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ミリヤムの里帰り(5)(ミリヤム視点)

その日の夕食は、お父さんとお母さんと私とアーベラさんと四人で食べました。


どこかへ行ってしまった兄は夕食の時間になっても戻って来なかったし、兄嫁は体調が悪いと言って部屋にこもっていたからです。


絢爛豪華な、侯爵家の夕食と違って我が家の夕食は質素です。アーベラさんをがっかりさせてしまうのでは、と不安でしたが、アーベラさんは売れ残りのパンをおいしそうに食べてくれました。夕食の席での会話は、私の近況についてです。サーシャさん家族の事やカメパン開発秘話などを、アーベラさんが面白おかしく話してくれました。


夕食の後、私とアーベラさんは酒場へ向かいました。酒場は私の家の三軒隣にあります。酒場というより、お酒も出す大衆食堂です。

既にエリーシャ先生が来ていて、女給をしている女の子達と楽しそうにおしゃべりしていました。女の子達は学校での私の同級生で、エリーシャ先生の教え子です。私の顔を見ると同級生達はとても喜んでくれました。


アーベラさんを紹介した後お互いの近況を語り合い、それからエリーシャ先生に私はネーボムク準男爵という人について聞いてみました。


ある意味、バカ兄貴が貴族相手に騒ぎを起こしてくれていたので、ごく自然に準男爵や準男爵の元に身を寄せている人達の情報を質問する事ができました。


「ネーボムク準男爵様のお祖父さんは男爵だったのだそうよ。ところが寄親の不始末の責任を押し付けられて、準男爵に降格してしまったの。本来は監獄行きだったところをお祖父さんはお金を払って監獄行きを免れたんだけど、そのお金を捻出する為に領地を売ってしまったので、領地は持っていないんだって。普段は王都に住んでいるらしいわ。で、また男爵の身分に戻るのが悲願なのだそうよ。」


「領地も無いし、働いているようには見えないし、どうやって収入を得ているのでしょうか?」

「一応職業は『投資家』だけど、投資の収益はほとんど無いみたいよ。先祖の財産を食い潰しながら生きているのでしょうね。今は、ブラウンツヴァイクラントの亡命者からお金を搾り取っているみたいだけど。」


「エマ様やリナ様はネーボムク準男爵の親戚か何かなのですか?」

「いいえ。全くの他人みたい。」

「どこで知り合ったんでしょう?」

「仲介業者の仲介よ。ブラウンツヴァイクラント人を引き受けてもいいと思っているヒンガリーラント人と、ヒンガリーラントに亡命したいと思っているブラウンツヴァイクラント人を、引き合わせる業者がいるんですって。ネーボムク家の使用人情報によると。」


「アタリハズレがありそうな話ですね。」

とアーベラさんが、エールをあおりながら言った。


「善良でないヒンガリーラント人もいるでしょうし。逆にヒンガリーラント人の優しさにつけ込む毒蛇のようなブラウンツヴァイクラント人もいるでしょうし。仲介業者がきちんと管理や監視をしているのでしょうか?」


「この街にいるブラウンツヴァイクラントの方々はハズレを引いたと言えるかもしれないわね。準男爵は貧乏なうえなかなか評判の悪い男だから。」

エリーシャ先生が干し肉をかじりながら答えました。


「エマ様とリナ様は優しそうな人達だったのに・・。まさか、準男爵様に殺されたりとかしませんよね。」

「そういう度胸はなさそうな御方だけどね。でも、どちらにしても貴族の問題に平民は首を突っ込めないわよ。」

「わかってます。」


と言いつつも胸がザワザワしました。


同じ国内でもお引越しをするのはとてもストレスです。国を追われた難民の方のストレスはそれ以上でしょう。レキアちゃんやルキアちゃんを見ていてしみじみそう思います。


エマ様とリナ様がレベッカ様の従姉妹だったらと思うと胸が痛みました。

でも、それ以上に。もし『従姉妹でなかったら』あの方達はどうなるのだろう?と胸が痛みました。


従姉妹でなければエーレンフロイト侯爵家は、ネーボムク準男爵の事情に介入したりしないでしょう。


お金を全部搾り取られたら、ブラウンツヴァイクラントの方達はどうなるのでしょうか?殺されたり、いかがわしい所に売られてしまったりなどしたら・・・。

そう思うと胸が痛みました。


「仲介業者というのは、手広く他の難民の方々の事もいろんな貴族に紹介して回っているんでしょうか?」

アーベラさんがそう言うと

「さあ、どうなのかしらねえ。」

と先生は話をはぐらかしました。


「うちのお嬢様がすごく興味を持ちそうな話題なんです。実際うちの屋敷には、ブラウンツヴァイクラントから亡命して来た家族が一組働いているんですよ。その仲介業者さんを紹介してもらえたら喜ぶと思うのです。」

「やめた方がいいわ。準男爵様が関わっている仲介業者はアングラ系よ。関わらない方が絶対いいわ。」


「何の為に仲介業者は仲介をしているんでしょう?」

と私が聞くと

「そりゃあ、お金よ。」

とエリーシャ先生は言いました。


「まあ、他にも地位とか、権力とかいろいろあるのかもだけど。それに・・・。

「それに?」

「・・嫌な話だけど、世の中には他人を不幸にする事に快感を感じる人間もいるからね。」


全く持って嫌な話です。飲んでいるエールの苦味が増したような気がしました。アーベラさんも難しい顔をして何か考え込んでいます。


それにしても。

『他人を不幸にする事に快感を感じる人間』

とか

『お金を払って監獄行きを免れる』

とか、まるで演劇のような話です。そんな人、そんな事が現実にあるなんてねえ。と私はしみじみ思いました。

アーベラさんも、じっと何かを考え込んでずっと黙っています。


エリーシャ先生が明るい声で

「ま、この話題はもういいじゃない。それより王都の話を教えてよ。」

と言いました。アーベラさんも


「そうですね。」

と言って、シードルを新たに注文しました。そうして、故郷の夜は更けて行きました。



その日の夜はエリーシャ先生の家に泊めてもらいました。戻って来た兄がまた騒ぎを起こすかもしれないからです。アーベラさんがいたら兄ごとき別に怖くないし、兄が怒ろうが不快になろうが知ったこっちゃありませんが、ストレスを溜めた兄嫁が流産などしたら大変です。

でも、そのおかげで親の顔色を伺う事なくたくさんお酒が飲めました。


そして翌朝。爽やかな朝日を浴びつつ私は目を覚ましました。


街の人達から聞きたい話も全部聞けたし、今日王都に帰ろうと思います。アーベラさんもお嬢様が何か騒ぎを起こしていないだろうかとすごく心配していましたしね。


そう考えると、王都の人達の顔が次々と浮かんで来ました。

たった一日しか、離れていないというのにもうみんなの事が懐かしいです。

まだ十日ほどしか経っていないのに、王都のエーレンフロイト邸は私の『帰る場所』になったのだな。と思いました。


すごく不思議です。

十日前は、泣きながらこの街を出て行ったのに、今日は幸せな気持ちで街を出て行きます。


レベッカお嬢様をはじめとする、たくさんの優しい人達のおかげなのだと思い、私自身も誰かにとってのそんな人になりたいと。

今回の里帰りで私は思いを新たにしました。


里帰りできて良かった。心からそう思いました。


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