駆け落ちの真相(3)
エリザベート様は、さっき私達二人を降ろした場所で待っていてくれた。
私は馬車の中で、ジークルーネの無事とジークルーネから聞いた話をエリザベートに話した。
「なんか悔しいです。グレーティアって人をギャフンという目に遭わせられない事が。」
と私はエリザベートに本音を語った。
「別に貴女が思っているほど幸福な女ではないわよ。悪評は広く知れ渡っていますからね。社交界では、完全に爪弾きにされています。この家の中では、使用人やジーク達相手に威張っていても、家を一歩出れば、針のむしろなんですから。もちろん。これからはもっと、針の数を増やしてやるわ。」
そう言ってエリザベートは邪悪に微笑む。至近距離で見るとかなり怖い。
「それに、これは家門を滅ぼすほどの大スキャンダルになるわよ。ヒンガリーラントでは、女子や女子が生んだ男子が跡を継ぐ事は許していません。父親を偽って、許されない血統の子供を後継に据えることは、反逆罪に問われても仕方がないわ。このような重大な秘密を知る事で、ヒルデブラントという大家門に対しイニシアチブを握る事ができます。この情報は、後々どのようにでも使えるわ。ですから、二人共この話を言いふらさないようにね。」
「もちろんです!私みたいな平民がこんな大きな秘密を知ってしまうなんて。・・私、恐ろしいです。」
と言ってユリアは、散歩中に大寒波にあったハムスターくらい震えていた。
私も、ウサギのようにお顔クシュクシュ、足ダンダンをしたい気持ちをグッと抑えて、こくこくと頷いておいた。
そして、馬車はアカデミーの寄宿舎に戻って行った。
戻ったら、ものすごくユーディットに怒られた。
「お嬢様!新聞を買いに行っている間に、いなくなられてどれだけ心配したと思っているのですかっ⁉︎」
「ごめん、ごめん。でも私としても、エリザベート様には逆らえなくて。」
と、エリザベートに責任をなすりつける。
「もしも、ジークルーネ様を追いかけて行かれたら、とか何か危険な目に遭われていたら、とか本当に心配したのですよ。」
ドーベルマンに食べられかけた、という事は永遠に秘密にしておこうと思った。
「侯爵夫人からは『至急家に戻って来なさい』と連絡が来たのにお嬢様はいらっしゃらないし、仕方なくヒルデブラント邸へ行かれたと、正直にお伝えしましたけれど、ああ、本当にどうしようかと・・。」
「えっ?何で、お母様が?」
「ヒルデブラント様のお相手の事とか、何かお嬢様が知っている事がないかお聞きになりたいようですわ。侯爵夫人は、ヒルデブラント様の婚約者のシュテルンベルク小伯爵のお身内ですもの。それは、もうお怒りという話ですわ。」
「・・・。」
帰りたくない。と、思うけれどそういうわけにはいかない。
結局侍女長のゾフィーが迎えに来て、私は家へと連れ戻された。
本日二度目の王城特区。
何で、何度も出たり入ったりしているのだろうと、門番をしている騎士さんに変な目で見られた。
家に帰るとお母様は荒れ狂っていた。
「あなたは、今回の事をいつから知っていたのっ⁉︎」
と、まるで私がジークルーネの不義密通の協力者であったかのような怒りようだ。
「相手の男は誰?あなたも知っている男なの⁉︎」
「えーとお・・・。」
この反応で、何も知らないわけではないらしい、という事がバレた。
「包み隠さず、正直に話しなさい!」
エリザベート様、すみません。黙っておくのは無理そうです。心の中で謝罪した。
「わかりました。知ってる事を話します。でも、できたらコンラートお兄様をここへ呼んでくれませんか?そしたら話します。」
「コンラートを?どうして?」
「何回も同じ事話すの面倒ですもん。」
エリザベートとの約束を破って、お母様に話すなら、もうついでにコンラートにも話しちゃえ、と思ったのだ。
ジークルーネは浮気をしたわけでは決してないのだ。ただ悪辣な大人達によって児童虐待を受けていて、命の危機があった子供達を逃しただけだ。真に悪い奴らは別にいるのに、ジークルーネが憎まれ、恨まれるのは納得がいかなかった。
少なくともコンラートには、ジークルーネは悪くないんだという事を知っていてほしかった。
「今日は平日ですから、コンラートは授業を受けているはずです。すぐには呼び出せませんよ。」
と、お母様は言ったが、コンラートに連絡をとってくれた。男子の寄宿舎は、親が迎えに行かなくても自由に出入りができるらしい。ずるいなあ。
それからコンラートが来るまで、逃げ出せないようお母様と同じ部屋にいたのだが、気まずいのなんのって。コンラートがようやく来てくれた時は、心の底からほっとした。来てくれなかったらどうしようかと思った。
コンラートと会うのは新年祭以来だ。数ヶ月しか経っていないのに、少し背が伸びて、ますますカッコよくなったような気がする。
ジークルーネと並んでいたら、美男美女でさぞや絵になる事だろう。
相変わらず愛想が無く、冷たい瞳をしているが、今の状況が状況だ。愛想よくされたら逆に恐い。
お母様に勧められて、コンラートはソファーに腰かけた。ゾフィーが、お茶を淹れてくれた後ドアの側に控える。
部屋の中にいるのは、私とお母様、コンラートとゾフィーの四人だけだ。
「さあ。コンラートに来てもらったのだから、早くあなたの知っている事を話しなさい!」
お母様は、世間話をするゆとりさえくれなかった。
「えーと、まずジーク様は駆け落ちなんかしてません。家にいらっしゃいます。」
「もう、連れ戻されたの⁉︎」
とお母様が言った。
「いや、だから駆け落ちなんかしてないんですってば。で、ここからの話はかなり長くなるんですけどいいですかね?」
「要点だけ言いなさい!」
「それは無理です。ジーク様から聞いた順番に話さないと・・。」
私だって、「何で駆け落ちしたはずなのに、ここにいるの?」と聞いたのに、再従姉妹に私生児が二人いるところから始まって、ギルベルトさんがなぜ女嫌いになったのかとか、地下牢で斧持って暴れたとか、とにかくジーク様の話は本題に入るまでの話が長かったのだ!
ただ、笹に短冊をつけに行ったエピソードや、聖女エリカが新法案を提唱した話とかは省いてもかまわないだろうが、他のエピソードは省いたら、どうしてジーク様がこんな嘘を世間に広めたのか理解してもらえないだろう。かと言って、ジーク様が話した順序で話をしていたら、たぶんお母様にキレられる。
だから一応前置きをしてから私は、話し出した。
まずは、道でバッタリジークレヒトに会った話をし、その後ジークルーネと気まずくなって、今日に至る話をした。
お母様はイライラした様子で、コンラートは静かに、私の拙い話を聞いてくれた。
ただジークが私とユリアに、コンラートと結婚してほしいと言った事と、ジークの初恋の話はしなかった。
私が話し終えると、お母様の表情からは怒りが消えていた。
ギルベルトが拷問死させられかけた話を聞いた時は、違う意味で怒っていたし、ジークレヒトが服毒死をしようとしたという話をした時は、真っ青になって涙ぐんでいた。ジークが斧を持って暴れたくだりでは、私同様幻聴を聞いたとでも思ったのか、3回も聞き返された。
良かった。と思って、コンラートを見ると。
・・・あれ、こちらは怒っていらっしゃる?
「つまり、一族の人間の不始末を覆い隠す為に、駆け落ちをしたというデマを流したのか?」
「・・そういう事に、なりますかねえ。」
「その為に、私の家の名誉を毀損したというのか⁉︎その女をかばう為に!」
「いや、決して再従姉妹さんをかばったわけではなくて、ただジークルーネ様は、コンラートお兄様を裏切ったわけではないって事を知っていてほしくて・・。」
「同じだろう!私より、兄を選んで、私と私の家の名誉を踏みにじったんだ。」
・・それを言われると、ぐうの音も出ない。
ジークルーネ自身が言ったのだ。「私にはコンラートよりお兄様の方がはるかに大切なの。」と。
そんな、ジークルーネの気持ちをコンラートは理解してくれるのではないかと期待していた。
ジークレヒトは、優しいけれど弱くて不幸だった。ジークルーネが守ってあげなければ、ただ普通に生きていく事もできなかった。そんなジークレヒトの弱さを、コンラートみたいな強い人は受け入れて許してくれるのではないかと思った。
しかし、それは幻想だったようだ。あなたは強い人なのだから、弱い人の為に我慢しろ、犠牲になれ。と言われても納得できないのだろう。しかもコンラートは一人っ子で兄弟がいない。兄弟間の絆を理解する事も許容する事もできないのだろう。
コンラートは乱暴な足取りで立ち上がり
「失礼します。」
と言って出て行こうとした。
「待ってちょうだい、コンラート!」
お母様が引き止める。けれど。
「放っておいてください!」
と叫んで、コンラートは出て言った。
「この馬鹿娘ーっ!」
とお母様が私に向かって叫んだ。
「どうして、今の話を私とコンラートに同時にするの!コンラートが怒るのは当たり前でしょう!」
「えっ・・・。」
「あなたには『男のプライド』というものがわからないの!今のように話を聞いて、コンラートが同情すると思ったの⁉︎」
「してくれたら、いいな・・って。」
「あなたは、人の気持ちに無頓着過ぎます!ああ、それをわかっていたのにどうして私はあなたから、先に話を聞いておかなかったのかしら?そうすれば、コンラートをもう少し傷つけずに話を聞かせてあげられたのに。」
「あまり人からどう思われるのかを気にしない人なのだと思っていましたが、やっぱ気になるんですかね。」
「違いますっ!」
お母様は絶叫した。
「あなたとジークルーネとジークレヒト、そしてコンラートは幼い頃からの友人ではないですか。しかも、四人の中ではコンラートが最年長です。それなのに、ジークルーネとジークレヒトが問題に巻き込まれて、それにあなたが親身になって相談にのって、ジークルーネの気持ちの代弁までして、コンラート一人が全てが終わるまで何も知らなかっただなんて、男のプライドがズタズタでしょう。友人として、婚約者として、一番苦しんでいる時に助けてあげたいというのが人情ではありませんか。それなのに、相談もされず期待もされず、関係無いとばかりに一方的に婚約破棄されて、どれほど屈辱的で、どれほど惨めか。」
「そんな事言ったって、目の前にニンジンをぶら下げられた馬くらいのす速さで物事が進んでいったのに、いったい、いつ、どこで、相談するひまがあったっていうんですか?」
「だったらせめて『私はちゃんと気がついていたし、相談もされてたけどねー。』みたいな事は言うべきではありませんでした!そして、コンラートが冷静に話を聞ける状態の時に、少しずつ小出しに情報を出すべきだったんです。コンラートの身になって考えてみなさい。きっと、アカデミーではひどい事ばかりを言われて、それだけでも相当プライドを傷つけられていたはずです。そんな今、とても苦しんでいる時に、その傷にあなたに塩を塗り込まれて、冷静でいられますか!」
お母様は、ゼーゼーと肩で息をしながら言った。
「私だって、怒っています。ジークルーネもですが、どうしてあなたは、こんな状況になるまで私に相談しなかったんですか!」
「・・すみません。」
とにかく、まずい事になってしまったのは確かだ。
ジークルーネと仲直りできたと思った途端に、今度はコンラートとの間に高々と死亡フラグを立ててしまった。
もしも、コンラートが怒りの感情の赴くままに、全てを暴露したらどうしよう・・。
そうなったら、エリザベートもジークルーネもめちゃくちゃ怒るはずだ。
やばい・・。
今すぐ家出して亡命しないと、命が無いかもしれない。




