ハーゲンベック領へ(5)
びっくりした。
この女性と今までに会った事があったのだろうか?
記憶の鉱山から鉱石をかき集めてみたがさっぱりヒットしない。
悩む私の後ろでガンガン!と大きな音がした。アーベラとヨアヒムが壊れたドアを蹴り回して半壊状態なのを全壊状態に変えているのだ。
30秒後、ドアを完全に破壊してアーベラ達も小屋の中に入って来た。
「私、四年前にブルーダーシュタットでレベッカ様をお見かけしたのです。レベッカ様は『漆黒のサソリ団』を討伐して、そちらの騎士様と一緒に馬に乗ってブルーダーシュタットに戻ってお越しになられました。その御姿を遠くからですが拝見したのです。」
そうなの⁉︎
あの時のあの様子見られていたの?
「レベッカ様の勇敢な御姿に胸が震えたものです。」
私は胸が痛かった。四年前のこの人は、きっと夫や他の仲間達と一緒に旅から旅の生活をしていたのだ。
その後権力者に夫を殺されて、無理矢理愛人にされてしまった。
その権力者の国も革命で崩壊し、娘と共に逃げて来た地で狭くて暗い小屋に監禁された。
そんな人生を四年前のこの人は想像もしていなかっただろう。
小屋の中にライルさんとエイダンさんが入って来た。
「真珠宮様!」
とエイダンさんが言ったので、目の前のこの人は間違いなくミラルカ妃だという事がわかった。
良かった。
複数の女性が館内の至る所にそれぞれ監禁されている、とかだったら怖過ぎるところだ。
「ウルスラさんが、王都のブラウンツヴァイクラント人の収容施設に逃げて来たのです。彼女の依頼を受けてあなたを助けに来ました。」
私はミラルカ妃の側にひざまづいて言った。
「ウルスラは、娘は無事ですか⁉︎」
「ええ、大丈夫です。」
と私は答えると、ミラルカ妃は嬉しそうに微笑んだ。
「行きましょう。」
と言って私はミラルカ妃の手をとった。でも衰弱しているミラルカ妃は立ち上がれないみたいだった。ミラルカ妃は一応、王様の奥様だ。男が抱き上げるより女の私かアーベラが抱き上げた方がいいだろう。そして剣が使えるアーベラより使えない私の両手がふさがる方が絶対良い。
私はミラルカ妃をお姫様抱っこした。
ミラルカ妃は妊婦なのにものすごく体重が軽く、その事実にますます胸が痛くなった。
小屋の外に出るとジークルーネと子爵夫人はまだ睨み合っていた。腰を抜かしていた小子爵様は立ち上がっていたが
「・・ママ。」
とか呟きつつ子爵夫人の後ろに隠れている。
ミラルカ妃を抱き抱えている私を見て子爵夫人は、ものすごい眼光で私達を睨んできた。
「その女をどこに連れて行く気⁉︎」
悪意を声に変えたようなキツい口調だった。
「あなたには関係が無いわ。」
と私は言った。別にこの女はミラルカ妃の親戚でも保護者でも恋人でもないのだ。
「その女はブラウンツヴァイクラント人なのよ!ブラウンツヴァイクラントはヒンガリーラントにとって歴史的な敵国。だから、その罪に応じた報いを与えてやる事が国の為であり愛国なの。私は国の為に忠義を尽くしたのよ!」
「この人はブラウンツヴァイクラント人ではありません!」
と私は叫んだ。
「この人は人間なのです。」
「ははっ。」
とジークルーネが笑った。
「ミュリエラ嬢をさらって公開処刑にされたあの馬鹿共と同じ事を言うのだな。自分は邦人の貴族で、被害者は異邦人。だから罰を受けるはずがない。国王陛下も貴族達もきっと自分達の味方をしてくれる。何が愛国だ。何が忠義だ!そんな理屈が通るわけがないだろうが!この国家の恥晒しめ!」
ジークルーネが子爵夫人を怒鳴りつけた。
「おまえに言われる覚えはないわ。この人殺し!」
「・・・・。」
「私達が破滅する時はおまえも一緒よ。おまえの罪を白日の元に晒してやる!家の力で罰を逃れたとしても、家の名誉を貶めたおまえをゲオルギーネお姉様が許すわけがないわ。その女を連れて行ったら必ずおまえを破滅させてやるからね!」
「世迷言だ。ベッキー。行こう。」
とジークルーネは私に言った。
だけど一瞬足が動かなかった。
悪意に塗れた子爵夫人の言葉が脳内をぐるぐる回る。
でも、ミラルカ妃を置いて行く。という選択肢は絶対ないのだ。ジークルーネは強い覚悟を持ってここへやって来た。その覚悟を無に帰するような真似はジークルーネに対しても失礼だった。
ジークルーネが片手を上げた。
「じゃあな、子爵夫人。そして小子爵。次は地獄で会おう。」
「うあああああーー!」
突然すごい大声を、百人一首男があげた。母親の背中から飛び出し、地面に落ちていたナタを拾う。そして、それを振りかざして私達の方に走って来たのだ。まるで往年の名作ゲーム、ひぐらしの◯く頃に、のようだ!
騎士達が一斉に剣を構え、ジークルーネも斧を構える。ライルさんは私とミラルカ妃をかばうように私達の前に立った。
次の瞬間。
「ふぇっぶっ!」
百人一首男が後方に吹っ飛んだ。青くて丸い物が私達の後方から飛んで来て、全哺乳類の急所である鼻に激突したのだ。
それは青リンゴだった。まだ小さくて青い実だ。それだけに硬度は凄そうだった。
私は振り返った。そして安心して笑顔になった。
私達の後方に、いまだ投球姿勢をとっているコンラート。それにリナさん。そしてシュテルンベルク騎士団とエーレンフロイト騎士団が立っていたのである。




