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収穫祭の前に

春に行われる収穫祭は、領地を持つ領主はだいたい領地で過ごす。


私の両親も、領地へ戻るのだが、往復の日程にお祭りの日程を足すと半月以上になるので、両親だけが帰って私と弟はアカデミーのある王都に残る事になった。


両親が領地へ戻る前日、しばらく会えなくなるので私は両親に会いに家に戻った。弟も戻って来た。

弟は、玄関ドアをくぐった時から泣いていた。


「お母様ー!コンラートがね、僕と寄宿舎の部屋を別々にするって言うの!」


私とお母様は無言で視線を交わし合った。ヨーゼフとコンラートは、寄宿舎の二人部屋で同室だったのだが、どうやら弟はコンラートにお別れを告げられてしまったらしい。


「ま・・あ、そうなの?」

「僕、コンラートと違う部屋になるの嫌だよ!お母様。お母様から、コンラートに僕とおんなじ部屋でいてくれるように頼んで!」

お母様は、ヨーゼフを優しく抱きしめながら私を睨む。

私は視線を泳がせながら

「コンラートお兄様は、なんで部屋を別々にしたいのか理由を言ったの?」

と聞いてみた。


「ファールバッハ伯爵家のエリアスと、ヒルデブラント家のジークレヒトが、収穫祭明けにアカデミーに入学するからだよ!」

「え?どういう事?えっ⁉︎ジーク様が!」


メソメソと泣く弟を宥めすかして聞き出した情報はこういう事だった。


ファールバッハ伯爵は、情報大臣という役職についている方だ。伯爵夫人は独身の頃、芳花妃ステファニー様の侍女をしていて、今も親しい友人なのだという。つまり、ファールバッハ家は第二王子派閥の名門家という事だ。

そのファールバッハ家の子供は二人。双子の姉弟で弟の名前はエリアスという。年齢は8歳なので、本来今年の新年祭の後アカデミーに入学するはずだった。ところが、その時期双子の両方が、百日咳になってしまい入学を延期したのだ。

そして3ヶ月が経ち、病が完治したので、双子はアカデミーに入学する事になった。


更に、病弱でアカデミーに通っていなかったヒルデブラント侯爵家のジークレヒトが、体調が良くなったからというので、高等部に入学してくる事になった。そうしたらコンラートが、自分がジークレヒトと同室になるので、ヨーゼフにエリアスと同じ部屋になってあげるように、と言ったのだそうだ。


「私とヨーゼフ、ジークレヒトにエリアスは全員爵位を持つ貴族家の一人息子だ。つまり、何十年か後には、四人とも侯爵や伯爵になるんだ。爵位を持つ貴族家の当主は、貴族会議や他の場面でも頻繁に顔を合わせる事になる。それこそ死ぬまでの付き合いになるのだから、今から親交を結んでおいた方がいい。アカデミーに新しく入ってくる二人は、アカデミーでの生活になれていないのだから、私達二人が支えてやらないと。」


私とお母様は顔を見合わせた。

コンラートの本心はわからないが、とりあえず言っている事は正当で文句のつけようがない。

「それは・・仕方がないかもしれないわねえ。」

と、お母様も言った。


「うええええん。やだよう。僕だって、まだアカデミーに慣れてないもん。武官課の上級生って恐いんだよ。意地悪で乱暴な人いっぱいいるんだもん。それに、エリアスって子、嫌な子かもしれないしさ。アカデミーでうまくやってるお姉様には僕の気持ちわかんないよ!」

「へ?私、うまくやってないわよ。」

「やってるじゃないか!同室になった子とはすぐに仲良くなって、家に泊まりに来てもらったり、エリザベート様にも目をかけられて一緒にお出かけしたりとかしてるんでしょ。僕なんて、コンラートしか仲良くしてる人いないし、上級生は恐いし。うわあああん。」


私だって、上級生のエリザベートが恐えよ。と、思いつつ。


「ねえ、ヨーゼフ。上級生が恐いって、どう恐いの?いじめられているの?」

「ううん。恐い上級生達もコンラートには一目置いているから、コンラートが一緒にいてくれたらいじめられないの。でも、他の子がいじめられてるのはしょっちゅう見る。からかわれたり、怒鳴られたり、暴力振るわれたり、この前なんか女の子みたいな顔をした初等部生が本当に男かどうか確かめてやる、って言われて裸にされて・・。」


おい、おい、おい!

大丈夫か。そんな中に入っていってジークルーネ様!


「まああ!何てひどい事を。」

とお母様もお怒りのようだ。


「女子生徒の間では、そういったいじめ行為はないのかい?」

と、お父様が心配そうに聞いてくる。


「たぶん。」

「女の子は大丈夫だよ!エリザベート様がいるもん。」

とヨーゼフが言った。


「エリザベート様が『女子生徒をいじめる男は許しません』って男達に言ってるから、女の子をいじめる男はいないよ。女の子同士でも、去年ある女の子が他の子にわざと紅茶をかけて、エリザベート様が怒って、紅茶をかけた女の子は退学させられたって。だから、女の子の間ではいじめは無いんだよ。」


無視とか、当てこすりはあるけどね。


とゆーか、エリザベート様。どれだけ権力持ってるの?


「コンラートお兄様の側にいれば大丈夫なの?」

「コンラートは強いもん。コンラートは文官課だけど、以前選択授業の剣術で、武官課の一番強い生徒に勝ったんだ。だから、武官課の生徒もコンラートには絡んでこないんだ。だけど、ジークルーネって女のせいで、今は意地悪な上級生から陰口言われたり笑い者にされたりしてるんだよ。直接言ってくる勇気は無いくせに陰でコソコソと酷い事言うんだ。コンラートは悪くないのに酷いよ!」

「あー、やっぱりそうなのね。」

「ジークレヒトは、そんな女の兄弟なんだよ。コンラートが面倒見てあげる必要なんか無いよ!うええええん。」


お母様は宥めるようにヨーゼフの背中をぽんぽんと叩いているけれど「わかった。お母様がコンラートにがつんと言ってあげるわ。」とは言わなかった。

てか、言えないよね。

コンラートの言い分は一応筋が通っているしさ。それに現実問題、ジークが他の男と同室になるのはよろしくない。

んっ?そうかな。別にコンラートでもよろしくはないか。


「確かに・・コンラートお兄様とジーク様が同室なのは心配かも。」

「そうね。確かに良くはないわ。いけないわ。」

「ですよねえ、お母様。コンラートお兄様が腹いせにめっちゃジーク様をいじめるかもしれないし。」

「そんな、心配はしておりません!」

「えっ?、じゃあ、何を心配しているの?」

「そ、それは、黙りなさい!そもそもあなたの口がいろいろと軽いのが問題なのです!」


なんか、めっちゃ八つ当たりされた。なぜだ?


「コンラートとジークレヒトの問題はとりあえず置いておいて。ファールバッハ家のご子息は、きっといろいろと不安を感じておられるはずよ。ヨーゼフが力になってあげたらきっと喜ぶと、お母様は思うわ。もしもヨーゼフとエリアスの事をいじめる上級生がいたらお母様に言いなさい。その子の家にお母様が抗議してあげますから。」

「そんな事したら、もっといじめられるよ!上級生にじゃなくて、コンラートに言って欲しいんだってば。」


私はヨーゼフに質問した。

「ねえ、ヨーゼフ。王子殿下もアカデミーに通ってるよね。別にあなたにってわけでなくても、そのいじめられてる子とかにさ、なんかしてくれないの?」

途端にヨーゼフは、8歳児とも思えぬ達観した表情を見せて言った。


「姉様。王族というものは奉仕するべき相手なのであって、何かをしてもらう事は期待してはいけないよ。」


うわっ!役に立たねえ。私は危うく叫びそうになった。この、税金泥棒めっ!と。


ヨーゼフの訴えは悲痛だったが、現時点ではどうする事もできない。

翌日、予定通りお父様とお母様は領地へと旅立って行った。


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