欲しかった言葉
私は、内心でガタガタと震えながら寄宿舎に戻った。
全てはコンラートの行動次第だ。
ああ、なんで、私はコンラートに話してしまったんだろう。時間がもう一度巻き戻ればいいのに。と、今心から思う。
「ダメだ。もうダメだ。私はダメな人間だ。ほんと、もう私なんて・・・。」
机に突っ伏してうめく私を、ユリアとユーディットが心配そうに覗きこんでくれている。
「ほんとダメ人間だ。最悪だ。もう消えてしまいたい。ああ、ほんとにもう・・。」
「ベッキー様は、ダメじゃないです!」
突然ユリアが大声で言った。
「何があったのかわかりませんけれど、でもベッキー様はダメな人なんかじゃありません!私は、ベッキー様にいっぱいいっぱい助けてもらいました。私、ベッキー様がアカデミーに来るまで、毎日辛くて泣いていました。ひとりぼっちで、寂しくて、ブルーダーシュタットに帰りたくて、そう考えると自分が情けなくて、まるで真っ暗な落とし穴に落ちてしまったような気持ちがして毎日辛かったです。でも、ベッキー様が来てくださって、話しかけてくださって、友達だって言ってくださって、私はすごく救われました。ご実家で、何があったのか私にはわかりませんけれど、でもベッキー様は素晴らしい方です。ベッキー様が側にいてくださって、私はとても嬉しいです!」
「ユリア・・。」
私の目が涙で潤んだ。
『あなたは素晴らしい人だ。側にいてくれて嬉しい。』
それは、過去世で弟とお母様を失った私が一番求めていた言葉だった。
誰かに言って欲しかった言葉だった。
私の目から涙がこぼれ落ちた。
「私もです。お嬢様。」
とユーディットが言って、そっと抱きしめてくれた。
「夫を急な病で失って私は途方に暮れていました。頼れる親戚もおらず、子供を二人抱えて。そんな中、私の窮状を知った侯爵夫人が、私に手を差し伸べてくださいました。それでも、お館へ向かうまでの間、心の中は不安でいっぱいでした。故郷を遠く離れた外国で、これからどんな生活が待っているのだろうかと。子供達の前では、不安を見せないようにしていましたが、本当は不安で夜もよく眠れませんでした。でも、侯爵邸でお嬢様にお会いして、お嬢様が私の事を覚えていてくださって、懐かしがって涙をこぼしてくださったのを見て、全ての不安が溶けていきました。私も、お嬢様に救われました。お嬢様は世界で一番素敵なお嬢様ですわ。」
「ユディぃ・・。」
「今日の朝は、ひどく怒りすぎてしまいましたわ。ごめんなさい、お嬢様。」
私は、ユーディットにすがりついた。ユーディットはとても暖かかった。
コンラートには、今こんなふうに寄り添ってくれる人はいるのだろうか?
一番欲しいはずの言葉を言ってくれる人はいるのだろうか?
ごめんなさい。と心の中でつぶやいた。
私は本当に無神経だった。
その日の夜、私はコンラートに手紙を書いた。
とにかく謝った。ひたすら謝った。他の事は書かなかった。
ただ、この手紙を直接男子寄宿舎に届けても女子からの手紙は入り口でシャットアウトされてしまう。
なので弟への手紙に偽装した。
ヒンガリーラントでは『手紙』は、巻物の形をしている。
それを私は『封筒型』にした。
紙を一枚、切って折って糊をはって封筒を作った。縦と横の比率は美しく見えるよう、黄金比にした。1対⒈6である。
その中に二つ折りにした便箋を2枚入れた。1枚は、弟のヨーゼフ宛の手紙。もう一枚がコンラートへの手紙である。
「これ、どう思う?」
と、私はユリアに聞いてみた。
怪しく見えない?疑われずにすむかな?という意味で聞いたのだが
「素敵なフォルムです!」
と言われた。
「中が覗けなくて良いですね。それに、場所をとらないので何十通、何百通出したり保管したりする時に便利です。あと、商売の目線で言うと、手紙を書く紙と包む紙、2枚必要になるので、2倍紙が売れます。」
機能性をベタ褒めされた。
「あの、良かったら作り方を教えてください。私もこの形で手紙を出してみたいです。」
「伯母さんに?」
「いえ、ベッキー様にです。」
・・・なぜ?
私は便箋を2枚入れた封筒を、翌日ユーディットに男子寄宿舎へ持って行ってもらった。
コンラートからの返事は来なかった。