或る事件(4)(エリザベート視点)
非常に胸の悪くなる内容になっております
般若の形相で資料を読んでいるエリーゼ様を想像しながらお読みください
この事件について聞いた人はまず下卑た笑いを浮かべ、「あの年代の男の子の性欲はエグいから」と言います。
でも、私はそういう問題ではないと思っています。性欲を処理したいだけならば性風俗店へ行けば良いのです。こういった犯罪には女性に対する蔑視。更に言うなら憎悪のようなものが関係していると思います。女性が好きだからこんな事件を起こしたのではなく、むしろ女性が憎い、支配したい。と思っているのではないかと思うのです。
更に綿密に立てられた計画に、フィクサーの存在を感じます。
彼らは初犯でした。その割に上手くいき過ぎているのです。
私が「地下室に女の子が監禁されている」という噂をばら撒き、それを聞いたジークが使用人から情報を集めていなければおそらく成功したはずです。麻薬を手に入れたり、門番を懐柔したりする必要がある事を誰かに教えられたはずなのです。
私は重ねられた紙をめくりました。
犯人達の自己中心的で残酷な性格は幼い頃からのようです。そんな彼らがつるむ事で、お互いに悪い方へ悪い方へ影響し合ったようですが、決定的な事が起きたのはたった二ヶ月前の事のようです。
ディッセンドルフ公爵家のアヒトフェルとハーゼンクレファー公爵家のレスティウスが、留学先のゴールドワルドラントから戻って来たのです。
二人はアロイジウス達より年上です。身分もはるかに上位です。二人は、アカデミーを卒業した後大国ゴールドワルドラントの大学に留学していました。そこで伝染病の流行に巻き込まれ実に三年ぶりにヒンガリーラントに戻って来たのです。
先輩風を吹かせる二人は後輩達を遊びに誘いました。よりにもよって『歓びの館』に連れて行ったのです。
『歓びの館』は王都一と称えられる高級娼館です。在籍している娼婦の全てが高級娼婦です。
伝染病禍で青春を過ごし、娼館などに行った事の無い若者達には目も眩むような世界だったでしょう。
「一流の人間になる為には、一流を知らなくてはね。」
とアヒトフェルは言ったそうです。その言葉が彼らの自尊心に大きく働きかけた事は間違いありません。
悪い方に。
しばらくすると、アヒトフェルとレスティウスはそれぞれの領地に戻って行きました。すっかり『歓びの館』の虜になってしまったアロイジウス達は、また『歓びの館』に行きました。しかし、アロイジウス達は相手にしてもらえませんでした。
彼らは高級娼婦というものを、わかっていなかったのです。
彼女達は、一度会ってみて「こいつは駄目だ」と思った者と二度と会う事はないのです。
一度目は紹介者の立場もありますし、もしかしたら今後の上客になってくれるかもしれないので会うでしょう。
と言っても会うだけです。お茶や酒を飲み話をし、音楽や踊りを披露するだけで、私室に泊めてくれる事はあり得ません。
そして、一度会って『気に入らない』と思った客と二度と会う事はありません。彼女達の元には、一目会いたい。お茶を飲むだけでいい。と思っている男達が一晩で何百人も訪れるのです。その中から、娼婦の方が客を選んでいるのです。
爵位や莫大な個人財産を持っているわけでもない、容姿も頭も会話のテクニックも三流の、一緒にいても腹が立つだけのおガキ様にかける時間は彼女達には一秒だってないのです。
それをアロイジウス達はわかっていませんでした。さりげなく系列の二流店を男性支配人に斡旋され激怒しました。しかし、怒ってみても何にもなりません。
なまじ最初に超一流店に連れて行かれて、二流店に回されるなど誇りが許しませんでした。周囲に『歓びの館』に行った事を言いふらして自慢していたので、娼婦に相手にされずに通う店の格を落としたなどと人に知られたら笑いものになるでしょう。アヒトフェル達に対する意地もあります。
元々彼らは、社交界の女性達からも不人気でした。傲慢で粗暴な性格のうえブ男だったからです。
貴族の娘達から相手にされず鬱屈を溜めていたところに、美しく妖艶な女性達に優しくされて承認欲求を満たされていたのに、彼女達からも相手にされなくなった事で、ますます不満を抱くようになりました。
所詮、娼婦のくせに。
というか、所詮、女のくせに!
と。
そしておそらくそれで、女性に対する憎しみと支配欲を増し加えていったのでしょう。
そんな彼らに、やはりゴールドワルドラントに留学していて、レスティウスらから少し遅れてヒンガリーラントに戻って来たエディアルドが言いました。
「娼館通いなんかしてるの?そんな遊び、ゴールドワルドラントじゃ二流だよ。ゴールドワルドラントの上級貴族やレスティウス達はもっと楽しい遊びをしているんだ。その事はレスティウス達は話さなかったのか?性格悪いなあ。」
『もっと楽しい遊び』とは何か、アロイジウス達は聞きました。
エディアルドはなかなか口を割らなかったようです。
しかし、やがて根負けしたように話し始めました。
「素人の女の子を誘拐して、楽しむのさ。」
エディアルドは爽やかに笑ってそう言ったそうです。
「娼婦と違って、絶対性病を持っていないからむしろ安全だろ。攫う時に薬を使って抵抗できないようにするんだ。そのうえで本人に殺されるか犯されるかを選ばせる。そしたら女の子は100%殺されない方を選ぶ。こうしておけば後から文句を言われても、自分がそっちを選んで同意したんじゃないかと言って黙らせられるんだ。それに、自分はもう生娘ではありません。って自分から言いふらす女の子は絶対いないからね。でも、一応攫う女の子は外国人の方がいい。市民権を持っている女は、後からやかましく騒ぎ立てる事もあるけれど、外国人の女は、ぎゃあぎゃあ騒いでも誰も耳を貸さないから。」
その囁きは、女性に対する憎しみと汚らわしい性欲とで破裂しそうになっていた男達の心に甘い毒のように染み込んだのです。
ゴールドワルドラントの貴族達やレスティウス達もやっている。そして成功している。
教えてくれなかったのは、それがもっと楽しい事だからだ。
彼らはそれを信じました。
エディアルドは更に言いました。
「門番や馬車の御者、寄宿舎の従僕達を懐柔もしくは脅して口止めをしておくんだよ。君達の『力』を認めてくれている人達なら喜んで協力する。口止めに成功するかどうかが君らの力のバロメーターなんだ。」
この言葉が、彼らのプライドに火を点けたようです。
口止めと懐柔に失敗すればやめればよい。成功すれば全てが成功する。
そして、彼らは口止めに成功したのです。
彼らに意外にも『力』や『才能』があったのか?それとも、エディアルドか誰かが裏で手を回していたのか?
兎にも角にも彼らは成功してしまいました。
誰も彼らを止める者がなかった、という事にただ憤りを感じます。
口止めの成功は彼らに自信を与えました。そして彼らは邪悪な行いへと突き進んで行ったのです。