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珊瑚姫

ブラウンツヴァイクラント人の難民収容施設は来るたびに人数が増えている。


サーシャさん達家族のように仕事を見つけて出て行く人もいるし、親戚や知人を頼って出て行く人もいる。しかし、出て行く人以上にやってくる人が多く人数が増え続けているのだ。


ちなみに収容施設がある場所は、貧民街にある伝染病隔離区域だ。ほんの数年前、天然痘患者が収容された地域を徹底的に消毒して使用している。

一定数の病院があるし、公衆浴場やたくさんのベッドがある広い建物もある。

だが治安の悪い地域である事も事実だ。


ヒンガリーラント人の貧民達の目には外国人が優遇されているように見えるし、ブラウンツヴァイクラント人にしたら胡散臭い場所に押し込められているように思える。ここに来るたび、いろいろな人達の不満がとぐろのように上空に渦巻いているのが見えるような気持ちになる。

カトライン殿下の護衛達もその空気感を肌で感じ取っているのだろう。緊張の面持ちでカトライン殿下とリオンティーネ令嬢を取り囲んでいた。


その施設の施設長をしているのはヘーブラー男爵という現役のお医者様だ。男爵は天然痘が大流行していた頃、熱心に奉仕活動に励み男爵位を授かった人だ。ゆえに人間性には何の問題も無い。熱心に誠実に職務に励んでいてくださる。

おそらく、選民意識の高い古参貴族ではこの職務は務まらないだろう。


既に顔見知りの私が前面に出て、ヘーブラー男爵と話をした。

鹿肉は、カトライン殿下とティナーリア妃殿下からの寄付という事を強調しておいた。


本当の事だし、二人の好感度を難民の中で上げておきたいし、これ以上ヒンガリーラントの難民受け入れ反対派を私は敵に回したくない。


当然の事ながら、お肉は収容施設中に感動の渦を作り出していた。お肉ほど人のテンションを上げる食材はそうそう無いもんね。

ヘーブラー男爵も

「ありがとうございます、ありがとうございます!殿下方にくれぐれもよろしくお伝えください。」

と涙ぐんで感動していた。


難民収容施設も最初の頃はまだ余力のあるという人達がたどり着いて来ていたが、最近は行き倒れ寸前という人ばかりがやって来るという。そんな人達には栄養のある食材が必要だがなかなか手に入らない。施設の状況は悲惨になって行くばかりなのに、ヒンガリーラント人の目はどんどん冷たくなっていく。ヘーブラー男爵も苦労をしているようだった。


周囲の様子が当然珍しいからだろう。カトライン殿下はきょろきょろ周りを見回していた。だけど危機管理意識はしっかりできているみたいでリオンティーネ令嬢やジークルーネの側を離れない。ジークルーネも、周囲の様子をじっくりと見ているが瞳に宿る光は悲しかった。


騒ぎは突然起こった。


突然一人の少女が私達の方向に駆け寄って来たのだ。少女は叫んだ


「瑠璃姫様!」


護衛騎士達が全員ビクッとなって、剣に手をかけた。リオンティーネがカトラインを抱きしめる。

少女とカトラインの間には幾重にも人垣ができ少女はカトラインに近づけない。少女は倒れるようにひざまずき

「瑠璃姫様、母ちゃんを助けてください!」

と叫んで手を伸ばした。地面に顔を伏せた少女は手を伸ばし、その手がドレスを掴んだ。リナさんの。


「・・・え⁉︎」

と言ってヘーブラー男爵がリナさんを見る。


「違います!」

とリナさんは男爵に向かって叫んだ。


「瑠璃姫様は15歳ですよ。私が15歳に見えますか?」

どう返答をしても失礼になりそうな質問だ。男爵は黙り込んだ。


少女は立ち上がれないみたいだった。荒い息をしながら、そのままうずくまっている。少女は痩せ細っていた。走り寄り叫ぶ事で最後の全エネルギーを使い果たしたみたいだ。

リナさんの服の裾を掴んだままの少女の手を護衛の一人が蹴りつけようとした。私は目を吊り上げて叫んだ。


「やめて、まだ子供なのよ!」

少女は痩せ過ぎていて年齢が不詳だった。だけど絶対カトラインよりは年下だ。もしかしたら10歳くらいの可能性すらある。


「・・珊瑚姫。」

ずっと黙っていたカトライン殿下がつぶやいた。声が震えていた。


『珊瑚姫』って事は、まさかブラウンツヴァイクラントの王女様⁉︎

カトライン殿下の護衛達にも衝撃が走った。


「どうやらお腹が空き過ぎて幻覚を見たみたいだな。男爵。診察室に連れて行った方が良いと思う。診察室はどこです?」

そう言ってジークルーネが少女を抱え上げた。お姫様抱っことかではなく、力士が米俵を持つ時のような持ち方だった。


「ウルスラ!」

と叫びつつ女性が一人駆け寄って来た。その女性も痩せ細っていた。

「すみません、妹が!」

「姉妹なの?似てないね。」

とジークルーネが言う。女性はうっ!と言葉に詰まった。


「・・お願い。母ちゃんを。」

少女のつぶやきが聞こえて来た。悲壮な声だった。


周囲にいる人達は皆こちらの方をガン見だった。もっとも、皆が見ているのはリナさんだが。カトライン殿下はフードを深く被りリオンティーネ令嬢の陰でうつむいている。


「診察室はこちらです。」

と男爵が言う。ジークルーネが歩き出したので、私もアーベラやヨアヒム達と一緒に歩き出した。


私達はヘーブラー男爵とジークルーネを先頭に歩いていた。私達のすぐ後ろをライルさんとリナさんが歩いて来る。さらにその後方をカトライン殿下達が歩いていた。


「『珊瑚姫』って事は・・・。」

リナさんがライルさんに話しかけている。


「珊瑚姫は国王陛下の実の御子ではない。養女だ。」

とライルさんが小声で言うのが聞こえて来た。


「真珠宮様と前の夫の子供なんだ。」

「真珠宮様というとあの⁉︎」

リナさんの声が衝撃で震えている。私も多少、衝撃を受けた。


私は家庭教師の先生方から、王子妃となる為の教育を受けている。その教育の中には、よその国の王族の家庭の事情も含まれていた。

なので、ブラウンツヴァイクラントの『真珠宮妃』と呼ばれる女性の話も聞いていた。彼女の物語はブラウンツヴァイクラント王室の恥そのものであり、王様の性格の一端を垣間見る物語だった。

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