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ノルド商会(1)(エフィミア視点)

ミュリエラの従姉のエフィミア視点の話になります

店のドアのすぐ横の、割れたガラス窓を見て私はため息をつきました。


私の名前は、エフィミア・ノルドと言います。ほんの数日前までは、エフィミア・シュリーマンという名前でした。

数日前に、ヒンガリーラントの老舗商会『ノルド商会』に、隣国アズールブラウラントから嫁いで来たのです。


夫のフォルクとは、フォルクがアズールブラウラントの商法大学に留学した時に知り合いました。


フォルクにとっては大学で学ぶのと同時に、アルト同盟と繋がりを持つ為の留学でした。ですから、フォルクはアルト同盟に加入している商会の娘達の中から花嫁を探していました。優しくてハンサムなフォルクに私を含むたくさんの女の子が夢中になり、その中から私が選ばれた時は、天にも昇る心地でした。


その後お会いしたフォルクのお父様もお母様も優しい人で、こんなに幸せで良いのだろうか?どこかに落とし穴があったりするのでは?と思ったものです。


そして、確かに人生落とし穴はあったのです。


私は今、悲しい気持ちで割れたガラス窓を見ています。


始まりは、私の従妹のミュリエラが街で迷子になった事でした。

私の結婚式の翌日。兄妹達と王都の観光に出かけたミュリエラは兄妹達とはぐれてしまい、そのまま行方不明になりました。

14歳のミュリエラが、夜になっても自力で帰って来られないなど、拐かされたとしか思えません。叔母様もですが、私も真っ青になりました。ミュラは私にとって実の妹と同然の存在で、そのミュラが行方不明になるなんて目の前が真っ暗になる思いでした。フォルクも、店の店員達もとても心配してくれて、ミュラを必死に探してくれました。

それだけに、レーリヒ商会の方からミュラと思われる少女を保護した。と連絡があった時は泣き出してしまうほど嬉しかったです。


やはり、ミュラは拐かされていました。性的暴行目的で、若い貴族の男達に攫われたのです。しかし、どんな場所にも正義感のある方がいるのです。その方達のおかげでミュラは軽い怪我をしただけで、無事私達の元に戻って来てくれました。


その日の夜、本当にほっとしただけに翌日の新聞を見て仰天しました。

その新聞には、ミュラが売春婦で貴族の少年達を誘惑し、ヒルデブラント卿を死に追いやったと書いてあったのです。


その記事を見た貴族の方々から次々と、ノルド商会は取引を切られてしまいました。


記事を鵜呑みにして、「こんな女の親族と息子を結婚させた商会など潰れてしまえ!」と激怒している貴族もいますし「よくわからないけれど、わからないから、どういう事かはっきりするまで距離を置きたい」とおっしゃった貴族もいます。

元々天然痘が流行して、長く取引をして来た貴族家が大量に没落し、商会の経営は苦しくなっていたのです。そこに追い打ちをかけるようにこんな事があり、店は大混乱に陥りました。


フォルクやお義母様は、気にしなくていいと言ってくれました。商売をしていれば良い時と悪い時がある。司法省が正しい判断をしてくれれば、誤解も解けてお客様が戻って来てくれる。と言ってくれました。でもお義父様やお義父様の愛人達の目は冷たいものになりました。


お義父様には三人の愛人がいます。大店おおだなの当主なら珍しい話ではありません。従妹のミュラの母親も正妻ではなく愛人です。

店にとって有益な人材を愛人という形にして囲い込むのです。


お義母様は長い歴史を持つ商家の娘で、結婚によって二つの商会は一つになりました。


第一愛人は、王都で人気の画家の娘です。彼女が愛人になってノルド商会は芸術家や文化人との繋がりが強くなりました。

第二愛人は、下級貴族の娘です。そして第三愛人は、王都で人気の歌手です。第二愛人の家族や第三愛人自身を支援する事によって商会は様々な利益を受けるのです。

商人は利益に敏感です。利益を出さないものに価値はありません。

だからこそ利益どころか損害を出している私に対する視線はとても冷たいのです。フォルクは面と向かって父親の愛人達に

「ハズレを引いたわね。」

と言われています。


そして今日の朝、店の窓が何者かに割られてしまいました。投げ入れられた石は

『売国の徒め』

と書かれた紙に包まれていました。


私は泣き崩れてしまいました。ミュラや叔母様達が悪いわけではありません。それはわかっています。

だけど、どうしてこんな目に遭わないとならないのか⁉︎

誰の事も責められず、愚痴すらも言えない状況に心が悲鳴をあげていました。


こんな事を考えてはいけないとわかっているけれど、安全な場所で皆から守られているミュラが妬ましくなりました。


お店に放火とかされたらどうしよう?

従業員達に何かがあったらどうしよう?

お客様が誰もいなくなったらどうしよう?


私、いなくなった方がいいの?


割られた窓を見ていると、ぐるぐるぐるぐる暗い考えが頭を巡ります。


涙で滲む景色を見ていた時、従業員の一人が駆け寄って来ました。


「若奥様。エーレンフロイト侯爵令嬢が来店されました!」


息が止まりました。


権力、財力、話題性。全てにおいて第一級の大貴族が来店したのです。


常連客になってもらえたら、大金星です。


「若奥様!脂肪でぷくぷくに肥え太った仔ガモがネギを背負ってやって来たのです。絶対、逃してはなりません!」

支配人もテンパって、本音をダダ流しています。


従業員が私の所に報告に来たのは訳があります。今店に、義父も義母も夫もいないのです。ですから、私が接客しなくてはなりません。


とにかく、最低でも何か買ってもらわなくては、そしてできるならそれを定期購入して欲しい!


「最大の問題は、レーリヒ商会の一人娘が同伴している事です。彼女を差し置いて、うちが専属になるのは至難の業です。」

と支配人が言います。確かにそれは高難易度ミッションです。


私は自分の両頬をパン!っと叩きました。


絶対、成功してみせるわ!絶対、何か買わせてみせる。私は自らを奮い立たせて姫君を迎えに出て行きました。



私は、店で最も良い個室にエーレンフロイト侯爵令嬢をご案内しました。


同伴者は、レーリヒ男爵令嬢、ハイドフェルト男爵令嬢、護衛騎士が二人、そして侍女が三人です。

レーリヒ令嬢が個室内の内装をじっと観察しています。彼女には、この個室が最高ランクの部屋だという事がきっとわかったのでしょう。


「投石行為があったと、ミュリエラさんに聞きました。あの割れた窓ガラスですよね。」

エーレンフロイト令嬢が心配そうな表情でそう言ってくださいました。


それで、心配して来てくださったのだそうです。

お優しい方なのだと胸が熱くなりました。


そして私も怒ってみせるのではなく、悲しそうな表情をしてみせました。共感されるよりも同情される方が品物を提供しやすいと思ったからです。


でも、この姫君が欲しがる物とは何でしょう?

実際のところ、何だって持っておられる方のはずです。そして、全てにおいて専属が既におられるはずです。何ならそこに入り込む事ができるでしょうか?


姫君はまるで平民が着るような地味な服を着ておられます。宝飾品の類いは何もつけておられません。

姫君は孤児院や救貧院を熱心に援助しておられる事で有名な方です。それなら、下げ渡すことが可能な物が良いでしょうか?


と、考えていると突然部屋のドアが開きました


「えっ?」

びっくりしました。


お義父様の三人の愛人が、トレイの上に商品を載せて部屋の中に入って来たのです。


次話、大プレゼン大会です

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