見た事の無いお菓子(2)
虫の苦手な方には非常に厳しい表現が出てきます
どうかご注意ください
いったい『見た事の無い見た目と食感のお菓子』ってどんなお菓子なのだろう?
パン屋さんが作っているのなら、ナタデココとかタピオカとかではないよね、たぶん。
気になる。気になって気になって他の事が考えられない。
私はクッションに顔を埋めて、ジタバタともがいた。
『文子』は田舎暮らしをしていたが、ネットでお取り寄せすれば都会の品物でも取り寄せられる社会に住んでいたのでいろんなお菓子を食べた事がある。
スポンジケーキ、パウンドケーキ、シフォンケーキ、チーズケーキ、パイにクッキーにクレープにバウムクーヘン。プリンに羊羹にアイスクリーム。
そしてこれらの菓子はヒンガリーラントにもある。
他にもマカロンの下位互換品とか、カヌレもどきとかもある。本物のカヌレはラム酒で作るのだが、こっちの世界にはラム酒が無いのだ。ラム酒はサトウキビから作られるのだが、サトウキビが貴重品過ぎてラム酒が作れないのだと思う。だからカヌレもどきにはワインやブランデーが入れられている。
私がこちらの世界に戻って来て食べられない菓子の筆頭はチョコレートだ。
しかし、ヒンガリーラントの田舎町にカカオの木が生えていてチョコレートが作られているなんてそんな事があるだろうか?
他に食べた事の無い菓子といえばゼラチンで作るゼリーやババロア、ベーキングパウダーで膨らませるマフィンやスコーン、油で揚げるドーナツやチュロス・・・。
ああ、もう考えれば考えるほどその未知なるお菓子の事で頭がいっぱいになる。
もしかしたらお母様が私への罰として大袈裟に言っているだけかもしれない。
食べてみたら、なーんだ、こんなもんか。と言いたくなるようなショボい菓子かもしれない。
と、私はまるでイソップ寓話に出てくるキツネのような事を考えた。どれだけジャンプしても届かなかったブドウを「ふん、あのブドウはどうせ酸っぱいに決まっている!」と負け惜しみを言ったキツネさんだ。
そうだ、きっとショボい菓子だ。
と思った一秒後には「食べた事の無いお菓子が食べてみたいよー」と気持ちが落ち込みうなだれてしまった。
もしかしたら、文子だった頃にさえ食べた事のないすごい菓子なのかもしれない!
だいたい、私のした事ってそんなイケナイ事かっ!
と私は思った。
目の前にでっかいGがいて、友達が「きゃー」って悲鳴あげてたんだよ。Gはいろんな病気を運ぶ害虫なんだよ!
そもそも一番悪いのは、叙勲式でGを放った犯人じゃない!ポケットに入れて会場に持ち込むとかどうかしてるよ‼︎
犯人の男は最初自分はやっていない!としらばっくれたそうだが、複数の目撃情報があったうえ、もう一匹袋に入れてポケットの中に入れていたそうで、結局騎士団に逮捕された。収監された場所はクレマチスの塔ではなく、ゴ◯ブ◯やトコジ◯ミがうじゃうじゃいる一般牢だという。
男はアーベルマイヤー伯爵夫人の甥だったらしい。騎士団の取り調べで
「アーベルマイヤー夫人に命令されたからやった。」
と言ったそうだが、アーベルマイヤー夫人は全否定したそうだ。
だがどちらにしろ、甥の罪は叔母の罪でもある。アーベルマイヤー夫婦には三十年間王宮に出入り禁止という沙汰が下った。
ただエリーゼ様が言っていたが、こういう嫌がらせはパーティーでは時々あるものらしい。
そんな状況でも冷静に対処できるかが主催者の腕の見せどころだそうで、そう考えると私のした事って、褒められこそすれ叱られるような事じゃないと思うのですけれど!
お母様には「反省しろ」と言われたが、考えれば考えるほど反省する気にならず、私はベッドに寝転びジタバタと手足を動かすのだった。
そうして鬱鬱と過ごす事、五日。
「ベッキー様。」
「ベッキー様ー!」
満面の笑みでユリアとコルネが私の部屋にやって来た。
「んあっ?」
と私は不機嫌な声をあげた。八つ当たりをするのは見苦しいとわかってはいるけれど、今はとても人に気を使える精神状態ではないし愛想良くもできない。
「ベッキー様。湖水地方のパン屋さんで売っているというお菓子買って来ました。」
「私も、私もです!ベッキー様の為に買って来たんです。」
ユリアとコルネが押し合いへし合い、正方形の木の箱を持って私の前に立ってそう言った。
「買って来たって、どうやって⁉︎」
私はびっくりして尋ねた。
この二人はこの五日間、ずっと屋敷の中にいたはずである。
「ベッキー様。うちは商家ですよ。レーリヒ支店の支店長に頼んで買って来てもらいました。」
「私はデリクさんとハルに頼んで、買いに行ってもらいました。」
とユリアとコルネが言う。私は
「えーっ!」
と叫んでしまった。
シュテルンベルク家の別荘があるという湖水地方は昔は行くのに馬車で四日かかったという。王都と別荘地の間に高い山があってその山を迂回しなくてはいけなかったからだ。
だが、数年前にその山に馬車が通れるトンネルが掘られた。その為、今では一日で別荘地に行く事ができるという。
但し、トンネルの通行税はバカ高い。金貨一枚かかるのだそうだ。行きと帰りの往復で通ると金貨二枚だ。庶民の給料二ヶ月分という額である。それに加えて菓子代と交通費がかかっているのだから、この菓子を買う為に莫大な費用がかかったはずだ。
「どうぞベッキー様食べてください!」
「私の方のを先に食べてください、ベッキー様!」
「いや、そんな・・・。」
「ベッキー様に食べて頂きたいんです。」
「ベッキー様に元気を出して欲しいんです。」
私は胸が熱くなった。
それと同時に、この五日間。私が落ち込んでいる事で、ユリアとコルネに心配をさせていたのだ、という事に気がついた。
そして思った。私にはなんて素晴らしい友達がいるのだろう。
思えば一周目の私には友達がいなかった。社交界デビューもせず家に閉じこもり、狭い世界に引きこもって孤独に暮らしていた。
なのに今の私には、こんなにも私の事を心配し気遣ってくれる友達がいる。泣きたいくらい嬉しかった。
「ありがとう。」
私は蓋のしてある木の箱を受け取った。
でも・・・。
「お母様の所に持って行ってくるよ。」
「えっ?」
「そんな事をしたら奥様に没収されてしまうのでは。」
確かにそうかもしれない。でも、それでも良かった。このお菓子をこっそり食べて、そしてそれがバレたらユリアとコルネがものすごくお母様に叱られるはずだ。そんな事になるのは嫌だった。
このお菓子はきちんとお母様の許しを得て、それから食べなければ意味がないと思ったのだ。
「ユーディット。お母様に面会を申し込んでくれる?」
私は側に控えていたユーディットにそう頼んだ。
勘の良い読者様の中にはお気付きの方もいるかもしれません
レベッカが羅列しているお菓子の中にアレが無い事を
ケーキ屋さんにもコンビニにもスーパーにも絶対あるアレ
店によってはセンターで並べているアレです
文子も月に二度は食べてました
答えは次話にて