ヘレーネの追想(3)(ヘレーネ視点)
ローザリンデ様がぽかん、とした顔をしました。
エリザベート様はそんなローザリンデ様に厳しい声で言われます。
「あなたが裏庭の池に紙片を捨てているのを目撃した女生徒がいるのです。」
「誰ですか、そいつ⁉︎最っ悪。大ウソついて。そのバカ頭悪いんじゃないのっ!エリーゼ様はそんなバカの言う事をあたしよりも信じるの?エリーゼ様ひどい!誰よ、そんなこと言ったバカ?」
「私です。」
「・・・え?」
「私がこの目で見たんです。ジークルーネと一緒に。」
ローザリンデ様はエリザベート様の顔を凝視した後、振り返ってジークルーネ様を見ました。ジークルーネ様はにこにこと笑っていらっしゃいました。
「ご・・誤解ですう。エリーゼ様はあたしの事誤解してますー。」
「誤解?十分理解してるつもりだけど。」
「誤解なんですってば!だから、つまりい。」
「誤解であるかどうかを判断するのはあなたではなく私です。私が誤解ではないと感じたなら、それは誤解ではないのです。ローザ。あなたがヘレンやミレイにしていた事に私が気づいていなかったと思っているの?」
「・・・。」
「今まで静観視していたのは、ヘレンやミレイがこの状況をどうするかを見てみたかったからです。残念ながら私は二人にとって頼りになる寄親ではないようでした。その事は反省しています。しかし、あなたは私以上に反省が必要なのではないかしら?」
「あたし悪くない!」
とローザリンデ様は叫びました。
「だって、そうでしょう!ヘレーネはメイドの生んだ娘なのよ。エリーゼ様は、おうちにいる時メイドとおんなじテーブルでご飯を食べるの?メイドを呼ぶ時『様』をつける?そんなコトしないでしょ。おかしいのはアカデミーのルールよ。あたしは貴族としてのルールをバカなヘレーネに教えてあげたの!」
「ローザ。」
硬い声でエリザベート様が言われました。
「私はあなたよりも身分が上の人間です。貴族らしい正しい敬語を使いなさい。それもできずに貴族のルールを語る資格はありません。」
「何で・・何で、そんなひどい言い方するの!あたし達、友達なのに。」
「さっき、あなたに私は優し過ぎると指摘されたからです。ローザ、どうして国王陛下が平民にもアカデミーの門戸を開いたのか理由をわかっているの?」
「え?・・モンコ。」
「陛下は、ヴァイスネーヴェルラントのように実力のある者が評価される社会を作りたいと思っておられるのです。彼の国では跡取り以外の貴族は皆平民落ちし、その反面能力があって結果を出す者には次々と爵位が与えられています。陛下はヒンガリーラントもそのような国にしていきたいと望んでおられます。その為には平民にも機会と教育が与えられなければなりません。アカデミーに平民が入れるようになったのはその教育政策の一環です。私の言っている事の意味がわかりますか?」
「・・えーと、。」
明らかにローザリンデ様はわかっていませんでした。正直、私もよくわかりませんでした。
私はこの時八歳。ローザリンデ様とエリザベート様は十歳です。
エリザベート様はまるで大人みたいに賢いんだなあ。と言う事しかよくわかりませんでした。
でも、次のエリザベート様の言葉はわかりました。
「平民を貴族である自分よりも劣った存在と決めつけ、アカデミーから排斥しようとするあなたの思想は国王陛下の方針の真逆をいくもので、それは陛下に対する反逆罪です。あなたの考えはアカデミーがこれから拓いて行く未来や理念に合うものではありません。あなたは、アカデミーを辞めなさい。」
ハンギャクザイ。
アカデミーヲヤメナサイ。
その言葉に默学室がざわつきました。
「何でえ。何であたしが辞めないといけないの⁉︎あたしのお父様はブランケンシュタイン家の家令なのにい。」
「あなたが傲慢に振る舞い、平民を下に見る考えの根底に父親の地位と職業があると言うのなら、あなたの父親には家令をこれ以上続けてもらうわけにはいきません。あなたの父親には家令を辞めてもらいます。そもそも領地の民に寄り添って生きねばならない家令の娘がこんな考え方をするという事は、あなたの親が子育てを失敗したという事であり、そんな人間にとても大領地の家令職を任せる事はできません。あなたは父親と共に野に下り平民と共に生きなさい。そして、平民の中にも尊敬に値する人がいるのだという事を学びなさい。」
「やだやだ!アカデミーを辞めたくなんかないぃっ!そんな事になったらお母様になんて言われちゃうか。」
「あなたが破って池に捨てた紙片が元通りの形になったら、私も発言を撤回しましょう。ですが、その前にヘレンと副校長に謝罪しなさい。」
「ひどい。エリーゼ様ひどい!うわあああん!」
破られて濡れた紙は元には戻りません。ローザリンデ様はその日のうちに屋敷に戻され、後日アカデミーを退学しました。
そして、彼女の父親も本当に家令職を解かれて、ブランケンシュタイン領を追放されたのです。
詩集については副校長が『貸出用』と『保存用』と二冊持っておられたので、後日『保存用』の詩集を写本させてもらいました。
「あなたも災難だったわね。」
とエリザベート様は私に言われました。
「でも、できればもっと早く相談して欲しかったと思っています。問題は小さいうちに解決しておくのが望ましいのです。今回水中に投げ入れられたのは本でしたが、問題が大きくなればいつか人が投げ入れられるかもしれません。」
16歳になった今。この言葉の重さをしみじみと思います。
オットー様も、その仲間達も、最初から人を運河に突き落とすような人ではなかったはずです。
だけど、止める人も相談する相手もいないまま問題がどんどんと肥大化していき、その果てにこのような事件になったのです。
8年前の私はオティーリア様の言った事を鵜呑みにして、エリザベート様を恐ろしい人だと思っていました。でも、エリザベート様は公正で信頼できる人でした。噂を信じ込む事の愚かさをこの時私は知ったのです。
ローザリンデ様がいなくなり、私とミレイ様の周りはだいぶ平和になりました。
平民差別が無くなったわけではありませんが、それでもあの辛かった時期とは比べようもありません。
私とミレイ様がエリーゼ様の庇護下にあるという事が公になって、暴言や物を盗られる事は一切無くなりました。
このままずっと、エリーゼ様の臣下としてアカデミーで過ごして行くんだろうな。と思っていて、そんな毎日に私は安心していました。
だけど、私が十歳になった時。意外な事をエリーゼ様は私に言われたのです。
ローザリンデは、ヘレンとミレイの部屋に忍び込んで写本した紙と詩集を盗みました
この一件が起きて以来、寄宿舎はトラブル防止の為お互いの部屋を訪問する事が禁止という事になりました




