ちゃんが無事生まれるかどうかすごく心配していた。
過去のステファニー様は、王宮図書館で既に亡くなっている。当然赤ん坊も生まれてこなかった。『歴史の修正力』みたいな物が働いて、ステファニー様も赤ちゃんも死んでしまうのでは、と不安だったのだ。
だから、無事赤ちゃんが生まれてきて、母子共に無事と聞いた時はすごく嬉しかった。
過去は変えられる。お二人は生き残った。となると、私だって努力すれば18歳以降も生き残れるに違いない。頑張るぜ、私!
私は王女様が生まれた事を、ユーディット経由でお母様から聞いた。で、ユリアには話した。たぶん、エリザベート様あたりは知っているだろう。
でも、副校長やシュトラウス先生は、知らないみたいだ。「まあ、おめでたいですわねえ。おほほ。」と言った後、なんか、はっ!としていた。
王室に王女が生まれたのだから、大々的に宣伝して、お祝いだー。パーティーだー。記念硬貨の発行だー。罪人に恩赦だー。と、なりそうなものだが、今のところそれはない。
王室に限らず、ヒンガリーラントでは、子供の誕生は生まれて1年後から2年後に発表するというしきたりがあるのだ。
子供は死亡率が高く、とりわけ生後1年以内の新生児の死亡率が最も高いから、というのは表向きな理由。真の理由には社会の闇がある。
ようするに『間引き』を犯罪としない為だ。
生まれてきた子が、必ずしも健康体とは限らない。そして、重い障害を持った子供が社会の一員として生きていけるほど、ヒンガリーラントの社会福祉制度は整っていない。
他にも、貧しくてたくさんの子供を育てていけなかったり、性犯罪が関わっていたり、夫と愛人どちらの子供かわからなくて、とりあえず産んでみたら髪と目の色が愛人の方と一緒だったとか。
様々な理由で赤ん坊の命が闇に葬られていく。日本で中絶が犯罪でなかったのとおんなじだ。誕生したと公表される前に、子供を殺したり捨てたりする事は犯罪ではないのである。
正直納得できないし、胸が悪くなる。
だけど、王女様の誕生がすぐに公表されないのは、ただそういう因習だからであって、まさか間引く為ではないだろうけど。
公表に時間があくのは利点もある。
出産祝いを用意する時間がたくさんあるという事だ。
何せ「アレが欲しいなー。」と思っても、ネットでポチッとさえすれば、何でも手に入る日本とは違うのだ。職人さんにお願いし、作ってもらうところから始まるのである。時間は必要だ。
出産祝い何にしようかなー?と、私は考えた。もちろん、メインは親が考えるだろうけど。でも、知らんふりというわけには立場上いかないよね。
それで、思いついたのが、日本では出産祝いの鉄板だった絵本だ。この世界には絵本は無いという事だったから、一点物を手作りして贈ったら、他の人と被らない。
製本とかも慣れてるし。
文子時代の友達に『薄い本』を作るのが趣味の子がいて、コミケ前に作るのをよく手伝わされたのだ。
ただ、私は絵を描くのはすごく苦手だ。だから、文章は私が考えるけど、絵はプロの方にお願いしたいと思っていた。
だけど、絵を印刷する技術が開発されたのなら。全く同じ絵本を2冊作って、1冊は自分用に持って置く事ができる!
クラリッサにそれを言うと
「承知しました。お任せください。」
と、快く引き受けてくれた。
「文章はね。もう考えてあるの。」
私は、ユーディットに紙とペンを用意してもらいその場で文章を書き始めた。
私が王女様に、絵本を作ってプレゼントしようと思っている事はすぐに、ユーディットからお母様に伝わった。
「どんな内容の物か私が確認します!作る前に、出版社の人間と一緒に家へ戻ってきなさい。」
と、お母様から連絡が来た。なので週末、私はクラリッサとイザークさんを連れて家へ戻った。
イザークさんは落ち着いていたが、クラリッサはひどく緊張しているようだった。うちが、侯爵家だからなのか、紅蓮の魔女の子孫だからなのかは、よくわからない。
「絵本の文章を見せてちょうだい。」
と、お母様は言った。私が渡した紙を、クラリッサはお母様の前に広げた。
イヌさん1匹 ワン
ネコさん2匹 ミャーミャー
ウサギさん3匹 ピョンピョンピョン
リスさん4匹 コツコツコツコツ
キツネさん5匹 コンコンコンコンコン
タヌキさん6匹 ポンポコポンポコポンポコ
ヒツジさん7匹 メーメーメーメーメーメーメー
ヒヨコさん8匹 ピヨピヨピヨピヨピヨピヨピヨピヨ
ハチさん9匹 ブンブンブンブンブンブンブンブンブン
チョウさん10匹 ヒラヒラヒラヒラヒラヒラヒラヒラヒラヒラ
という文章である。
「思ったほど、素っ頓狂な内容ではありませんでしたね。」
と、お母様に真顔で言われた。
一応、いろいろ考えたんですけどね!
動物の種類も知れて、字も覚えられて、数も数えられて、少し大きくなったら足し算の勉強にもなる。
私はカエルとか芋虫とか嫌いじゃないけど、苦手な人もいるだろうからやめとこうかな、とか。
「ふむ。」
と、お母様は言った後
「一つ気になる事があるのですけれど。」
と言い、更にこう続けた。
「タヌキって、何?」