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《155万pv突破!》侯爵令嬢レベッカの追想  殺人事件の被害者になりたくないので記憶を頼りに死亡フラグを折ってまわります  作者: 北村 清
第八章 ジークレヒト事件

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親族会議(3)(テリュース視点)

リーシアは17歳だ。

三年前はまだ幼い顔立ちだったが、背も伸びて表情も仕草も大人っぽくなっている。


三年前と同じようサイドテールにまとめた髪には、光を弾くようなほどの艶があった。肌は真珠のように瑞々しく、紅を指した唇は雪の中で咲く椿のように可憐だった。元々造作は整っていたが、表情や態度に気品と知性がにじみ出ていて、それがリーシアの容姿をより美しいものにしていた。


教育と環境で人はこんなにも変わるものなのか!

三年前は可愛いけれど、ちょっと弱々しい芋虫のような子だったのに、今の姿は光り輝く蝶のようだ。


ただ立っているだけ、指をすっと動かすだけでも香り立つような品がある。同い年の従兄弟のナスタジオはわかりやすく鼻の下を伸ばしてリーシアを見ていた。


リーシアの同伴者は二人だった。侍女のエイラと、リーシアの家庭教師をしているというリールクロイツ夫人だ。この夫人がまた、ものすごく気品と威厳がある。ベロニカ夫人やうちの母親と違って、本物の貴婦人。って感じの人だ。


「久しぶりだな、リーシア!会えて嬉しいぞ。」

はっはっは。と笑いながら父がリーシアに向かって手を広げる。もしかしたら抱きついて欲しかったのかもしれないが、リーシアは冷めた目で父を見返しただけだった。非の打ち所がないカーテシーをした後、リーシアは勧められたソファーに座った。ピンと背を伸ばして座る姿勢がとても美しかった。


メイドがお茶を淹れてくれたがリーシアは口をつけなかった。


「リーシア。いや、今はデイム・デューリンガーか。素晴らしいな。おまえはデューリンガー家の誇りだ。私はおまえを自慢に思うぞ。」

と父が朗らかな声で言う。


だから何?と内心思う。リーシアはデューリンガー家の名誉を高める為にデイムになったわけじゃない。こんな褒められ方をしたって嬉しくも何ともないだろう。実際リーシアの貼り付けたような微笑みは、そのセリフを聞いても1ミリも動かなかった。


だというのに、叔父達が相次いで追従の言葉をかける。なんか、リーシアの目がどんどんと冷たくなっていくような気がするのだが。


「おっしゃりたい事がそれだけでしたら、もう帰ってもよろしいですか?」

とリーシアが言った。父が慌てた表情をする。


「何もそう急ぐ事はないだろう。まだお茶も飲んでいないじゃないか。お互いの近況を・・・。」

「皆様の近況に興味がありません。もう他人になる方達ですもの。」

「リーシア!いったい、どうしたというのだ⁉︎一族の籍から抜けたいなどと。突然、そんな事を言われて私はとても驚いている。」

「手紙で報告した通りです。仲の良くない家族とと家族でい続けることはリスキーな事だと気がついたのです。」

「まるでおまえの家族や私が罪を犯すと言わんばかりではないか?そんな態度をとられて私はとても悲しいぞ。」


ふっ。とリーシアは冷めた笑いを浮かべた。


「伯爵様はご存知ではないのですか?義妹のマレーネは、天然痘の隔離病院で自分の世話をしてくれていたボランティアに手鏡を投げつけ大怪我をさせたのですよ。本来ならば、傷害罪及び殺人未遂罪で逮捕されるほどの怪我を負わせたのにそうならなかったのは、その時のマレーネが明日をも知れぬ命だったから、そして何より私が連座させられるからです。被害に遭われた方はマレーネを許してくれましたが、私はマレーネが許せません。あのような妹の姉でい続ける事は私にとって百害あって一利なしです。今後更に事件を起こされてから後悔をしても意味がありません。」

「なんとっ!」

と言って父がベロニカ夫人をにらみつけた。


ベロニカ夫人は哀れっぽく肩を振るわせている。

「そのような事、あの優しいマレーネがするわけありませんわ。そんな言葉で私達を陥れるなんて、そんなにも私達の事をデイムは憎んでおられますの?」

そう言ってハンカチで目を押さえすすり泣く。アルノーがベロニカ夫人の肩を抱き、リーシアをにらんだ。

三年前なら、その視線にリーシアは震えあがっただろう。だが今は微動だにしなかった。


「夫人はデイムが嘘をついているとおっしゃるのですか⁉︎」

リールクロイツ夫人が抗議の声を上げる。


「いいのです。先生。」

とリーシアは言った。

「いつもの論法です。こんな方達だから私は縁を切りたいと望んだのです。」


「リーシア!」

と父が慌てて言った。


「急いで結論を出すような事ではあるまい。このような事は慎重に慎重を期してだな。」

「私の気持ちは変わりません。」

「リーシア。おまえがそう言い張るなら、アルノー達家族を一族から放逐する。そのうえで私の養女になりなさい。リーシア。おまえは伯爵令嬢になるんだ。」

「そんな!何故、私達が!」

血相を変えてアルノーが叫んだ。


リーシアは微笑みを消し冷めた表情で父を見つめた。


「あの人達を放逐されるならどうぞご自由に。私には関係の無い事です。私はファーレンライトの姓を名乗りますので。」


「ファーレンライトと言ったら、セリーナの?」

と母が言った。セリーナというのはリーシアの実の母親の名前だ。


「既に、ロートブルクラントのファーレンライト伯爵家とは話をつけてあります。伯爵には快く受け入れて頂きました。」

「なっ!リーシア。あんな小国の姓など名乗ってはおまえが恥をかくだけだぞ。それにあまりにもその態度は薄情だと思わないのか?おまえがここまで成長したのもアカデミーで教育を受けられたのも我々がおまえを育てて来たからなのだぞ!」


いや、あんたは子育てに協力してないだろう。と思った。図々しい発言だ。


「それは違います。私が生きて来られたのも、アカデミーで学ぶ事ができたのも、全てはエーレンフロイト侯爵令嬢レベッカ様とセリーナお母様のおかげです。」

リーシアはきっぱりと言った。


「お母様がこの家を出て行った時、自分の花嫁持参金は私の養育費に使って欲しいと言って請求しなかったのでしょう。私が知らなかったと思っておられたんですか?」


僕は知らなかった。花嫁持参金は夫と離婚したり死別したりした時は返すのがルールだ。それを返さずにネコババするなんてみっともない真似、平民でもしないだろう。貴族として以前に人として終わっている。


「私の事を薄情な娘だと思って呆れているなら、どうか引き止めないで縁を切ってください。」

とリーシアは言った。

「そのような事思っていない。リーシア!我々は同じ血族ではないか‼︎」

父は目を血走らせて叫んだ。


違うだろ!


と僕は言いたかった。


リーシアが何の為に、会う必要も無い親族に会う気持ちになったのか?

リーシアは言い訳を聞かされたり、家族を切り捨てて欲しいわけじゃない。ただ、謝って欲しいんだ。

自分が受けて来た仕打ちに対し謝罪してもらえる事を期待していたのだ。


謝罪をするべき場面で言い訳をする事がこんなに醜い行為だとは・・・。

僕は、三年前の自分自身の態度を猛省した。エーレンフロイト姫君がテーブルを叩き割ったのも当然だった。


父もアルノーもベロニカ夫人も絶対謝らないだろう。空気の読めない僕でもわかる。リーシアの瞳に諦めと自嘲が揺らめいていた。


「ごめんね、リーシア。」

と僕は言った。


「僕達がだらしないせいでリーシアには辛い決断をさせてしまった。だけどリーシアがよく考えて決断をした事なら尊重する。これからは違う姓を名乗る立場になるが、もしも我が家の助力が必要な状況があったら遠慮なく言ってくれ。できる事なら何でもするから。」

「・・小伯爵様。」

「テリュースと呼んでくれ。親戚ではなくなっても知り合いであることには変わりないんだ。これからも顔を合わせたら挨拶くらいはして欲しい。今まで、たくさん苦しい思いをさせてしまって本当にすまなかった。君の未来がえあるものとなる事を祈っている。」

「ありがとうございます、テリュース様。」


「何を言っている、テリュース!」

父が唾を飛ばして叫んでた。リールクロイツ夫人が顔をしかめた。


「勝手な事を言うな!」

「父上、デイムの意志は固いようです。そして、離籍届は成人している貴族ならば誰でも自由に出す事ができます。誰の許可もいりません。デイムがもう決断しておられるのならその考えを尊重し、彼女の幸せを祈りましょう。」


「テリュース。それはあなたの考えなの⁉︎誰かに何か吹き込まれたのではないの?」

と母に聞かれた。


当たりだ。


マルクの言った事をオウムのように繰り返してみたのだ。僕は、人の気持ちがよくわからないし、あまり空気が読めない。なので今日、うっかり失言したりしないよう、マルクと事前に話し合っておいたのである。

だけど、マルクの発言に納得したから言っているのだ。僕は単なるオウムではない。


「私は、これで失礼します。」

と言ってリーシアが立ち上がった時だった。


「リーシア!」

矢のように鋭い声が頭上から響いた。僕はびっくりして、二階の方向を見上げた。マレーネの声だった。

そして二階の廊下にマレーネとおぼしき人が立っていて、髪を振り乱した状態で花が生けられた花瓶を振り上げていた。そして、その花瓶をリーシアに向けて投げつけて来たのである。


リールクロイツ夫人とは、モニカの事です。

アカデミーが再開した後も、モニカと養女のリゼラはエーレンフロイト邸で暮らしています。

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