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ミリヤムの記憶

「えー!知ってるって、何で?どこで?どうして⁉︎」


「・・あ、いえ。レベッカ様のご親戚の方かどうかはわかりませんし。同じ名前の別人かも。」

「それでもいい!とにかく今はどんな手がかりでもいいから欲しいの。どこで会ったの?」

私はずずい!とミリヤムに詰め寄った。


「故郷の街でです。貴族様のお屋敷にパンの配達に行って。」

「何て貴族?」

「ガルトゥーンダウム伯爵邸です。」

「んええっ⁉︎」

ミリヤムの話を要約するとこういう事だった。



湖水地方にあるミリヤムの生まれ故郷は、風光明媚な土地で貴族の別荘が多い。しかし常にその街で暮らしている街の元々の住人の数は100人にも満たない。なので住人は全員顔見知りだ。城壁に囲まれた街の中に余所者がやって来ると、カバを背負って歩くくらい目立つそうだ。


しかも周期的にやって来る『余所者』は別荘を利用する貴族だ。平民が貴族を怒らせたら恐ろしい事になる。なので、『余所者』がやって来ると、光の速さで街の中を情報が駆け巡る。名前、階級、人数、推定滞在日数、怒らせたら厄介な相手か、立派な人間か、ファンタジスタ級のバカか。といった情報を全住人が共有するのだ。保身の為に。


そしてある日、貴族がまたミリヤムの街にやって来た。20人以上の集団だった。突然、街の総人口が二割以上増えたのだ。その貴族がしみったれでなかったら、街全体が潤う事になる。特にパン屋と酒場は大きな影響を受ける。


貴族が暮らし始めたのは、ガルトゥーンダウム伯爵の別荘だった。ガルトゥーンダウム伯爵家は五年くらい前に破産しかけて、それ以来不動産のコンサルタントに頼んで貸別荘事業を営んでいた。その為、年に三組くらい貴族や富豪の借り手がやって来る。久しぶりにやって来た借主は見るからに貧乏そうな集団だった。質の良い服を着て宝石をじゃらじゃらつけていても、他の所を見れば経済状況はわかる。ガタのきているボロ馬車をやせ細った馬に引かせ、使用人達の質も悪い。そもそも、複数ある貸別荘の中でガルトゥーンダウム家の別荘は最も老朽化が進んでおり最安値なのだ。


案の定、その借主は街の中で一番安くてマズいパン屋にパンを毎日届けるよう言って来たそうだ。しかも一番安いパンである。

使用人達は自分達の給料がいかに安いかを、酒場で酒を飲みながら切々とクダを巻いた。

結果、翌日には街の全住民が、ガルトゥーンダウム家の貸別荘にいるのはネーボムク準男爵という準貴族で、同行しているのはブラウンツヴァイクラントからの亡命者だ。という事を知っていた。


使用人達は毎日酒場に入り浸っていたし、準男爵夫婦も時々外出したが、ブラウンツヴァイクラント人達は全く外に出てこなかった。なので街の大人達は、実はそのブラウンツヴァイクラント人達は犯罪者なのでは?とか、有名な芸能人なのでは?とか、殺されて庭に埋められたのでは?とか、よるとさわると噂した。


だが、ミリヤムは噂話の輪の中に入らなかった。同じ時期に兄が嫁を連れていきなり実家に帰って来たので、それどころではなかったのだ。そのうえ、ミリヤムは王都に奉公に行く事になった。準備に忙しいミリヤムは噂話を拝聴するひまがなかった。


そして王都に出発する日。ミリヤムの家のパン屋にパンの配達に来るようネーボムク家から指示があった。安くてマズいパン屋は店主が怪我をして急に休業したのだ。

ミリヤムはその日朝から、お世話になった人や友達にお別れがてらパンを配る為パンを焼いていた。そしてそのパンを配るついでに、ネーボムク家に行くよう親に指示された。ミリヤムは友人宅を一軒一軒回ったが、何かの時の予備の為2つパンを多めにカゴの中に入れていた。そして何の不測の事態も起こらず、最後の届け先であるネーボムク準男爵のいる別荘についた時、カゴの中にはパンが2つ余っていた。


感じの悪いメイド頭に注文分のパンを渡し、ミリヤムは帰途につこうとした。

別荘の中は草ぼうぼうだった。時々ガサっと音がするのはイタチかテンでもいるのだろう。イタチはほんと困るのよねえ。飼っているニワトリを襲うから。と歩きながら考えた。


と、そこで庭を散歩中だったらしいブラウンツヴァイクラント人の女性二人と出会った。二人は実の姉妹だった。自分は今日街を出ていくから二度と会う事の無い相手だと思いミリヤムはフランクな態度で二人に接した。だが二人は怒らなかった。清楚な微笑み方をする上品な貴婦人達で、ネーボムク準男爵の知人だなんてとても信じられない人達だった。


二人の名前は難なく聞き出せた。噂好きのおばちゃん達に教えてあげようと思って、名前はしっかり記憶した。姉の方がエマ・フォン・ロベルティアで、妹の方がリナ・フォン、エーデルフェルトだった。


二人が感じの良い人達だったので、ミリヤムはふっと思いついた。

余っている二つのパンをあげようかな。普段食べているパンより美味しいパンを食べたら、うちの方の常連になってくれるかもしれない。

それに持って帰るのも邪魔だった。家に帰ったらすぐ出発である。家にパンを置いて王都に出発したら、このパンはたぶん兄に捨てられるだろう。


ミリヤムは二人にパンをプレゼントした。そしたら二人はものすごく喜んでくれた。正直、友人達の誰よりも喜んでくれたくらいだ。

だからこそ、その二人の事は強く記憶に残っていた。故郷の事を懐かしく思い返す時には、その二人の事もセットになって思い出した。



「というわけでして。でも、お嬢様の従姉妹でしょう?お嬢様よりはだいぶ年上に見えましたよ。」

「何歳くらいだったの?」

「えーと・・。髪型のせいで年がいっているように見えたのかもだけど、30歳くらいに見えました。」

「だったら私の従姉妹の可能性が高い。私の従姉妹達は二人共アラサーだから。」

「あらさあ?」

「私、その話をお母様に伝えて来るから。っていうか、ミリヤムも一緒に来て!」

私はミリヤムの手を引っ張って走り出した。

レベッカの従姉のリナが主役の『シュテルンベルクの花嫁』という作品も連載しています

今回の話は『シュテルンベルクの花嫁』の中の『パン屋の娘』のエピソードをミリヤム視点で書いた話です


どうか、そちらの方の作品も一度覗きに来てみてください

よろしくお願いします(^◇^)

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