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ヒルデブラント邸の庭で

ヒルデブラント邸は木が多く、まるで林の中のような庭だった。

樹齢の長そうな木の多さが、そのまま家門の歴史の長さなのだろう。パカラパカラ、と走っていた馬車がある地点で急に止まった。


「二人はここで降りなさい。わたくしは、本館に行き、侯爵夫人と姉上方と話をして注意を引いて起きます。その間に離れに忍び込みなさい。」

「え、そんな三人で行きましょうよ。」

「ブランケンシュタイン家の馬車が入って来た事が門番から報告されているでしょうに、誰も現れなかったら離れに忍び込んだ事がバレるでしょうが。それとも、貴女がわたくしの代わりに三ババに会ってくれるというの?」

「あ、無理です。」

「マーゴット。」

と、エリザベートは馬車の外に声をかけた。


馬車の外に、メイド服姿の若い女性がいた。

「マーゴットは、私がこちらの館に送り込んでいる者です。彼女に着いて行きなさい。」

もはや拒否権は無い。

私とユリアは馬車を降りた。


「こちらでございます。」

と、マーゴットさんは私達の前を歩き出した。

私とユリアはその後ろを着いて行く。

途中、大きなガラスの温室があった。


「すごい。」

と、ユリアが呟いた。

この世界では、ガラスは超高級品だ。宝石で建てられた建物と同じような物である。


しかし私はその横にある植物に目が釘付けになった。

笹だ!

日本で住んでいた児童養護施設の施設にも普通に生えてた、普通の笹だ。七夕に短冊吊るすタイプの奴!


「これ、笹です・・よね。」

「そうですね。そのような名前だったかと思います。」

とマーゴットさんは言った。

「珍しい植物ですよね?」

「ヒルデブラント家は、薬草栽培で財を成した家門です。王都にある館でも、たくさんの希少な薬草の栽培や品種改良をしております。この植物も葉の抗菌作用が強い、というふうに言われていたかと思います。」

さすがスパイをしているだけあって、マーゴットさんは庭の植物にも詳しかった。


私は笹の葉に手を伸ばした。『短冊』が一枚吊るしてあったのだ。こっちの世界にも、同じような風習があるのだろうか?

こっちの世界でも、織姫と牽牛は恋にうつつを抜かして仕事をサボっていたのだろうか?


『お父様とジークルーネがいつまでも幸せでありますように』

と、その短冊には書いてあった。


「下にも一枚落ちてます。」

とユリアは言って、下に落ちていた紙片を拾った。

その短冊には


『お兄様とギルベルトがずっと幸せでいてくれますように』

と、書いてあった。


よくわからないが。とにかく、この世界にも七夕とそっくりの風習があるみたいだ。今、三月だけど。


私は落ちていた短冊を、笹に結んであげた。風で落ちたのかもしれないけれど、地面に落ちたままではかわいそうに思えたのだ。



「この付近が最も警備兵が多いのです。どうか、お声をたてられませぬよう。」

とマーゴットさんに言われた。

私とユリアはコクコクとうなずいた。しばらく歩くと、レンガと赤大理石で出来た建物が見えてきた。


「止まってください。」

と、マーゴットさんが言った。

「庭師がいます。私が注意を引いて向こうへ連れて行きますので、お二人でお進みください。あの建物が離れです。」

私達は無言でうなずいた。

マーゴットさんが、一人で歩いて行く。話し声がして、その話し声は少しずつ遠ざかって行った。

私達は木の陰から出て、離れの方へ歩いて行った。


入り口はどこだろう?


そう思ってキョロキョロしていると。


向こうの方から、ものすごい大声が聞こえてきた。人の声ではない。これは犬の吠え声だ。

番犬がいるのっ⁉︎

チワワとかポメラニアンとかの声じゃない。これは大型犬の吠え声だ。しかも一匹じゃない。複数いる!


やばい、やばい、やばい、やばいっ!!!


どうしよう、と焦っていると。突然離れの2階の窓が開いて、ジークルーネが顔を出した。


「何してんの⁉︎二人共!」

そう言って

「捕まって、早く!死にたくないなら!」

と言って、目一杯右手を伸ばした。ジークルーネの真面目な声調に、リアルガチな死の恐怖を感じた。


手を伸ばしたジークルーネは、迷うように私とユリアを見た。

迷う事ないでしょう!この状況なら一択でしょう!


私は「はあっ!」と掛け声をあげて、窓に向けてジャンプした。

実は文子は、体育のバスケの授業でダンクシュートを決められるくらい跳躍力があった。

今は、レベッカの肉体だが感覚はちゃんと覚えている。筋トレだって、ユーディットに嫌な顔をされながらも毎日続けている。

屋根が低めの離れだったおかげで、私の伸ばした手は窓枠に届いた。

そのまま懸垂をして、何とか自力で窓の中に体を入り込ませた。

側で「えっ⁉︎」とジークルーネが目を丸くしている。


犬の吠え声は、もうものすごく近い。窓の外を見ると犬の姿が見えた。

キャーっ!ドーベルマンだ。本物は、初めて見た。


「ユリア!」

私は、ジークルーネの側で手を伸ばした。

ユリアが両手を伸ばして、ピョンと跳ねる。私の跳躍力には遠く及ばないが、ギリギリ私とジークルーネの手に手が届いた。


ユリアは全然太ってないけど、それでも体重は40キロ以上あるだろう。

私のこの手に20キロ、ジークルーネの手に20キロの体重がかかる。無理な体制で手を伸ばしているから重くて持ち上がらん!

心の中で「ファイトォ、いっぱーつ!」と叫びながら必死になって足を踏ん張り上へ持ち上げる。

ジークルーネと何とか二人がかりでユリアを部屋の中に入れた。

間一髪!窓の下で4匹のドーベルマンが激しく吠えたてた。


二人でも、一人を上へ引き上げるのはギリギリだった。

ジークルーネってば、よく一人で一人を引き上げようとか思ったな。無理だよっ!


「こんなところで何してんの!あの犬達は、侵入者を噛み殺すように訓練されてるんだよ!」


怒られた。


「ごめんなさいいぃっ。でも、エリザベート様に言われて仕方がなかったの!」

「ああ・・それは確かに仕方がないね。」

「ふえぇっ。怖かったあ。かじられるかと思ったぁ。」

ユリアも、横で腰を抜かしていた。


「とゆーか、ジークルーネ様。何があったの?怒らせちゃったまま、もう二度と会えないかと思ったよぉ。」

「わかった。説明するから泣きやみなさい。どうせエリーゼ姫に、聞くまで帰ってくるなとか言われてるんでしょ。」


別に言われていないが、私は思いっきり首を縦に振った。

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