或る事件(5)(エリザベート視点)
資料を読みながら怒りで手の震えが止まりませんでした。頭の奥が痺れ、耳鳴りがします。
実行犯達は邪悪です。それと同時にどうしようもなく愚かだったのです。
その愚かさにつけ込んだ者がいる。
エディアルド・フォン・ハーゼンクレファー。今回も奴がやはり絡んでいる!
『光輝会』事件の時もそうでした。会を立ち上げ、愚か者達を図にのらせ、良識ある大人達に嫌われるよう仕向け、エレナローゼを唆して自滅させ、光輝会が自壊する前に自分だけがフェードアウトしたのです。
あの事件以後、ルートヴィッヒとフィリックスは道を違え、今だに仲を修復させる事ができていません。
あの男は先代の女官長とも親交がありました。レオンハルトの虐待を見て見ぬふりをしていた女官長とです。
私は耳を押さえました。耳鳴りが止まりません。
勿論、奴はアロイジウス達の告白を否定しました。
そんな事言っていませんよと。
義母であるハーゼンクレファー公爵夫人レティーツアは怒り、猛抗議しました。
あの心優しいエディーがそんな事を言うわけがないでしょ!と。
言った、言わない。というのは所詮水掛け論です。
ただ、本当に言ったとしても略取教唆の罪に問えるかというと、それは微妙な問題です。
「そういう事をしている人もいる」と言っただけで「やれ」と言ったわけではないからです。
司法省は、アヒトフェルやレスティウスからも話が聞きたかったようですが、ディッセンドルフ、ハーゼンクレファー両公爵は二人をさっさとゴールドワルドラントに戻してしまいました。
ゴールドワルドラントは、天然痘が大流行した今でも尚、西大陸最大の強国です。ゴールドワルドラントの内政に干渉する事も、彼の地の貴族の子弟達が性犯罪に関わっているのでは?と抗議する事もできません。ゴールドワルドラントにいる限り、アヒトフェルとレスティウスの二人に手を出す事はできないのです。
しかし、それは彼らがゴールドワルドラントからもう出る事ができなくなったという事でもあります。
無実である事を証明する事なく逃げた二人にはこれから常に悪評がついてまわります。
しかし無実である事、つまり『やっていない』という事を証明する事は『悪魔の証明』であり事実上不可能なのです。
それでも、彼らはエーレンフロイト侯爵が司法大臣であり続ける限り、もう二度とヒンガリーラントに戻って来る事はできないでしょう。
公爵家の有力な後継者であった二人が、事実上国外追放の身となったのです。
戦争は回避できました。コンラートやジークルーネが死ぬ事はこれでないでしょう。
しかし、その代わりに十何人もの男達がヒンガリーラントの貴族社会から消えたのです。
今回の事件でディッセンドルフ公爵は右腕と左腕とも言える家門を失い、跡取りも失いました。
跡取りを取り戻す為にはエーレンフロイト家を破滅させねばなりません。
両家の戦いは更に熾烈を極める事になるはずです。
私は目を閉じました。
アレミリューラの声が耳の奥で響いています。
「エディアルドはアウグスティアンよ。エディアルドはいつか必ずこの国を滅ぼすわ。」
アロイジウス達を唆したエディアルドは、彼らの行動が成功してもしなくてもどちらでも良かったのでしょう。
失敗すれば、男達は罰を受け王妃派が力を失い国が荒れる。
成功すれば、戦争に発展する。
どちらであっても彼にとっては成功です。
彼は人を不幸にして、それを眺めるのが何よりも好きなのですから。
彼が暗躍を続ける限り、あとどれほどの人達が苦しみ消えていく事になるのでしょうか。
私は手元の書類を封筒に入れ、机の引き出しにしまい鍵をかけました。
一つの事件が終わりました。
次の事件の為に備えておかなければなりません。
エリーゼ様視点の話、終了です。
次話からは、ルートヴィッヒ視点の話になります。それでこの章は終了予定です。
最近さっぱりヒロインが出てこなくなり、主人公感が薄くなってしまいました(~_~;)
次章こそは!
と思っておりますので、どうか応援よろしくお願いします‼︎