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《155万pv突破!》侯爵令嬢レベッカの追想  殺人事件の被害者になりたくないので記憶を頼りに死亡フラグを折ってまわります  作者: 北村 清
第八章 ジークレヒト事件

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五日目の来訪者(7)

買い物を済ませて家に帰ると、私にお客様が来ていた。


従姉妹のメグ様の夫のニコラウス、更にアズールブラウラントの法科大学の教授でお父様の恩師というシュヴァル教授だ。


私の乳母のユーディットの亡くなった夫は、シュヴァル教授の秘書をしていた。というか、私が生まれた時、乳母を探していたお父様に教授が、自分の秘書の妻を紹介してくれたのだ。

なので、私の乳兄弟のベティーナとマリウスは、教授の知り合いだ。私が戻って来るまでの間二人が歓待をしてくれていたようだ。教授も、久しぶりに会う二人の元気そうな姿をとても喜んでいた。


メグ様も来ているらしいが、今西館にいる幼馴染のアレクサ様に会いに行っているらしい。


シュヴァル教授は、アズールブラウラントが送り込んで来た弁護団のリーダーだ。ニコラウスことニッキーも、弁護団の一人である。

彼らが私に用事となると、当然ミュリエラ・シュリーマンの件だろう。


「ミュリエラ嬢の父親の件で、何があったのか詳しい状況をレベッカ様に伺いに来たのです。」

と教授は言った。

そっちだったか。


ミュリエラ嬢の父親はシュテルンベルク騎士団に捕縛されて、アズールブラウラントの大使館に放り込まれてしまったのだ。


捕らえられた父親は

「娘に、ものの道理を説いていたら、いきなり部屋に乱入して来たヒンガリーラントの貴族に暴行を受け殺されかけた。」

と言ったらしい。ものは言いようである。間違ってはいない。


「勿論、連行して来たシュテルンベルク騎士団からも話は聞きました。腹が立ちました。ミュリエラ嬢の父親に対してです。」

と教授が言った。


確かに、あの父親の言う『ものの道理』は、まともな人間なら到底許せない私論である。


嘘をついても何にもならないので、私は正直に事実を話した。


「アズールブラウラントでは、女性が性被害にあった場合、女性の方に非があるとみなされるのですか?」

と私は質問した。

「そんな事、断じてありません!だからこそ、我々が派遣されて来たのです。」

と教授は言った。


「これは王太女殿下の、ご意志に真っ向から反対する意見です。王室への反逆と見做される発言です。」

「王太女殿下が、私と同じ感性の方で良かったです。他の誰でもない父親の意見だったので、あれがアズールブラウラントの普通かと思ってびっくりました。ところで、エリーゼ様や私も罪に問われるのでしょうか?アズールブラウラントに引き渡し請求されたりするのですか?」

「あり得ません。」

教授が答えてくれた。


「レベッカ様が、ミュリエラ嬢の父親を攻撃したのは、エリザベート公女をお守りする為ですし、エリザベート公女が暴力を振るったのは、ミュリエラ嬢の父親がアズールブラウラントの総意に逆らう発言をしたからです。エリザベート様を罪に問う事は、王太女殿下の決定を撤回する事になります。なら、何をしに我々が犯罪者の引き渡し請求に来たのか意味がありません。」

「良かったー。」

私は、ほっとした。


「エリーゼ様が『言いがかりをつけて戦争がしてみたいだけのでしゃばり女』なんて言うものだから、大問題になるんじゃないかと不安だったんですよ。ほんと良かったー。」

「そこは大大大問題です。」

とニッキーに言われた。


「んえ?」

「ブリュンヒルデ殿下のお耳に入ったら、脳が沸騰するほどお怒りになるでしょう。」

「い・・今の話は聞かなかった事に。」

「そういうわけにはいきません。シュテルンベルク騎士団も同じ事を言いましたし、人の口に戸は立たないのです。どうせ広まる情報でしたら、我々が黙っていてもどうにもなりません。」

「・・・・。」

「エリザベート公女やレベッカ様が悪いわけではありません。そんな発言を引き出させてしまった、ミュリエラ嬢の父親が悪いのです。処罰の対象になるのは、ミュリエラ嬢の父親です。」

「そういうものなんですか?」


法律って奴はよくわからない。どこに地雷があるのかが。


更に、その父親をヒンガリーラントがアズールブラウラントにあっさり引き渡して来た事で、アズールブラウラント人の罪人はアズールブラウラントで裁く。その代わりヒンガリーラント人の罪人はヒンガリーラントで裁くという『前例』を作ってしまった。弁護団が王太女の命令に失敗してしまっても「それはあいつのせい」という口実ができてしまったのである。自らの命令の邪魔をしたミュリエラの父親とその正妻を王太女は絶対に許さないだろう。との事だった。


ニッキーが紅茶を飲みながら、くすっと笑った。


「エリザベート公女は鋭敏な政治感覚をお持ちですよね。先刻の発言を口にする事でアズールブラウラントとヒンガリーラントの間での戦争がし辛くなりました。アズールブラウラントがヒンガリーラントに宣戦布告したら、やっぱりアズールブラウラントの王太女は『言いがかりをつけて戦争がしてみたいだけのでしゃばり女』なのだという事になってしまいますから。だからこそ、そんな発言を引き出させた人間が許されないんです。」


そこまで考えて発言したのだろうか?とも思うが、まあたぶんあの人の事だ。考えてしたのだろう。一応戦争反対派のようだし。戦争になったりしないよう、今現在叔母であるヴィクトリア公爵夫人とディスカッションしているくらいなのだ。


ミュリエラさんの父親の末路は想像するだけで恐ろしいが、戦争は起きない方が絶対に良いに決まっている。

ありがたや、ありがたや。と心の中でエリーゼを伏し拝んでおいた。

現実にはやらないけど。人目があるから。


「あの・・もし、うちの国が犯罪者の引き渡しを拒否したらどうなるんですか?」

と私は聞いてみた。国同士もだが、教授やニッキーがどうなるのかが不安だった。


教授は

「んー。」

と言って首を傾げた。


「まあ、それはそれで仕方ないんじゃないですか。」

「そういうものなんですか?」

「私共が王太女殿下の特命を受けた時はまだ、伝書鳩達が運んで来る断片の情報しかわかっていませんでした。ヒルデブラント小侯爵、並びにシュテルンベルク小伯爵の件については、今日この地に辿り着いて初めて知ったのです。状況が変化すれば対応も変わって来ます。本国には早馬を飛ばしました。今は次の指示待ちの状況です。」

「そうなんですか。」


教授の発言には、なんというか余裕が感じられた。ジークレヒトが行方不明というか、おそらく死亡しているだろう状況で無理をして引き渡しを要求しなくて良くなったのかもしれない。国際法的にはそういうものなのだろう。


「ブリュンヒルデ殿下は、ご立派な方です。政治的な打算で動いておられるわけではありません。ミュリエラ嬢の身に起こった事に心からの義憤を感じておられるのです。決して、戦争がしてみたいだけの方ではありません。それはわかってください。」


と教授は言った。言葉の端々に王太女殿下への尊敬の念を感じた。

少し羨ましくもあった。うちの国の王太子と違い過ぎる。


話をしているうちにメグ様が戻って来た。久しぶりにアレクサ様に会えてメグ様は嬉しそうだった。そして、たぶんジークルーネの無事を確認して、ほっとしたのだと思う。



そしてこれは、だいぶ経ってからの後日譚である。


ミュリエラ嬢の父親と正妻は、本国に強制送還された。当然、顛末を聞いたブリュンヒルデ殿下は激オコだった。

王族に対する反逆罪と侮辱罪、更に公爵令嬢に対する傷害未遂とで極刑も当然のところであるが、不幸な状況の娘の気持ちを鑑み、公共広場での鞭打ち刑と島流し。という罰になった。遠い島の鉱山で鉱山奴隷として生涯を過ごすのだ。

ただし罰を受けるのは、当主と正妻だけで、子供達は連座を免れた。財産は彼の十数人いるという嫡子と庶子で公平に分配する事になったそうだ。本当は、父親は嫡長子に全財産を譲るつもりでいた。権力と財力を分散させないようにだ。だが、嫡出庶出、性別、年齢に関係無く、公平に財産を分けるよう、王室が命令したのである。これにより、ミュリエラ嬢も幼いファルーカ嬢も、まとまった財産を相続することになった。


公開で鞭打ち刑というのは残酷なような気もするが、アズールブラウラントの中でもミュリエラ嬢に批判的で、そんなミュリエラ嬢の為に尽力するブリュンヒルデ殿下を「騒ぎ過ぎ」と嘲る人達がいるのだという。そんな人々を黙らせる為の一罰百戒とされてしまったのだ。

実の父親が公に辱められ、終身刑にされたのを見て国内での批判はピタッとやんだ。勿論皆陰口は言うだろうが、公然と批判する声はあがらなくなったらしい。


ミュリエラ嬢にしてみると、元々別々に暮らしていて年に数回しか会わない親だったうえ、暴言や暴力がひどい親だったので、寂しいとか悲しいという気持ちは全くなかったようだ。自分達に財産を譲ってくれる気もなかったらしいし、無茶な縁談とか持ち込まれずに済む事になってむしろほっとしたと後日語っていた。



そして、夕方になった。

その日最後の来訪者がやって来た。

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