新たなる亡命者
お母様もだが、ノエライティーナ伯母様も驚きで目を見張った。勿論私もだ。
声が聞こえたらしく、少し離れた場所に座っていた男性陣も皆こっちを見ている。
「どこにいらっしゃるの⁉︎」
とお母様が聞いた。
「レーリヒ商会の支店です。」
「え?」
「ロートブルクラントで身を潜めておられたそうですが、お嬢様がのせた『探し人』の新聞記事を見てヒンガリーラントにお越しになったそうです。その際、ロートブルクラントの王都にあるレーリヒ支店を頼り、ロートブルクを脱出されたようです。」
ロートブルクラントは、ブラウンツヴァイクラントの南西にある小国だ。ヒンガリーラント、ブラウンツヴァイクラント、ヴァイスネーヴェルラントの三ヶ国と接している。
何代か前にブラウンツヴァイクラントの王女が王妃になった事がある国で、現在の国王はブラウンツヴァイクラントの王族の血をひいている。それを理由につい先ごろ、ブラウンツヴァイクラントの王位継承権を主張しブラウンツヴァイクラントへの侵略戦争を宣言した。混乱の続くブラウンツヴァイクラントに平和をもたらし、小が大を食う吸収合併をするつもりなのだそうだ。
ロートブルクラントにも戦争賛成派と反対派がいて、喧々囂囂ぴーちくぱーちく大騒ぎをしているらしいが、だからといって下級貴族のライルさんとアデムさんが脱出に苦労するほど国が混乱しているとは思えない。『何かの時には、レーリヒ支店にご連絡を』と新聞記事を載せてはいたけれど、実際に商人の手を借りなければ脱出できなかったとなると、考えられる事は一つだ。
瑠璃姫と呼ばれるカトライン様がご一緒なのだ!
ノエライティーナ伯母様もそれがわかったのだろう。不安そうな表情でお母様と私を見た。
だけど、大丈夫です伯母様。親族間で答えは出ています。『二軍の離宮』に住んでいた成人前の王女様はお助けするって。
カトライン王女殿下は正確には今年成人だが、社交界デビューする前に革命でデビューが吹っ飛んだので、まだ社交界とも政治とも関わりがない。母親は学者の娘とはいえ平民で、権力の闇とは無縁の存在だ。
「まあ!私、是非お会いしてみたいわ。こちらの屋敷にお呼びしてちょうだいな。」
と突然声があがった。エリーゼ様だった。
「御子息方は、冬の王都に滞在しておられたのでしょう。冬の王都の情報やもしかしたら行方不明の国王陛下の情報も何か知っておられるかもしれないわ。それに、ロートブルクラントがどんな様子なのかが知りたいの。ね、いいでしょう?」
「もう少し落ち着いてからにしたらどうだ。まず様子を見てだな・・・。」
とルートヴィッヒ王子が口を挟んで来た。
「人間の記憶は時間が経てば経つほど風化していくのよ。話を聞くなら早い方が良いでしょう。いったい何を心配しているの?」
「心配するのは当たり前だろう。おまえ、ついこの間外国人のおっさんに失礼な口をきいて殴られかけただろうが!」
あったなあ、そんな事件。けっこうもう、時間が経っているけれど。病院でミュリエラ嬢の父親を散々こき下ろして殴られかけたのだ。
エリーゼ様と王子が話をしている間に、お母様とノエライティーナ伯母様がひそひそと小声で何か話し合っていた。結果、うちにお呼びする事にしたらしい。宰相家であるブランケンシュタイン家が後ろ盾になってくれたらライルさんも瑠璃姫も安泰だからだろう。
というか、ブラウンツヴァイクラントの王様の情報が知りたいならばララ公女に聞けば良いと思うのだけど。王様は冬の王都から逃げ出す時お気に入りの妃や愛人だけを連れて逃げたらしいが、ララ公女は一緒に逃げた愛人の一人なのだ。
今現在は一緒にいないみたいなので、合意の上で別行動をしているのか、逃走中に捨てられたか捨てたかしたのだろう。
どちらにしても、何某かの情報は持っているはずだ。
だけど、頭を下げて「どうか教えてください」って言いたくないんだろうな。
絶対、エリーゼ様はララ公女みたいな人が嫌いなのだ。私にはわかる。
それから小一時間ほどの時間が経過した。
その間に私達は、メイドさん達に客室を用意してもらった。たぶん今夜はライルさん達もノエライティーナ伯母様もうちに泊まる事になるだろうからだ。
そして、どうやらエリーゼ様も泊まって行く気満々らしい。嫌だとは言えないが、この人侍女と護衛を四人も引き連れて来ているのだ。その人達の寝室と夕食も用意しなくてはならないからけっこう大変なのである。とゆーか、夕食のコロッケと唐揚げ足りるかな?
そろそろ王子達には帰って欲しい、と念を送ってみたが一向に帰る気配が無い。もしも瑠璃姫様が一緒にいたとして、我が家で王族同士が内密に面会した。と噂になるのは困るのだけど。
断じて、そう断じて夕ご飯のおかずが減る事を心配しているわけではない。
そうこうしているうちにライルさん達が到着した。お客様方には応接室に一旦入ってもらう。
ゾフィーに人数を確認してもらうと、ライルさんとライルさんの雇用主の教授夫婦。教授の弟子が二人。アデムさんと更に男性騎士が四人。王宮女官っぽい女性が三人、との事だった。女官達はヴェールを深く被って顔を見せないという。あやしいなー。
ノエライティーナ伯母様とニルス君がまず面会に行く。
「お父さまー!」
というニルス君の泣き声が廊下にまで聞こえて来た。
お互いの近況や、他の家族の事を語り合う時間が必要だろう。と思って五分待った。
それから、私とエリーゼ様は応接室に入って行った。
三人の女性達はヴェールをとっていた。長い旅をして来た割に皆さんとても小綺麗だ。ほのかにせっけんの香りがするので、もしかしたらレーリヒ支店で風呂に入って来たのかもしれない。年上の女性二人と教授の奥様が、一番若い10代の女の子を守るように立っている。
「はじめまして。エリザベート・フォン・ブランケンシュタインですわ。ようこそ。ヒンガリーラントへ。」
エリーゼ様がそう言って、亡命者達に微笑みかけた。