叙勲式(4)(ルートヴィッヒ視点)
大変不快な表現が出て来ます
前話以上にアノ虫が苦手な方はご注意ください
な・・何つーモノを解き放つのだ。
毒グモやスズメバチのように殺傷能力は無いだろう。だが、女性達の視界に入ればスズメバチ以上のパニックが起こるはずだ。
何て陰険な嫌がらせなんだ!
おまえは、定食屋のスープにわざと持参した◯キ◯リを入れて大騒ぎするクレーマーか‼︎
騎士達にもわかったようだ。焦りの波動が伝わって来る。
ゴ◯◯リは仕事のできる◯キブ◯のようだった。一直線にベッキー達の方に向かって飛んで行く。そしてベッキーのすぐ側の壁にピトッと張りついた。うわ、こうやって見ると結構デカい。
一番最初に気がついたのは、ユリアーナ・レーリヒのようだ。口を手で押さえて、悲鳴を耐えている。数人の女子が異変に気づきユリアーナの視線を追った。
「キャーーー!」
と叫んだのは、ファールバッハ家のアグネスだ。その悲鳴に会場中の視線が集中する。まずい!大パニックが起こる。万が一にも、逃げようとする人達で群衆雪崩が起きないようにしなくては。
と僕が思うのと
「ベッキー!」
とエリーゼの鋭い声が飛ぶのが同時だった。
「はい!」
とベッキーは言い、同時に足を凄まじいスピードで壁に向けて蹴りあげた。バシイぃっ!という音が響き渡る。
まさに一撃必殺!
ゴ◯ブ◯は天に召された。
「嫌ーーーっ!」
と、ホラー系オペラのような悲鳴をどこかの誰かがあげた。ザワザワと式はまだ途中だと言うのにざわめきが大きくなる。後方にいる人の中には気づいてない人もいるらしい。その中で
「レベッカーーーっ!」
という大声が響き渡った。エーレンフロイト侯爵夫人の声だった。
ベッキーはまだ足を上げて壁を蹴った姿勢のままだ。ベッキーが足を下ろすと黒い塊がポトっと床に落ちる。数人の少女が
「ひいっ!」
と悲鳴をあげた。
「靴の汚れを落として来ます。」
と言ってベッキーは早足で会場の出口に向かった。
「待ちなさい、レベッカ!」
とエーレンフロイト侯爵夫人が叫んだ。
三秒後。慌てて、ユリアーナとコルネリアの二人がベッキーを追いかけて行った。
「うーん。」
という声をあげて、失神した御婦人がいた。
「キャーキャー!」
と今更悲鳴をあげだす人もいる。叫んでいる人の中には男もいるようだった。
近衞騎士達がゴ◯ブ◯を解き放った男を拘束した。
「な・・何をするんだ。」
と男はパニックを起こしている。ずーずーしい奴め!こんな騒ぎを起こしておいてっ!
「静粛に!」
と、父上の侍従長が声をあげた。それでも騒ぎは五分近く収まらず、その後勲章授与式は再開した。
ベッキー、大丈夫だろうか?
心配で心配でたまらなかった。だけど、式が終わるまで動くわけにはいかない。時間よ、さっさと進んでくれ。さもなきゃいっそ止まってくれ!
ようやく授与式が終わり、僕は駆け出そうとした。そんな僕に父上が声をかける。
「五分で戻れ。クラウスの事で発表がある。」
そういえばそれもあるのだった。僕は「はい」と言って、会場を駆け出した。
どこに行ったのだろう、ベッキー?
王宮は広い。五分では探せる場所にも限りがある。僕は『侯爵家専用』の控え室に向かった。男爵家だと、たくさんあり過ぎるので複数の控え室があるが、侯爵家の控え室は一つだ。
僕は勢いよく、控え室のドアを開けた。
広くて豪華な部屋。その中央にあるソファーに、若い女性が座っていた。僕の位置からは後ろ姿しか見えない。ドアを開ける音に気がついたのか女性が振り返った。
心臓が止まるかと思った!
ジークレヒト・・・。
と言いそうになった。その女性はジークレヒトが女装していると言われても信じられるほどジークレヒトとそっくりだった。長い髪と広く開いた胸元の慎ましい谷間が見えたので女性だとわかったが、幽霊が出たのかと思うほどジークレヒトとそっくりな女性だった。
女性は僕を見て眉をひそめた。僕には彼女が誰かわかる。でも、彼女は僕が誰かわからないのだろう。
「・・いきなり失礼した。もしかしてヒルデブラント家のジークルーネ殿だろうか?」
「・・・。」
「僕の名前はルートヴィッヒ。王国の第二王子だ。」
「知ってますけど。」
「・・・。」
「・・・。」
「エーレンフロイト家のレベッカ姫を知らないだろうか?」
「幼馴染ですけど。」
そんな事は聞いていない!
「ここに来ていないだろうか?」
「彼女に何かあったのですか?」
この返答からして来ていないようだ。
「来ていないならいい。失礼する。」
何というか、会話が盛り上がらない人だ。自己紹介もしなけりゃ挨拶もしない。礼儀知らずというか随分と変わった人のようだ。
だいたい、婚約者以外の女性と同じ部屋に二人きりでいる所を人に見られたらまずい事になる。僕はドアを閉めた。
何だか胸がざわっとした。ジークレヒトとそっくり過ぎるからだろうか?どこか忘れられない人だった。
あんな人が側にいたらベッキーも、いつまでもジークレヒトの事を忘れられないだろう。そう思うと苦しいような気がした。
・・もう戻らないと。
というかあの人は、広間に戻らないのだろうか?自分の家の後継者が発表されるのに。
ぐるぐる考えていると
「ルートヴィッヒ殿下。」
と背後から声をかけられた。振り返ると知らない男が立っていた。年は20代だろうか。きちんと櫛で分けられた髪に細身のメガネをかけたシュッとした男だった。
「突然お声をかけてしまった無礼をどうかお許しください。」
確かに不敬な行動である、知らない顔という事もあり僕は警戒を強めた。
「何者だ?」
「わたくしは、アルフレート・フォン・ガルトゥーンダウムと申します。」
「ガルトゥーンダウム伯爵か?」
と僕は聞いた。ガルトゥーンダウム家は当主も後継者も粛正された。新しい伯爵には遠い分家の当主がなったはずだ。ガルトゥーンダウム家は破産寸前の家門だった。なので、ある程度の私財を持っている人間が新しい当主に選ばれた。新しいガルトゥーンダウム伯爵は投資で成功し、そこそこの財産を持っている人だった。
「実はある御方より殿下に渡して欲しいと手紙をお預かりしているのです。」
そう言って巻物型の手紙を差し出して来た。
巻物型の手紙は珍しい。今、ヒンガリーラントでやり取りされる手紙は、ほぼほぼ封筒型だ。巻物型の手紙なんて久しぶりに見た。
「誰からだ。」
と僕は聞いた。伯爵が言ったのは懐かしい名前だった。
「ブラウンツヴァイクラントのララ公女殿下でございます。」
《おまけ》
ジークルーネは、ルートヴィッヒが出て行ったドアをじっと見つめていた。
もぞっ。
と、向かいのソファーの背後から気配がする。
「王子殿下、行ったよ。」
とジークルーネが言うと、ひょこ、ひょこ、ひょこっとレベッカ、ユリア、コルネが出て来た。
「あー、びっくりした。ありがとね。」
とレベッカが言う。
「どういたしまして。」
と言いながらもジークルーネは首を傾げた
「別に隠れる必要ないと思うけどね。ベッキーが畑を作っていた頃昆虫を大量虐殺していた事は殿下も知ってるっしょ。」
「でもゴ◯ブ◯って、レベルが違う虫じゃない?」
「そうかねえ。私は蝶を壁に飾る為に殺す奴の方がヤバい奴だと思うけどね。」
それはそうかもしれないが、でも今は会いたくなかった。怒られるのが怖かったし、あの美しい顔を不快そうにしかめられる事が何だか怖かった。
レベッカはため息をついた。ルートヴィッヒ王子との仲がまた一歩遠ざかったような気がする。その事実に何故かため息が出た。
第八章終了です
最後の最後に強くはないけど嫌な敵との戦いが待っていました(^◇^;)
次話から第九章『ブラウンツヴァイクラントからの亡命者』になります
これからもどうか、どうかっ、作者とレベッカをよろしくお願いします!




