親族会議(4)(テリュース視点)
「リーシア様!」
と叫んで、リーシアの侍女のエイラがリーシアを突き飛ばした。二人は折り重なって床に倒れた。エイラの足元10センチの場所で、花瓶が割れ砕けた。あふれ出る水がエイラの靴を濡らした。
「リーシア様!エイラさん‼︎大丈夫⁉︎」
リールクロイツ夫人が二人の側にひざまづく。二人は呆然として、すぐには立ち上がれないようだった。
「リーシア!ああ、何て事だ。大丈夫か?」
と言ってナスタジオがリーシアに駆け寄り、いきなり抱きしめた。リールクロイツ夫人が青筋を浮かべて二人を引っぺがした。
僕もまた呆然として二階を見ていた。声を聞いたからその人物がマレーネだとわかった。でも見ただけではマレーネだとわからなかっただろう。
病というものはここまで人の容色を変えるものなのか!
女性の醜さを懇切丁寧、具体的に説明するのは褒められた行為ではないのでやめておく。ただナスタジオの
「・・・化物!」
という声が全てを表していた。とだけ言っておく。
三年前は、花の妖精のように美しかったのに、病気はなんと残酷なものなのだろうか。
「マレーネ。部屋で休んでおくようにと言ったじゃないか!」
とアルノーが言った。その口振りから、彼がマレーネの事を邪険にしているのがわかった。今も、不快そうに顔をしかめてマレーネの顔を見ようとしない。三年前はあんなにも可愛がっていたのに。
「おまえなんか!」
マレーネが髪を振り乱して叫んでた。
「おまえなんか。おまえなんて!何がデイムよ。ただ仲間の女の後ろでうろうろしていただけの役立たずのくせに!おまえなんて・・・。」
「貴様!」
と叫んで父が階段を駆け上がって行った。
「デイムに何をするかっ!」
そう叫んで渾身の力で、マレーネの顔に平手打ちをくらわせた。マレーネの体が1メートルくらい吹っ飛んだ。
「きゃああっ!」
と叫んだのはベロニカ夫人だ。
「ひどい。あんまりですわ!伯爵様。」
とベロニカ夫人が猛抗議する。
僕はしらーっとなってしまった。元々ひどい事をしたのはマレーネだ。花瓶を二階から投げつけるだなんて。頭に直撃すれば死んでいたかもしれないのだ。
それに、ベロニカ夫人はもっとひどい暴力を三年前リーシアにふるっていたのだ。自分達が振るわれる側になって大騒ぎするのは、図々しいと思う。
その思いは「マレーネお嬢様!」と言いつつ駆け寄って来た、メイド達を見てますます強くなった。若いメイドだったが、二人共顔に殴られた跡があった。
「この愚か者が!」
と父が言うと、マレーネは理解できない、という表情で目を見張った。
「なんで・・なんで、こんな事。私はリーシアとは違う・・特別な子なのに!」
『特別な子』
この考えがマレーネという人間をずっと形作っていたのだろう。リーシアやメイド達は下賤な人間で、自分は特別で上等な人間。リーシアがデイムになっても、それでもそう信じていたのだ。
「はは、確かに特別な化物だな。」
とナスタジオが笑った。
「ナスタジオ卿、あんまりですわ!女の子にそんな言葉。」
そう言ってベロニカ夫人が、わっと泣き出した。だが正直『悲劇の母』を演じることに酔っているようにしか見えない。
というか父上!マレーネを怒鳴り回していないで謝らせろよ‼︎
ベロニカ夫人もアルノーも、リーシアとエイラに謝れよ!
と思う。だけど駄目だ。こいつらは謝らないだろう。世の中には絶対に謝らない種類の人間というものがいるのだ。
だから僕が謝った。
「すまない、リーシア。僕がもっと早く気がついていたら。エイラ。リーシアを守ってくれてありがとう。」
僕は手を差し出し、リーシアはその手に手を重ねた。僕はリーシアを助け起こした。エイラにもリールクロイツ夫人が手を貸している。
「エイラ、ありがとう。怪我してない?」
「大丈夫です。リーシア様。」
「早く帰りましょう、こんな家!」
リールクロイツ夫人が目を吊り上げて叫んだ。
リーシアは僕の手にまだ手を重ねたままだった。そして僕の目を見て言った。
「馬車までエスコートをして頂けますか?」
「・・勿論です。喜んで。」
「僕も是非!」
とナスタジオが言ったが
「テリュース様だけで十分です。」
とリーシアが冷たく言った。
「待ってくれ、リーシア!」
と言いつつ父が二階から駆け降りてくる。二階では、わあわあと大きな声をあげてマレーネが泣いていた。
僕とリーシアとエイラとリールクロイツ夫人が部屋を出ると、マルクが僕らの後ろからついて部屋を出て来た。そしてバターンッ!と叩きつけるようにドアを閉めた。
「本当にごめん。嫌な思いをさせて。」
「テリュース様には不快な思いはさせられていません。どうか謝らないでください。」
リーシアが困ったように微笑んだ。至近距離で見るリーシアの美しさにドキッとした。
「テリュース様。」
「何、リーシア?」
「三年前、伯爵様と伯爵夫人は、私の所に訪ねて来た時、きちんと城壁の外の待機場所で二週間待機していたのでしょうか?」
「・・・え?」
突然の話題の転換に、頭がついていかない。
「もしも、何らかの不正を働いていたのだとしたら、離籍届けを出してご両親と縁を切ってください。」
リーシアは僕をじっと見つめて言った。表情は穏やかだった。
「不正を働いた誰かが、王都内に伝染病を持ち込んだのです。ですので国王陛下は、不正を働いた人に厳しい処分をこれから下されます。」
「・・・厳しい処分。」
「陛下は既に不正の仲介業者の名簿を手に入れておられるそうです。それに、城壁の外にたどり着いた日にちは医療省の検疫官が記録しています。それから二週間以内に王都内で目撃情報があれば、不正はすぐにバレます。」
父上と母上は、王都の屋敷についてすぐエーレンフロイト邸に行き、エーレンフロイト令嬢と医療大臣の姉上に会っている。証人としてこれ以上の人はいないだろう。
「どのくらい厳しい処分が降りるのだろうか?」
「・・極刑です。ただし、自ら罪を告白し反省をする人は罪を幾らか減じられるそうです。」
「・・・・。」
「離籍をし、家族に代わって罪を告発すれば連座を免れる事ができます。身分や財産を守る事もできます。エーベルリン男爵の長子は離籍していたので、連座を免れ財産を相続しました。」
「・・・・。」
「愛する家族と共に生き共に死ぬ事も一つの生き方です。でも、私はテリュース様に死んで欲しくはありません。それにデューリンガー家が滅門すれば家臣達も皆路頭に迷う事になります。」
僕だって死にたくはない。
ある意味、一ヶ月前なら、家族を裏切れない。死ぬ時は一緒だ。とか、そんな理想論を口にしたかもしれない。
だが、ヒルデブラント卿に関係した大々的な粛正を見た後で、そんな綺麗事は言えなかった。
僕は臆病な人間だ。公開処刑を見に行く事はできなかった。だが裁判は傍聴した。直接罪を犯したわけではない三親等内の親族達が死刑判決を受け、絶望の悲鳴をあげ崩れ落ちる姿をいくつも見た。恐ろしい光景だった。
自分がそうなるところなど、恐ろしすぎて想像もできなかった。
リーシアは王族や司法省と近い人間だ。情報に偽りはないだろう。
リーシアは黙り込んだ僕の顔を痛ましい表情で見ていた。
「それでは、これで失礼致します。」
そう言ってリーシアは馬車に乗り込み、デューリンガー邸を去って行った。




