親族会議(1)(テリュース視点)
レベッカの友人リーシアの、再従兄弟のテリュース視点の話になります
ヘレーネが国外追放された直後の時期の話です
庭のプラムの木にメジロがとまっていた。
白い花の蜜を吸う小鳥を、猫のリュールがじっと見ている。
「襲ったら駄目だよ。」
と言って僕はリュールの背中を撫でた。僕の言葉がわかっているかのようにリュールは「ニャー」と鳴いた。
青い空に美しい花。可愛い小鳥にもふもふの愛猫。平和で美しい春の日だった。
その美しさをぶち壊す、汚い中年の汚い声が背後から聞こえてくる。その声が発する考えは更に汚かった。
僕はリュールを抱き上げてため息をついた。
僕の名前は、テリュース・フォン・デューリンガーという。デューリンガー伯爵家の一人息子だ。そして、僕の耳に届く声はデューリンガー家の当主である僕の父の声だ。
父の最近の発言といえば、とにかく『金』の話ばかりなのである。
デューリンガー家は元々、貧乏な伯爵家だった。僕の祖父が金遣いの荒い人で、骨董品や美術品の収集で財産を乱費したからだ。
そして父は、祖父が大金と引き換えに手に入れたお宝を『賄賂』として、13議会と呼ばれる権力者集団に無償で渡してしまった。莫大な報酬を受け取れる13議会のメンバーに自分もなりたかったからだ。しかし、父はメンバーにはなれなかった。その為、我が家はますます貧乏になった。
伝染病の蔓延が更に貧乏に拍車をかけた。領地の税収が激減したのだ。
その少ない収益を、父はディッセンドルフ公爵に媚びる為ディッセンドルフ家の経営する銀行に預けた。しかし、その銀行は伝染病収束後倒産してしまった。
そして、トドメと言わんばかりに、貴族に『復興貴族税』がかけられたのである。
もう、完全に詰んだな。と僕は思っていた。
デューリンガー家は父の代でおしまいだ。僕が伯爵となる日は来ない。と思い、平民となった後どうやって暮らしていこうか?と僕は考えていた。父は金策に駆けずり回っていたが何の成果も無く、母は絶望して酒に逃避していた。
そんな中、父に希望を与える大ニュースが飛び込んで来た。父の従兄弟の娘であるリーシアに王室から『デイム』の称号が与えられたのだ。
『デイム』というのは、女性に爵位が与えられないヒンガリーラントで、女性に授けられる唯一のそして最大の貴族称号だ
リーシアは、伝染病が蔓延していた間、国中を友人達と共にボランティアとして巡り回った。その功績から女性にとって最大の名誉と言われる『デイム』の称号と報奨金が与えられたのである。
父は狂喜乱舞した。デイムに与えられる報奨金はかなりの額だ。勿論、それだけでは復興貴族税を全額払い切る事はできないが、デイムには終身年金も出る。それを担保にすれば金を借りる事ができるからだ。
更に、リーシアには縁談が殺到した。父は、それらの中でどれが最も条件が良いか毎日比較検討している。相手は大貴族でも平民の富豪でも構わない。最も好条件を出して来たところにリーシアを高く売りつけるつもりなのだ。もしも、制度として一妻多夫が許されるものなら、リーシアは幾人もの夫を持つ羽目になっただろう。
そんな上手い事いくものかね?と僕は思っている。
父上は、三年前の事を忘れているのだろうか?
そもそもリーシアは、父の娘でも養女でもない。同姓の従兄弟の娘だ。リーシアの実父と継母はリーシアを虐待し殺そうとした。
なので、リーシアは友人であるエーレンフロイト侯爵令嬢に助けを求め、彼女の元に逃げ込んだ。反エーレンフロイト派にすり寄っていた父は何とかリーシアを連れ戻そうとしたが、リーシアは言う事を聞かなかった。
そのリーシアが、今更父上を自分の上位者と認めて報奨金や終身年金をデューリンガー家の為に全額差し出し、素直に結婚するだろうか?
自分の側近にする為リーシアを教育している、エーレンフロイト姫君がそれを許すだろうか?
リーシアは気の弱い娘だが、エーレンフロイト姫君は気も腕っぷしも強い相手だ。つい最近でも、エリザベート公女に殴りかかろうとした男を一瞬で制圧した。という話である。父上が彼女を本気で怒らせたら、父上では権力でも腕力でも敵わないだろう。
だが、父は自信満々で言い放った。
「リーシアはデューリンガー家の娘だ。だから、当主である自分の命令を聞く義務がある。」
「義務ですか?」
「だいたいデューリンガー家が無くなれば、リーシアだって困るのだ。だから、デューリンガー家を存続させる為にリーシアだって喜んで協力するはずだ。」
リーシアが、どう困るのだろう?
と思うが僕は何も言わなかった。既に30分前父と一回大喧嘩をしている。僕は元々、謙虚な性格をしているので、一日に二度も大喧嘩をするのは精神的に辛い。というか面倒くさい。正直、もう知った事かと思っているし、父がリーシアに冷たくあしらわれて動揺するところを見るのを内心楽しみにしていたりもする。
父と喧嘩をした理由は、僕の婚約者の件でだ。
伯爵家の跡取りである僕には婚約者がいた。
と言っても、父が勝手に決めた相手だ。ディッセンドルフ公爵の派閥に入りたい父が平身低頭して公爵に頼み、派閥内の女性と婚約させてもらったのだ。
相手はエーベルリン男爵の親戚の娘だった。伯爵家である我が家の跡取りの婚約者が、男爵家のしかも分家の娘。というのは父には不満だったみたいだ。だけど、ディッセンドルフ公爵がそう決めた以上、ありがたくお話を頂戴するしかなかった。
僕的には身分よりも、婚約者の年齢が6歳という方が気になった。婚約をした時僕は19歳だった。
婚約を決めたのは、伝染病が大流行していた時期だ。なので僕と婚約者は直接会う事はなかった。
そして一度も会う事なく、婚約を解消した。
エーベルリン男爵の息子が大罪を犯し、父親共々処刑されたからだ。
婚約の解消も父が勝手に決めた。
それに対して僕が抗議をし、父に十倍怒鳴り返された。というのが喧嘩の内容である。
別に僕は幼女趣味ではないし、婚約者に対して特別な感情は持っていなかった。だが、婚約をした以上、道義的責任というものがあるはずだ。
実際婚約者殿は拙い文字で、僕に助けを求める手紙を書き送って来たのだ。父はそれを笑顔で破り裂いた。
エーベルリン家はもうおしまいだ。関わりを持っても何の利益も無い。というのが父の言い分だった。
そうだろうか?と僕は思っている。別にエーベルリン家は滅門をしたわけではないのだ。男爵の長男が、男爵家を相続したのである。
処刑されたエーベルリン男爵は10代で結婚したが、政略結婚で結婚当初から妻とは不仲だった。一男一女をもうけたが、男爵は愛人を作り妻を離婚して追い出した。その折に子供達とも、公証人をたてて正式に縁切りしている。男爵は愛人と結婚し、イシドールという息子が生まれた。男爵はその息子を溺愛していたが、その息子のせいで身を滅ぼしたのである。
男爵の長男と長女は、正式に縁切りをしていたおかげで連座を免れた。それでも、エーベルリン男爵の血を引く息子である。男爵位と領地を相続する事を王家に認められたのである。きっと離婚した妻と子供達は『ざまあ』と思っている事だろう。
新男爵の妻は裕福な商人の娘だ。エーベルリン家が今後どういうふうになっていくかはわからない。エーベルリン家とつながっている事に利益が無い、という考えはあまりにも短絡的ではないだろうか?
だけどもうどうしようもない。婚約は正式に破棄されてしまったし、元婚約者の友人やら関係者の間で僕は『氷の心臓の小伯爵』と罵られているのだそうだ。
自分を裏切った婚約者の兄と変わらぬ友情を築き、彼の為に命を張ったシュテルンベルク小伯爵と比較され、僕の評判は下落の一途である。
「大変です!」
と言いつつ、僕の秘書のマルクが僕と父のいる執務室に駆け込んで来た。あまりの大声に、枝にとまっていたメジロがどこかに行ってしまった。
「リーシア様が、御家族に離籍届けを突きつけたそうです!」




