風邪をひいた日(3)(リオンティーネ視点)
「リオーネ様、入りますね。」
と言って入って来たのはオリエでした。
「夕方になりましたけど、夕ご飯食べられそうですか?パン粥が食べられそうならパン粥を作りますし、無理ならスープとプリンと寒天はまだ残っています。」
「シャーベット・・だっけ。あれはもう無いのね。」
レモンのシャーベットが私は一番気に入っていたのです。
「すみません!氷菓子は時間を置くと溶けるので私達で全部食べちゃいました。」
「良いのよ。まだ、固形物は喉が辛いからコンソメスープと寒天をもらえる?」
「はい。」
と言ってオリエが部屋を出て行きます。そして五分ほどで戻って来ました。私はスープを食べながら
「フェルミナ様のお具合はどう?」
と聞きました。
「ぐっすり眠ってたっぷり寝汗をかいておられたので、もう大丈夫だろうとお医者様が言っておられました。リオーネ様と違って熱が高いだけで、喉の痛みやめまいはなかったんです。なので、熱さえ下がれば大丈夫だろうとの事です。」
「そう、良かったわ。」
「夕食後にもう一回リオーネ様の診察したいとお医者様が言っておられますが。」
「まだ、お医者様はお屋敷にいてくださるの?」
「この屋敷にいる全員の健康診断をしてくださったんですよ。誰というのは個人情報なので言えませんが、虫歯がひどい人や水虫が再発したという人がいました。虫歯の方は専門医の所に行くようにと言われました。」
「それってカトライン様ではないわよね?」
「違います。ただカトライン様は乾燥肌がひどくて、塗り薬を処方してもらいました。それともう少し太った方が良いと。」
「みんな痩せたものね。カトライン様はしっかり食べておられる?」
「いえ、リオーネ様を心配して食欲が全然無いみたいです。アイスクリームとリーフパイを少し食べられただけです。」
「気持ちはありがたいけど、ちゃんと食べさせて。カトライン様も倒れてしまうわ。・・いろいろ無理言ってごめんね。あなたには迷惑かけるわね。」
「いや、全然無理じゃないですよ!そりゃあ、ここに来る前の時に倒れられたらどうしていいかわからなかったけど。でも、ここなら屋根と壁と布団があるし、ジークルーネ様やレベッカ様に相談すれば何だってしてくれますし。むしろ、珍しい物が食べられて私はラッキーっていうか。じゃなくて、とにかくリオーネ様は何にも心配しなくていいからゆっくり休んでください。リオーネ様が良くなれば、カトライン様だってお元気になるはずです。」
「そうね・・・。」
オリエの言う通りです。
逃亡していた頃に、高熱とめまいで倒れていたら、どうしようもなかったはずです。
同行者に、特にカトライン様に迷惑はかけられません。私の事は置いて行ってください。と言うしかなかったはずです。そして一人ぼっちで置き去りにされていたら。間違いなくそこで死んだでしょう。
熱が出たのが、ここで良かった。というより、大丈夫な場所に来たから安心して体調を崩してしまったのです。
自分がこんなに弱い人間だったなんて。と情け無くなりました。
「そんな事ないですよ。だいたいリオーネ様だって、一応『お嬢様』なんですから。それに10代の私やカトライン様と違って・・・。」
「何⁉︎」
「いえ、なんでもありません。」
「カトライン様のお祖父様とお祖母様よりは若いわよ。私は。」
「あのお二人もいろいろ調子がお悪いようですよ。お祖母様の方は膝の痛みがひどいらしくて、お祖父様は下半身の持病が悪化したそうで。あ、性病じゃないですよ。・・・その。」
「いいわよ、言わなくて。」
「では、私はカトライン様のご様子を見て来ます。そういえばレベッカ様がワインとブランデーとレモンと蜂蜜と卵と牛乳を持って来てくださったんですよ。なので寝る前にホットワインかブランデー入りのエッグノックを持って来ます。どちらが良いですか?」
「ホットワインをお願いできる?」
「わかりました。じゃあ、食べたらあったかくしてゆっくり休んでいてくださいね。」
オリエがそう言って出て行き、私は持って来てもらった毛布を全部引っ被って横になりました。寒気はまだ止まりません。でも、めまいはおさまって来ました。私はドアが細く開いている事に気がつきました。誰かが外に立っているようです。お医者様かと思いましたが、カトライン様です。不安そうな顔でこちらを見ていました。一瞬、怖!っと思ってしまったのは永遠の秘密です。
「・・カトライン様。大丈夫ですよ。カトライン様も風邪がうつらないよう、しっかり食べて暖かくしてお部屋でお休みください。」
「ごめんね。・・私が駄目な王族だから。迷惑ばかりかけているから。私が弱いから。」
「カトライン様は・・駄目な王族ではありませんよ。」
私はこの10年の間に、人として終わっている王族を何人も見て来ました。
カトライン様は彼女達に比べて何百倍も素晴らしい王族です。私は逃避行に同行した主人がカトライン様だった事を本当に幸運だったと思っているのです。
そう言ってあげたいけれど眠くなって来て言えませんでした。夕食後に飲んだ薬のせいで眠くなって来ているようです。やがてまぶたを開けていられなくなり、私は心地よい布団の中でまた眠りについたのでした。
夢の中で私は幼い子供の頃に戻っていました。熱を出して眠っていると母や姉が側で優しく額を撫でてくれます。やがて母達の姿がかすれ、母達の姿がジークルーネ様とレベッカ様になりました。レベッカ様がトレイを持っていてそこに山盛りの果物と氷菓子がのっています。
花の香りがしました。美しい花束を持ってカトライン様とオリエが立っていました。私の好きなハーブ系の花でした。
人の気配がして私は目を覚ましました。
「あ、起こしてしまいましたか?」
とお医者様が言われました。お医者様はタライにはった水にハンカチを浸していました。そしてそのハンカチを私の額の上に置いてくれました。
ハンカチから、花の香油の香りがしました。
「熱が高いなら、太い血管のある所を氷嚢で冷やそうと思っていたのですが、だいぶ下がって来たみたいです。食べて眠れるなら大丈夫だと思います。とにかく無理をしないでゆっくり休んでください。どれだけ大変な思いをして王都にやって来たのかはレベッカお嬢様に聞きました。過労で体が限界だったのだと思います。ここは安全な場所ですからゆっくり体を休めてください。」
「ありがとうございます・・・。」
私の頬に涙が伝いました。
故郷を離れたあの日以来。
初めて流した涙でした。
次の日の朝。だるさはまだ残っていましたがめまいと寒気はおさまっていました。
でも、せっかくなのでもう少し。ゆっくり寝ていようと思いました。
窓の外には、かつてカトライン様とオリエと見上げたのと同じくらい青い空が広がっています。
それはとても美しく、美しい青空でした。




