五日目の最後の来訪者
その日の夕食は友人達と一緒に食べた。
この数日絶え間なく貴族が訪れるし、食事時に来られたら食事を出さなきゃだし、お母様は心労で倒れてしまうしで、ずっと私はお客様方と食事をとっていたのだ。
だけどシュテルンベルク家のエリカ様が来てくれて、女主人役を代わってもらえた。
なので、久しぶりにあまり緊張せずに食事がとれているのだ。ふー、やれやれ。
一緒に食卓を囲むメンバーは、ユリア、コルネ、リーシア、ミレイ、ヘレン、エリーゼ、そしてリーゼレータだ。それとモニカ先生とアルテミーネ先生。モニカ先生の娘のリゼラである。
リーゼレータは今日からうちにやって来た。リーゼレータの母親のテレージア様とテレージア様の弟のローテンベルガー公爵は、ほぼ毎日うちに現れて、王妃派貴族を罵りあげているが、リーゼレータがずっと元気が無いので励まして欲しいと今日初めて連れて来たのだ。
実はリーゼレータは、かなり真剣にジーク様に恋していたらしい。
「私なんか相手にしてもらえるとは思っていなかったけど、でももしかしたらって少し夢を見ていたの。」
と言ってベッドに突っ伏して毎日泣いていたのだそうだ。
父親のノア医師は
「わかるよ。彼は本当に素晴らしい人だったから。リーゼレータの好きになったという人があんな素晴らしい人で嬉しいよ。」
と言い
母親のテレージア夫人は
「捕まった方を『好きだった』とかいうんじゃなくて良かった。」
と言っているそうな。
ちなみにアーデルハイド公爵夫人は、うちにはさっぱりおいでにならない。彼女はアズールブラウラント人だ。王妃派貴族に危害を加えられる事があってはならない!と言って公爵が自宅から出る事を禁じているらしい。
その代わり、毎日公爵の姉のテレージア様が公爵と一緒にうちにやって来る。
おかげで私も彼女とすっかり親しくなった。
彼女は元々幼なじみのお母様とも、がっつり旧交を温めている。人は共通の敵がいる時、とても仲良しになれる生き物なのだ。
「だって、あのお顔よ。あんな美しい方、ローテンベルガー領にはいなかったわ。」
とリーゼレータは、鶏の唐揚げを食べながら言った。
「ふーん。」
「皆様は何とも思われなかったの?あんなに素敵な人なのに。」
と、リーゼレータが言う。
「どんなに素敵でも・・・。」
「あの人は、ほらアレだから。」
ヘレンとミレイが言う。
「お二人共。」
モニカ先生が咳払いをして軽く睨んだ。
「いえ、違うんです。侯爵家の後継者であられたから、という意味で。身分の高過ぎる方はちょっと。という意味です!」
ミレイが慌ててごまかした。
「リーシア様とユリア様とコルネ様はどう思われます?」
とリーゼレータは三人に話を振る。
ユリアは、手を頬に当ておっとりと言った。
「そうですねえ。素敵な御方だなと思っていましたけど。」
「ええ、本当に顔だけは素晴らしいといつも思っていましたけど。」
とコルネも言う。
「あ、私男色家の方は無理です。」
空気の読めないリーシアが、皆が匂わせていただけの事をはっきり口にした。私ゃ水を吹いてしまったよ。
「ベッキー、汚いわよ。」
エリーゼ様に叱られた。
「すびばせん・・・ゲホっ、コホっ。」
「ハンカチを渡してあげたいところだけど、ハンカチが無いのよね。捨ててしまったから。」
「お気遣いなく。持ってますから。」
「どうして、ハンカチを捨ててしまわれたのですか?」
と、捨てた現場にいなかったヘレンが聞いた。
「汚れたからよ。新しいハンカチが欲しいわ。そうだ、ヘレン。新しいハンカチを縫ってちょうだいな。カリグラフィーで名前が刺繍してあるハンカチが欲しいわ。貴女とても字が綺麗だもの。」
「実は私、この五日間ずっと部屋でハンカチを縫っていたのです。私、トロいからまだエリーゼ様とベッキー様の分しか縫えていないのですけれど、皆様全員の分のハンカチが縫えたらと思っています。全員分ができてから配ろうと思っていたのですけれど、エリーゼ様の分を後からお届けしますね。」
「まあ、嬉しいわ。」
私も嬉しいと思って、少し泣きそうになった。その時だった。
私達が食事をしていた食堂に、侍女長のゾフィーが入って来た。
「・・・お嬢様。ヘレーネ様。司法省の機動五課長と文書課長がおいでになられました。」
「・・食事が終わるまで待ってもらう・・というのは無理なのよね。」
「・・・。」
「お通しして。」
私のその言葉と同時に、ナターリエ・カーラーとトルデリーゼ・フォン・バイルシュミットが入って来た。
二人の表情は暗かった。
「ミュリエラ・シュリーマン嬢並びに、ジークレヒト・フォン・ヒルデブラント様の事件に関係していた者達が今日、正式に逮捕されました。」
とナターリエが言った。
「そして、オットー・フォン・アードラーもミュリエラ・シュリーマン嬢への準強姦未遂、並びにコンラート・フォン・シュテルンベルク様への暴行傷害、そしてジークレヒト・フォン・ヒルデブラント様殺害の罪で逮捕されました。」
トルデリーゼが苦しそうな表情で言った。
「重大事件である為、慣例に従い逮捕された者の三親等内親族も逮捕されます。ヘレーネ・フォン・アードラー令嬢。オットー・フォン・アードラーの姉である貴女を連座制に従い逮捕します。」
「うわぁっ!」
と、ミレイが声をあげて泣き出した。ミレジーナとヘレーネは血のつながりはないが親戚だ。二人は同じ時にアカデミーに入学した。寄宿舎では同室だった。家族の愛情に恵まれぬ者同士強い絆があったはずだ。
どうして、連座制なんて物があるの!
そう思うと悔しかった。ヘレーネの異母弟オットーは、アロイジウスやイシドールと同じ派閥でいつもつるんでいた。だから、この度の事件にも絶対絡んでいるだろうし、しかも中心人物の一人だろうと予測はしていた。
だから、今日のこの瞬間が来る事はこの場にいる誰もが予測していた。予測していて尚、悔しくて悲しくてたまらなかった。
連座制が必要なケースもあるというのはわかる。加害者の家族による復讐を防ぐ為、そして見せしめの為に必要な措置なのだろう。
だけど、ヘレーネとオットーは不仲な姉弟だった。ヘレーネはオットーとオットーの母と同母姉に虐待されていた。ヘレーネがうちで暮らし始めた理由の一つは、オットーに腕の骨を折られたからだ。そんなオットーの為にヘレーネが復讐したり、恨みを持つわけがないのに!
それなのに、どうしてオットーと同じ罰を受けなければならないの⁉︎
愛人の子供だったヘレーネが、アードラー夫人の養女にならなければ連座制は回避できた。でも、養女になったからこそヘレーネはアカデミーに入学し、私は友達になる事ができた。
ヘレーネと過ごした五年間の記憶が思い出されて私は歯を食いしばった。
エリーゼに指示されたヘレーネはアカデミー入学当初から私の周りに寄って来て、いろいろ親切にしてくれた。
一緒にハンドベル演奏もした。私が開くお茶会にも毎回来てくれた。
そして、伝染病流行時にはボランティア仲間として国中を一緒に回った。
私にさえこれだけの思い出があるのだ。エリーゼやミレイの思い出はそれ以上のはずだ。そして悔しさもそれ以上のはずだ。
ミレイは泣きながらヘレーネにすがりついている。だがヘレーネは泣いていなかった。優しい微笑みを浮かべとても落ち着いていた。
そしてミレイの手をぎゅっと握りしめた後離し、椅子から立ち上がった。
「エリーゼ様、今までありがとうございました。このような不名誉な事件を起こしました事、アードラー家を代表して謝罪致します。」
アードラー家は、ブランケンシュタイン家の分家なのだ。
「ベッキー様、大変お世話になりました。ベッキー様が助けてくださらなければ、私は三年前に死んでいたはずです。ベッキー様のおかげで幸福な三年間を過ごす事ができました。私はこの三年間の事を忘れません。」
そう言って私に深く頭を下げた。
「モニカ先生。アルテミーネ先生。たくさんの事を教えて頂きありがとうございました。その教えを生かす事ができる日がもう来ない事が申し訳ないです。本当にすみません。」
モニカ先生は悲しそうにうつむき、アルテミーネ先生は大きく頭を横に振った。
「皆さん。ありがとうございました。」
最後にもう一度深くヘレーネは頭を下げた。
「少しでしたら私物を持ち込む事を許可できます。申請が必要ですが。」
とトルデリーゼが言った。ヘレーネは頭を上げて言った。
「刺繍道具を持ち込む事はできますか?」
「ごめんなさい。刺繍道具は駄目です。針やハサミを持ち込む事は許されませんから。」
「そうですか。残念です・・本当に残念です。」
ヘレーネは何も持って行かないと言った。
「では、行きましょう。」
本来は拘束具をつけられるはずだろう。だけど、トルデリーゼ達はそうしなかった。
玄関の前に馬車が停めてあった。
黒馬車と呼ばれる、黒く塗られた箱馬車だ。窓にガラスは無く、その代わり鉄格子がはまっている。罪人専用の馬車なのだ。
ヘレーネがその中に入ると、トルデリーゼが外からカンヌキをかけた。
馬車は暗闇の中を走り出した。漆黒の馬車は音だけを残し闇の中に消えて行った。
私はその後、ヘレンが使っていた部屋へ行った。部屋はとても綺麗に片付いていた。机の上に二枚のハンカチがたたんで置いてあった。
それを見た時、足から力が抜けた。私はうずくまったまま声をあげて泣き出した。




