長い旅(6)(サーシャ視点)
少し・・いや、かなりショックだった。
何がいけなかったのだろう⁉︎僕は何かを間違えたのだろうか?
何かヒンガリーラントでのお菓子作りにおける暗黙の了解の、何かがわからずに失敗してしまったのだろうか?そのせいで、侯爵夫人を怒らせて一ヶ月を待たずにここを追い払われる事になったらどうしよう?と目の前が真っ暗になる気持ちだった。
「おいしい。」
「本当においしい。」
と皆が口々にミリヤムの菓子を褒める。僕はいたたまれない気持ちになった。僕の横でナキアも不安そうにそわそわとしている。
「このお菓子は本当に素晴らしいわ。お茶会でも出したいから、我が家のオーブンでも焼けるよう腕を磨いて頂戴ね。」
と侯爵夫人が言われた。
「はい。精進します!」
とミリヤムは頭を下げた。
レベッカお嬢様は、ミリヤムのお菓子の『蓋』の部分をナイフで半分に切っていた。そしてその二つに分かれた蓋を本体のクリームの中にきゅっと刺した。
「首を切られた、ア・ヒ・ル。」
・・・。
「食べ物で残酷な遊びをするのではありませんーーっ!」
侯爵夫人が絶叫した。
びっくりした。
何というお嬢様だ!
だけど同時に気持ちもわかった。確かにお嬢様の皿の上にある菓子の形状は鳥の胴体と翼に見えた。首だけが無かった。
「いや、首の形に作った生地をはめ込んだらアヒルみたいに、というか白鳥みたいに見えないかなーと思ったの。そうだ、お母様。このお菓子は『白鳥クリーム』を略して『シュークリーム』と呼んだらどうかな?まだ名前がないらしいから。」
「私ではなくそういう事はミリヤムに聞きなさい。全く貴女はもう・・。」
「あ、えっと・・。素敵な名前です。私の故郷には大きな湖があっていっぱい白鳥がいるんです。だから嬉しいです。次に作る時は首も作ってみます。」
とミリヤムが言った。
「それにしても、こちらのタルトは美しいですね。花が咲いたみたいです。」
とリーシア様が突然言われた。
「本当に。食べるのがもったいないですわ。こんな絵のように美しいお菓子、ブランケンシュタイン公爵家やローテンベルガー公爵家でも出てきませんよ。」
とゾフィー様が言われた。
「・・私、食べたいです。」
とリーシア様が言われると、皆の間で笑いが起こった。
良かった。
誰も手をつけなかったのは『食べるのがもったいない』と思われていたからなんだ。
そう思って、心からほっとした。
侯爵夫人が菓子を手に取られた後、皆が次々と僕の作ったお菓子を手に取ってくれる。
「おいしい!タルト生地はサクサクだしフィリングも濃厚で。」
満面の笑みでリーシア様が言ってくださった。
「この小鳥も可愛い。何でできているのかしら?」
と侯爵夫人も言ってくださった。
「でも、おいしいけど、どちらも桃のお菓子なのね。レモンやルバーブを使った酸味のあるお菓子も食べたかったわ。」
と侯爵夫人が少し残念そうに言われた。レベッカ様がすぐさま答えられた。
「私が桃が好きって言ったの。あと、酸っぱい果物は嫌いだって。」
「レモンがエーレンフロイト領の特産品なのよ!酸っぱい果物が嫌いとか口に出さないで頂戴っ!」
侯爵夫人がまた怒りの声をあげた。
「はは。」
とレベッカ様は笑って肩をすくめた。まるでこたえている様子がない。僕もそれほどたくさんの貴族を知っているわけではないが、レベッカ様は随分と変わったお嬢様だな、と思う。
後で第二王子の婚約者なのだと聞かされて、少し・・いや、かなりびっくりした。
シュークリームのシューは本当はキャベツという意味なのだそうです
だけど、レベッカはこじつけで『シュークリーム』にしてしまいました
サーシャ視点の話はもう少し続きます
サーシャとミリヤムのおかげで、エーレンフロイト家のお菓子は思いっきりランクアップします(^ ^)