お弁当を届けに
ただ、それからも色々大変だったようだ。饒舌だったライルが急に口ごもりだしたので詳しくは聞き出せなかったが、どうも入国したディッセンドルフ領で地味に嫌がらせを食らったらしい。
歴史と権力を誇る家門ディッセンドルフ家は、伝染病収束後にタケノコの如く現れた新興貴族達が大嫌いだ。
レーリヒ男爵家はその筆頭であり、しかもディッセンドルフ家の宿敵エーレンフロイト家とずぶずぶの関係である。
この大所帯、もしや密輸をやっているのではと言いがかりをつけられ『調査』と称してなかなか通行の許可が降りず、色々と難癖をつけられ最後には法外な通行料を請求された。
実際問題、密輸に近い事をやらかしているのだからレーリヒ家も強い態度に出る事ができない。
そして、そういう弱気な空気は相手にわかるものだ。その為ディッセンドルフ領を通るのには本当に苦労をしたようだ。ご苦労さまです。
この会話をしている最中、我が家のメイドさん達には大急ぎで第二地区の別邸の掃除に行ってもらっていた。
王城特区内の屋敷には七親等内親族以外の貴族を泊める事ができないからだ。なので、カトライン殿下達には別邸に泊まって頂く事になった。
別邸はそこそこの広さはある。かつてクマが庭に出た事は伝えたが、緑が多く静かな環境でフェルミナ殿下達もここにお迎えしたい。とノエライティーナ伯母様がおっしゃった。
なので伯母様は今日朝から、部屋を整えに別邸に出かけている。
「シュテルンベルク家の『ぬいぐるみの墓場』からたくさん、ぬいぐるみを持ち出しているんだっけ?」
「お嬢様『ぬいぐるみの学校』です。」
やんわりとアーベラに訂正された。
かつて、シュテルンベルク伯爵夫人のエレオノーラ様は息子のコンラートの情操教育と、世界には様々な動物がいる、という知識を増やす為に大量の動物のぬいぐるみを買い集めた。しかし一人息子のコンラートはぬいぐるみに全く関心を持たなかった。そして、婚約者のジークルーネがこれまたぬいぐるみに興味をまるで示さない少女だった。結果、大量のぬいぐるみは一室に閉じ込められ、ひっそりとホコリをかぶっていた。シュテルンベルクの使用人さん達はそれをぬいぐるみの墓・・ではなくて学校と呼んでいた。
十数年の時を経て、そのぬいぐるみ達は陽の当たる場所に出てこようとしているのである。良かった。良かった。
そうしているうちに弁当が出来上がった。カトライン様とそのご一行のぶんと、たぶん今日王都に来られるであろうフェルミナ様達のぶんだ。
私はそれを届けに第二地区の別邸へ向かった。
私が別邸に着いたのとほぼ同時刻、フェルミナ様達が別邸に到着した。
残念ながらクオレ君は、お母さんに付き添って病院へ行ってしまったので会えなかったがフェルミナ様にはお会いする事ができた。
フェルミナ様は白金の髪に深みのある緑色の瞳をした人形のような美少女だった。昨日お会いしたカトライン様も同じ色の瞳をしていたが、この色が王家に伝わる色。とされているらしい。
抱きしめて頬をすりすりしたくなるのをじっと耐え、フェルミナ様達を二階にご案内した。別邸は三階建てで三階をカトライン様とカトライン様のお祖父様とお祖母様、更に側近達に使ってもらっている。ついでに座敷わらしが一人三階にいる。いや、座敷わらしなどというキュートな存在ではない。いても我が家に繁栄をもたらす事はないだろうが、嵐を呼ぶ可能性は大な存在だ。言わずと知れたジークルーネである。
カトライン様やフェルミナ様が滞在するに当たって我が家から侍女を派遣する事にお母様が決めた。お母様はユリアやミレイに行くよう打診したのだが、二人は「王族のお相手など恐れ多すぎる」と真っ青になって言って断固拒否した。
家庭教師を務めてくれていたモニカ先生やアルテミーネ先生が今もうちにいてくれたら安心してお任せができたのだが、お二人はもう我が家にはいらっしゃらない。
『ジークレヒト』事件でたくさんの王宮侍女が粛清、更迭されてしまったので王宮が人手不足になってしまい、また王宮で侍女として働いて欲しいと経験者に打診があったのだ。なので、二人は王宮へ行ってしまった。年頃の娘に成長したモニカ先生の娘のリゼラは、我が家に侍女として残っている。
結果誰も行きたがらなかったので、別邸に居候していたジークルーネに丸投げする事にした。あの性格とバイオレンス性を持っているジークだが、一応超名門貴族の御令嬢であり、立ち居振る舞いには何の問題もない。腕もたつので護衛にもなる。ものすごい毒舌家ではあるが、年下の女の子達には寛容な性格だ。そして若い女の子にきゃあきゃあ言ってもらえる容姿の持ち主である。
キャラ弁はヒンガリーラントでも好評だった。
フェルミナ様も御母上のティナーリア様もメイドさん達もテンション爆上がりだった。
フェルミナ様は肉や卵が嫌い。と聞いていたが、ゆで卵のニワトリandヒヨコやハート型のだし巻き卵には興味津々で食べておいしいと言ってくださった。子供にとっては食事は見た目や雰囲気も大切なのだ。
もう一つのお弁当箱をカトライン様に届けに行くと、リオンティーネ令嬢が出てきて受け取ってくださった。
リオンティーネ令嬢は王太子の乳兄弟というだけあって非の打ち所がない淑女だが、髪だけはまだゼブラ柄である。昨日、カトライン様はほとんど喋らなくて、リオンティーネ令嬢が発言を代弁してあげていた。
「よく眠れましたか?」
と聞くと
「はい、わたくしは。」
と答えられた。
「でも、カトライン様は悪夢にうなされておいででした。朝まであまりよく眠れなかったようです。申し訳ありません。何度も足をお運び頂いているのに、満足なご挨拶もできずにいて。」
それは全然気にしないで!と伝えておいた。正直、彼女達の経験して来た状況下でバイタリティー十分、心も体も元気溌溂!という感じだったらその方が怖い。というか、カトライン様が朝までよく眠れなかったというのを知っているという事は貴女も寝てないのではないの?
そう思って、顔をじっくりと見るとリオンティーネ令嬢の顔色は化粧で誤魔化しているけれどすごく悪く見えた。
この人大丈夫かな?
と感じた不安は三日後的中する。