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水飴と椿油(1)

そう、日本に古来より存在する甘味料。一休さんも大好きな『水飴』だ。


第39話で熱く語ったように、こちらの世界ではお砂糖がバカ高い。

蜂蜜は存在するし、お砂糖よりかはお安めだが、それでもやっぱり高級品だ。


砂糖が高いせいで研究が進まないのか、スイーツのクオリティーも悲しくなるほど低い。

下手をすると、王宮から下賜された物のように、『菓子は甘ければ甘いほど良い』みたいな勘違いした物が出回ったりする。


そんな世の中に、私は一石を投じてみせる。

水飴を作り、更に水飴を使った真においしい菓子を作り出してみせるのだ!


私は文子だった頃、高校の授業で水飴を作った事がある。家庭科の授業ではなく、理科の授業でだ。

『糖化』の実験である。


必要な材料は2つ。

もち米と乾燥麦芽だ。

澱粉とアミラーゼがあれば作れるらしいので、もち米が無ければ普通の米でもいいし、麦芽の代わりに大根の搾り汁でもよい。と、理科教師は言ったが、理科の授業で使ったのがもち米と乾燥大麦麦芽だったので、とりあえず1回目はこれで作る事にした。

というか、大麦はヒンガリーラントで簡単に手に入るし、もち米もユリアの実家に頼んだら手に入ったのだ。


不安だったのは、乾燥麦芽が自作できるかという事だったのだが(日本だと乾燥麦芽はネットで買えた。)できてしまったのだ。ふはははは。

大麦をひたひたの水に浸けて、冷暗所に置いておいたら、ちゃんと芽が出たのだ。

後は、冬の冷たい空気にさらして、大麦麦芽を乾燥させるだけである。


そのできあがった乾燥麦芽ともち米を煮込めば水飴ができるのである。

ただ、澱粉が糖化する最適な温度は60度くらいである。

日本で作った時は。60度の温度で保温できる電気ポットに入れて一晩放置した。

そういう便利グッズが無いので、かまどで沸騰させないように気をつけながら、長い時間煮込まなくてならない。

寄宿舎でできる作業ではないので、私は家に帰りたかった。そして、かなりめんどくさそうな作業になるので、ユリアに協力してもらおうと思っていたのである。


大麦は小麦より安い。そして、米も輸入品とはいえそれほど高価な物ではない。

その大麦と米で、蜂蜜モドキが作れると言うと、ユリアは目をキラキラとさせて話にのってきた。

最近の私達の会話はその事についてばっかりである。


そんな中での、お父様からの『お友達を連れて帰っておいで』コール。

天が私に『お金を稼ぎなさい。』と言ってくれているとしか思えん。


早速私は、週末に一緒に家へ帰ろう。とユリアを誘ってみた。

ユリアは

「私なんかが、本当に侯爵邸へお邪魔しても良いのですか?」

と言って喜んでくれた。

ユリアの家族は遠い街に住んでいるが、レーリヒ商会の支店長さんが、親の委任状を持っているので、支店長さんが迎えに来てくれたら外出できるのだ。


さっそく私は、お父様に手紙の返事を書いて、ユーディットに届けてもらう事にした。


その夜、私は夢を見た。

パリピなサングラスをかけて浮き輪に乗り、水飴のプールを泳ぐ、幸せな夢だった。




しかし、家に帰る前には、麦芽を乾燥させる以外にも準備がいる。


一番重要な準備は、台所を管理する料理長と、使用人の管理をする侍女長にゴマをする事だ。

いくら『お嬢様』とはいえ、料理長と侍女長の許可なく、台所で長時間の作業はできない。

それに、水飴作りは、後々事業化したいのだ。半永久的に台所を使わせてもらいたいのだから、喜んで協力してもらわなければ。


侍女長と料理長に喜んでもらう一番の方法は、『お土産を持って帰る』事だろう。

そのお土産は、実用的で珍しい物が良い。

お土産に関して、私は寄宿舎にある、ある物に注目していた。

寄宿舎の庭には、たくさんの椿の木が植えられていたのだ。


その椿の木には

「本当に良い刀は鞘の中に納まっている。」

と言いたくなるくらい、たくさん花が咲いている。

そして花だけでなく、たくさんの実もついているのだ。

その実は別に誰も収穫しないようだ。

ならば、それを搾って油をとってみよう!


椿油といえば日本では、弥生時代から美容オイルとして使われていた。

食用油としても高級品だし、某漫画によると火傷もすぐ治るくらい、薬としても優秀らしい。

季節はまだ冬なので、侍女長はもちろん、いつも水やお湯に触れる料理長の手は荒れているはずだ。

そんな侍女長と料理長、更に他の使用人さん達の為、椿油を搾って家に持って帰るのだ!


この世界では、油は貴重品だ。

そもそも需要が少ない。

揚げ物や炒め物といった、油を使う料理法がほぼ無いからだ。

需要が少なく、あまり売れないなら、農家さんは油を作らない。

菜種油や胡麻油を作るより、胡麻を売ったり、菜種を畑に植えて、キャベツやブロッコリーを収穫して売ったりする方がお金になるのだ。


それと、この世界には油の王たるオリーブが無い。

ユリアに確認したから間違いない。世界のどこかにはあるのかもしれないが、カカオの樹やゴムの樹同様、まだ人類に発見されていない。


21世紀の地球だって、オリーブの木が有るのと無いのでは、油の流通状況や価格、料理の歴史が全く異なるだろう。

なんといってもオリーブの良い所は、生食でガツガツ食べられないところだ。

胡麻や木の実のように、そのままでおいしく頂けたら油を搾ろうと考える人がだいぶ減ってしまうはずだ。

生では大量に食べられないほど油分が多すぎる為、人はオリーブから油を搾るのである。


日本だったら、あと他に、ヒマワリ油とかグレープシードオイルとかあったよなあ。

ヒマワリもブドウもこの世界にあるけれど、油は全然流通していないみたいだ。


そんなこんなで、この世界には植物油が少ない。

貴族やお金持ちは、薔薇やハーブの精油を美容の為に使っているが、それらは植物油より高価なので、なかなか普通の労働者には手が出ない品なのだ。

だからきっと、椿油を持って帰ったら喜ばれるはずだ。


私は一応、副校長の許可をとって椿の実を収集した。

圧搾機とか、遠心分離機とかあったら、たっぷり油が搾れるのだろうが、そんな便利な物は無いので、原始的な方法で油をとる。


けっこう硬い椿の実を、まずガンガンと砕く。

鋼鉄製のハンマーとかあったら良いのだが、そんな危険な物は女子寄宿舎には無いので、拾ってきた大きめな石でとにかく砕く。

それから、砕けた椿の実を水に浸けると、油がじんわりと滲み出てきて、水と混ざらずに水の上に油が浮くのだ。その油の部分をスプーンですくいとって、綺麗な布を使ってゴミを取り除く。


とりきれなかった油は、水を沸騰させて蒸発させたら残らずとれるんだろうけど、まあ、そこまで面倒な事をする気はない。

原価が無料だと思うと、そこまでケチケチした気持ちにはならないのだ。


とりあえず集めた油で皮膚トラブルなど起きないかどうか、自分の肌で試してみた。

でも、もともとおそろしく健康な私の肌では、効果も副作用もよくわからなかった。

でも、喜んでイケニエ・・ではなかった、協力者になってくれたユリアの髪は蜂の巣から滴り落ちる蜂蜜くらい、ツヤッツヤになった。


美しい人はより美しく、そうでない方はそれなりに・・という、古いテレビCMを思い出した・・・・。


まあ、悪影響は無さそうだ。

私はユリアの実家に頼んで、可愛くてちっちゃい陶器の瓶を、女性使用人の人数分購入し、それに椿油をスポイトで入れた。

一人あたり10CCくらいの量かな?

誰もが喜んで使うわけではないだろうから、これくらいあれば十分だろう。

油代は無料だが、容器代はけっこうかかった。でも、これは将来の為の投資なのだ。


綺麗に並んだ小瓶を眺めて、私がにたぁっと笑っていると、ユーディットが

「侯爵夫人の分は無いのですか?」

と聞いてきた。


「えー、お母様は高い油を買って塗りたくっているだろうから、こんな得体の知れない油、欲しがらないでしょ。」

「用意した方がいいと思いますけれど。女性の美への執念は甘く見ない方が・・。」

「でも、もう瓶が無いもん。」


そう言ってきたユーディットは、最初ものすごく椿油を不気味がっていたが、一夜でユリアの髪が上位互換されると、いそいそと手の甲や髪に椿油を塗るようになった。


早く、週末にならないかなあ。と、私はワクワクしながらその日を待っていた。

その日に、私の運命が変わるはずだった。

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