表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

7/543

レベッカとの再会(コンラート視点)

美しく整備されている霊園を、私は白いバラの花を手に歩いていた。


私の名は、コンラート・フォン・シュテルンベルクという。この霊園には、代々の先祖の遺骨をおさめたシュテルンベルク伯爵家の墓がある。

そして今日は、私の母の命日だった。


母が自死したのは、4年前の事だ。当時私は10歳だった。なぜ、母が自らの命を絶ったのか、子供だった私にはわからない。母が死ぬ少し前に、母の一番の親友が事故で亡くなった。それ以来ふさぎ込む事は多かったが、それだけが理由だったわけでもないのだろう。子供の私には見せない葛藤や苦しみがたぶんあったのだ。


だけど、ふとした時に考える事がある。

私がもっと、可愛い子供だったなら。母は死を選んだりしなかったのだろうかと。


私は、幼い頃から『可愛げの無い子供』と言われていた。

実際、自分でもそう思う。口下手だし、表情を動かす事がとても苦手だ。

冷たい表情をしている、ともよく言われた。目つきが悪いし、ヒンガリーラントでは珍しい黒い髪だからだろう。

そんな私にも、両親は優しく接してくれた。

だけど、無口で愛想の無い私に、父がどう接して良いのか戸惑っているのは感じていた。

私は、両親の唯一の子供なので、見放されずにいるのだと思う。

もしも他に兄弟がいて、その子供が愛嬌のある子供だったなら、私など見向きもされなかっただろう。

複数の子供がいる家庭では、愛玩子と搾取子という立場に子供が分かれるらしいが、選民意識の高い貴族の間では、平民より更にその傾向が顕著であるという。


私の祖母も、非常に実子差別のひどい人だった。

その祖母が子供達の中で最も可愛がっていたのが、私の父親だ。

その為、父の妻であった母と子供である私はとても祖母に嫌われていた。

母は身分の低い貴族家の出だったので、なおさら激しく祖母に忌み嫌われていた。

子供だった私は、祖母に辛く当たられる母の為に何もしてあげられなかった。そう考えた時。ふと、私は親戚の少女であるレベッカの事を思い出した。


それは、ある日のお茶会での事。

母が親しい友人達を招いて、午後のひと時を楽しく過ごしていた。

そこに、祖母が現れて意地の悪い口撃をしかけてきた。私達子供は、離れた場所で遊んでいたのだが、私の母や自分達の母親に意地悪な事を言う祖母の態度に、子供達も皆嫌な気持ちになったと思う。そんな中、レベッカだけは、二本足で走り回るトカゲに夢中でトカゲを追いかけ回していた。

やがて、必死に逃げ回っていたトカゲをレベッカが捕まえると、子供の一人が、そのトカゲをおばあさんに見せてあげたらいい、と言い出した。そんな事をしたら大騒ぎになると私は思ったが、レベッカは無邪気にその子供の言葉に従った。


当然、大人達は阿鼻叫喚の大騒ぎだ。

「レベッカ!そんな物触るんじゃありません。放しなさい!」

と、エーレンフロイト侯爵夫人が叫ぶと

「嫌あああっ!放さないでぇ。こっちに近づけないでえぇっ!」

と他の夫人が絶叫。祖母に至っては、石鹸をかじったかのように泡を吹いて失神してしまった。

レベッカはトカゲを抱きしめたまま呆然とし、レベッカを唆した子供はうっしっしと楽しそうに笑っていた。


正直に言うと私も、少しばかり祖母に対していい気味だと思ったものである。それだけに、後からレベッカが侯爵夫人にものすごく怒られていたのに同情したものだ。もちろん侯爵夫人としては、他の夫人方の手前、叱らないわけにはいかなかったのだと思うし、レベッカももう少し他人の思惑というものについて考えてみるべきだったとは思うが・・・。


考えながら歩いていて、たどり着いた一族の墓の前に管理人らしき人と二人の女性がいた。私より年下の少女と、少し年上の女性だった。

一目見て、少女の方がレベッカだと気がついた。ヒンガリーラントでは珍しい黒髪だったし、それに幼い頃と容色が変わっていなかった。

となると、もう一人の女性の方はエーレンフロイト家の侍女か護衛騎士だろう。

盗み聞きをするつもりはないが、声が風にのって聞こえてくる。

『トカゲ』とか『30センチくらい』という単語が聞こえてきたので、どうやら私がつい先刻まで考えていた事を話題にしているらしかった。


しばらくすると、レベッカ達が私の存在に気がついた。

レベッカは挨拶の言葉を述べ、切れ長の瞳を微笑ませた。子供らしくないほど切れ上がった瞳は冷徹にも見えない事はないが、実際の性格は冷徹とか冷酷とかの対極にある事を私は知っている。

返事をしようとしてみたが、声がうまく出てこなかった。わざわざ、母の墓参りに来てくれたのだ。気の利いた言葉の一つでも口にしたかったが、全く思いつかなかった。

無理に何かを言えばきっと失望されるだろう。それくらいなら何も言わない方がいい。そう思って私は踵を返した。


だが、レベッカは質問をしてきて私を引き止めた。

どうやら建国祭で行われるチェス大会に出たいらしい。

別に疑問には思わない。彼女の実力なら十分参加する資格がある。


レベッカにチェスを教えたのは私の祖父だ。レベッカにとっては母親の兄にあたる。

祖父とエーレンフロイト侯爵夫人は親子ほど年の離れた兄妹だったので、祖父は孫を可愛がるようにレベッカを可愛がっていた。

私の従兄弟達は皆遠い土地に住んでいて、祖父にとって王都にいる孫は私だけだった。なので、なおさら女の子のレベッカは可愛かったのだろう。リバーシやチェスが好きだった祖父が、レベッカにチェスを教え込み、レベッカは大人達と対等に勝負をしていた。

私はレベッカより3歳年上だが、子供の頃はレベッカとは勝負にもならなかった。初めてリバーシをしたのは、私が7歳の時だったが、私が黒い駒でレベッカが白い駒で、ほんの5分程で盤面オール白にされて負けたのである。


あまりの悔しさと悲しさでその日の夜は眠れなかった。私は両親にボードゲームの教師をつけて欲しいと頼み、ボードゲームに打ち込んだ。私は去年の建国祭のチェス大会で優勝したが、そんな私の今があるのはレベッカのおかげだと思う。

ただ、レベッカは祖父の死後、祖父の事を思い出すボードゲームから遠ざかってしまったので、その後レベッカとの再戦は叶わなかった。


建国祭のチェス大会に出たいというレベッカを私は自宅に誘った。

館までは一緒の馬車に乗ったのだが、馬車の中でレベッカは外の景色を眺めながら黙っていて、他の女の子達のように、プライベートな事をズカズカ聞いてきたり、こちらの興味の無い事を一方的に話し続けたりという事がなく、一緒にいてもとても気が楽だった。

館に着くと、いつものように執事のオイゲンをはじめとした使用人達が迎えに出てきた。

朝、アカデミーの寄宿舎を出て直接霊園に行ったので、家に戻るのは数ヶ月ぶりだ。客が一緒だというと、明らかに驚いていた。


建国祭の前後の時期のように、アカデミーが長く休みになる時は、友人達同士で互いの家を訪ねたり泊まったりをするのが普通だ。

社交的な性格の父は、休みの時期にはたくさんの友人達を家に招いていたという。しかし、私は一度も誰かを呼んだ事はないし、誰かの家に遊びに行った事もない。だから、まあ驚かれたわけだ。

その呼んだ客がレベッカだと知って、オイゲンは嬉しそうだった。

オイゲンは、元々祖父の従僕をしていた。なので祖父が可愛がっていて、そして祖父と不仲だった祖母にいつもいい感じに無邪気な嫌がらせをしていた、レベッカの事がとても好きだった。

天気が良かったので、私達は外でお茶をする事にした。


私達がチェスをしていると、普段私と極力顔を合わせないようにしている父が顔を見せに来た。

その後、私がレベッカの家を訪問する約束をしていると、なんだか嬉しそうな顔をしていたので、少しイラっとした。


別に、貴族社会に親しくしている友人はいないが、私はそれなりに楽しく生きている。腹の奥の探り合いをするのは好きではないし、追従してくるだけの取り巻きなど鬱陶しいだけだ。父の尺度で自分の若い頃と比べないでほしい。

母がいない事で可哀想な子とも思われてるのだろうが、祖母と父の関係性を見ていて、毒にしかならない母親ならいない方がマシと考えている。

レベッカに協力しようと思ったのは、別に父や使用人達を喜ばせる為ではない。私自身が、幼かったレベッカの事を好ましく思っていたからだ。

それと、まあ。彗星の如く現れたレベッカに、アカデミーの自称エリート共がやり込められるところを見てみたい。と、思ったのもあるが・・・。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ