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駆け落ちの真相(2)

「男装ももちろんだけど、他の人に変装して生きるって大変ですよ。普通の恋愛とか結婚もできなくなっちゃいます。婚約者になる人は、やな感じの女だし。それを一生ですよ。そんな人生、ジークルーネ様に何のメリットがあるって言うんですか?何でジークルーネ様がそんな犠牲にならなきゃいけないんですか?正直、私はジークレヒト様よりジークルーネ様の方が大事だから、全てをジークルーネ様に押し付けて逃げたジークレヒト様はずるいと思います!」

「お兄様の幸せが私の幸せだよ。お兄様が、本当は私の事を好きでいてくれたというだけで、私には十分なんだ。ずっと、お兄様に憎まれていると思っていたから。」

「何でですか?」

「私のお母様が亡くなった理由を知ってる?」

「はい。」

「お母様が死んだのは私のせいなんだ。あの日、お兄様は熱を出してパーティーに行かず家で寝ていたの。お母様は、お兄様を心配して早く帰ろうとしていたけれど、私はお母様に心配してもらえるお兄様に嫉妬して、お母様を独り占めしたくて、もっとパーティー会場にいたい、もうちょっとだけとわがままを言って、お母様を引き止めたんだ。そのせいで、帰る途中に雨が降り出してあんな事故が起こってしまった。それなのにお母様を犠牲にして私だけが生き残ってしまって。お父様もお兄様も私を憎んでいるとずっと思っていた。そのうえ、継母達に冷遇されて辛い思いをしていたお兄様を、こんな家に置き去りにして私はアカデミーに逃げて、そこで楽しく暮らしていたんだ。だけど、お兄様は死を決意した時、お父様と私の幸せを願ってくれた。ギルが教えてくれたけど、お兄様もお母様が死んだのは自分のせいだと自分を責めていたんだって。自分が家で寝込んでいなかったら、天気が悪くなりそうな中、無理に帰って来たりしようとはせずに、招待してくれた家に泊まっていたはずだからって。お兄様は何も悪くなんかないのに。私達はもっと早く、話し合うべきだった。私が、お兄様を苦しめていた。私がもう少し、お兄様に寄り添っていれば、ギル一人にお兄様があれほど依存する事はなかった。グレーティアからも、二人を守ってあげられたかもしれないのに。」


背負い込みですよ。と、思った。

事故は事故です。誰のせいでもない。お母様が自分の服をジークルーネ様に着せてジークルーネ様を寒さから守ろうとしたのだって、それはお母様が自分で決断した事です。グレーティアから守ってあげられたかも、ってそもそもグレーティアという女が毒害を撒き散らす女なのが問題なのではないですか?悪いのは、グレーティアという女です!


でも、言わなかった。

ジークルーネ様の気持ちがわかるから。

私も弟やお母様が亡くなった後、自分をすごく責めたから。

貴女のせいじゃない。なんて、そんな言葉は救いにならない。

家族が死ぬってそういう事なんだ。


ジークルーネ様にとっては、お兄様の為に苦しむ事が贖罪であり幸せなのだ。


「わかりました。」

と、私は言った。

「私に何かしてあげられる事はありますか?」


「・・コンラートを支えてあげてくれないだろうか?」

とジークルーネは言った。

「コンラートには、ギルの父親みたいな思いをさせてしまう。貴族社会には意地の悪い人間が多いからきっととても苦しい思いをするだろう。彼にだけは、本当に申し訳ない事をしてしまったと思う。」


無理です。

という心の声が顔に出たのだろうか。

ジークルーネは、悲しそうに微笑んだ。


「そうわかっていても私には、コンラートよりもお兄様の方がはるかに大切なの。」


そうですか。まあ、それは仕方のない事だ。

でも、コンラートは過去世でも相当いろいろこじらせていたからなあ。

私ごときに何ができるであろうか。


「本当は、レベッカ姫がコンラートと結婚してくれたら、それが一番嬉しいのだけど。」


正直、私もそうしたいです!ルートヴィッヒ王子と手を切って、愛人とか作りそうにないコンラートと結婚したい。


「ユリア姫でもいいよ。あの家は、平民との婚姻とか気にしないだろうから。初代夫婦がそうだったからね。」

「そ、そんな、私なんかおこがましいです。聖女エリカ様の子孫だなんて。それに私、シュテルンベルク様にお会いした事もないんですよ!」

ユリアがテンパって首をぶんぶんと横にふった。


「はは、そうだね。やっぱりいいよ。二人共、今の言葉は忘れて。恨まれて当然なのだから、ちゃんと恨まれるよ。レベッカ姫。代わりに違うお願いをしてもいいかな。」

「何ですか?」

「ベッキーと呼んでもいい?そう呼んでるコンラートが羨ましかったの。」

「もちろんですよ。私も、ベッキーって呼ばれる方が好きなんです。ほんとはみんなにそう呼んでほしいくらいなんです。」

「えっ!じゃあ、私も呼んでもいいですか?」

とユリアが食いついてきた。


「もちろん。私だってユリアの事、ユリアって呼んでるし。」

「二人共、私の事はジークってこれからは呼んでくれる?二人に兄上の名前で呼ばれるのは少し恥ずかしいから。」

「わかりました。ジーク様。」

「はい。ジーク様。」

「ジーク様、私、ジーク様が不幸になるのが嫌です。もしも、死んだりなんかしたら泣きます。もう、大泣きします。だから、ご自分を大事にしてください。自分を許して、愛してあげてください。」


ジークルーネは美しく微笑んだ。

「ベッキー。貴女は私が初恋だったと、言ってくれたね。その時とても、自分が誇らしいと思ったよ。私には、あの人が初恋だった。だから、たとえもう二度と会えないとしても、生きて幸せになってほしかったんだ。」


ん?初恋だった、ってどっちが?ギルベルトさん?それともお兄さん?

でも、今それをあえて聞くのは野暮だと思った。ただ、コンラートには絶対聞かせられんな。と、思った。


「さあ、二人はそろそろ帰らないとね。」

と、ジークは言った。

「マーゴット、いる?」

「はい。こちらに控えております。」

と、ドアの外から声がした。良かった。彼女も、ドーベルマンにかじられずにすんだらしい。


「二人を、外まで安全にお送りして。」

「はい。」

と言ってマーゴットさんがドアを開けた。

「お二人共、こちらへ。」

そう言われたけれど、ジークと分かれ難かった。

正直納得できない気持ちもあるのだ。

悪いのはグレーティアという女じゃないか。

とんでもないあばずれだし、自分になびかない男に濡れ衣を着せてなぶり殺しにしようとか、どう考えてもマトモじゃない。

そんな女が何の罰も受けずに、普通に今まで通りの何の苦労もない幸福な生活をして、何も悪くないジークレヒトとギルベルトは、故郷も家族も捨てて亡命する事になり、ジークルーネは婚約者とも引き裂かれて苦労しかない人生を送る事になるなんておかしいよ!


そんなグレーティアという女をちやほやしている一族の人間は、ジークレヒトを冷遇していたらしいけど、『冷遇』ってようするに虐待だからね。そんな、児童虐待していたような連中や、グレーティアには心からギャフンという目に遭ってほしいんだ。もう、正直に言って、グレーティアという女のところに行って、タコ殴りにしてやりたいくらいの気持ちなんだ!


ジークルーネ様が、アカデミーや女子寄宿舎に来る事はもう二度とないだろう。

そう思えば、一緒に過ごした日々は何と得難く、尊いものだったのか。


それでも、ジークレヒトとギルベルトが死ななくてもすんだ事だけは良かったと思った。

たぶん、過去世の二人は地下牢で毒を飲んで死んでしまったんだ。でも、今回は二人は死なずにすんだ。

ジークルーネは、ここにはお兄様の幸せは無い、と言っていたけれど、はるか彼方の遠い外国にだって必ずしも幸せがあるとは限らない。

それでも生きてさえいれば、幸せだと、生きていて良かったと思えるそんな時もあるはずだ。

二人が死ななくて本当に良かった。


そして、心から願う。ジークルーネにも、そんな瞬間が来るようにと。


私とユリアは、部屋を後にした。

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