手紙(1)
話変わって。
女子寄宿舎には手紙にまつわる厳格なルールがある。
親、兄弟以外の男性からの手紙は受け取ってはいけないのだ。
もしも、親、兄弟以外の男から手紙が届いたら?
副校長以下、複数人の教師の前で『確認』をさせられる。目の前で手紙を開封し、声に出して朗読させられるのだ。
これが親戚のおじさんからの手紙だとか、行きつけの店からのダイレクトメールとかだったら、まだ良い。
悪夢としか言いようがないのは、親しくもない人間からのラブレターである。
真夜中のテンションで書き上げたかのような、小っ恥ずかしいポエムを朗読させられる情けなさ。教師達からは、節操無く男に色目を使っているのかという目で見られ、散々嫌味を言われ、その上1から10まで保護者に報告が行くのである。まさに地獄絵図だ。
そのような状況である為、親しい男友達から手紙を受け取る場合、生徒達は様々な裏工作をする。
代表的なのは、差出人の名前を女性名にする事だ。
女性からの手紙はOKなのだが、それでも頻繁に届く場合は保護者に連絡が行く。最悪、教師達の前で朗読させられる。
なので、時々悪事が発覚するのだが、それでもこれをやる人は後を絶たない。
もう一つ、生徒達がよくやる方法は、寄宿舎の使用人を買収し、手紙を運んでもらうというものだ。
そして、これをやる男といえば、99.9%アカデミーの男子寄宿舎で生活している男子生徒である。
当然これは違法である。バレると使用人はクビに、生徒は退学になる可能性もある。
でもって、アカデミーの男子寄宿舎には、一応私の婚約者の、ルートヴィッヒ王子がいるので、手紙が来たらやだなあ、困るなあと思っていたが、ありがたい事に手紙は全く来なかった。
嬉しい事だ。
校則違反をしたくもないし、そもそも私はものすごく筆不精なのだ。
王子から手紙が来たら、返事を返さないというのは許されないだろうから、だから、手紙が届いても迷惑なのである。
なのに、一部の女子生徒達から
「第二王子殿下から、お手紙は届きましたか?」
とか聞かれて
「どうして来ないのでしょう?」
とか
「レベッカ様も、手紙が来ないのはお寂しいですわね。」
とか言われるのがものすごくうざい。
来たら、本気で迷惑だし!
でも、正直あんまり言われると、そんなにも、他の女の子達は、婚約者や恋人と文通しているのか?というのが気にはなる。
だけど、確認しようにも確認できる相手は一人しかいない。
なので、選択授業が終わった後、ジークルーネに聞いてみた。
もちろん、センシティブな話題だし、前置きも無く唐突に聞くような非常識な事はしないよ。
まずは、外出する裏ワザについて知恵を授けてくれたお礼から言っておく。
「そうかー、楽しかったんだ。良かったね。で、お礼って言葉だけ?お土産はないの?」
「・・・珍しいお茶が手に入ったのだけど、少しいります?」
「うわー、珍しい。珍しく言うことがマトモ。昔は葉っぱで作った舟とか、でっかいトカゲとかプレゼントしてくれたのに。嬉しいけれど、ちょっぴり淋しいー。」
もしも、近くの川にワニとかいたら捕まえて、こいつの部屋に放り込んでやろうか、という気に一瞬なった。
「で、珍しいお茶って何が珍しいの?飲んだら、前非の数々を悔いて告白したくなるとか?」
毒キノコかよ!と、つっこみたくなるのをグッとおさえて説明をした。
そして、ここで話題も変える。
「ジークルーネ様には、告白するような前非が何かあるんですかあ?あ、もしかして、男の方からこっそり手紙を受け取ったとか?」
「ジークルーネって呼ぶの長いでしょ。ジークでいいよ。」
「いえ、別に昔からそう呼んでいるので今更別に・・。」
「それは、兄上がいたからでしょう。ここにはいないのだから、ジークと呼ばれてもまぎらわしくないし、ジークで十分。」
ジークルーネには、ジークレヒトという名前の兄がいる。
彼の事を話題にされると私は少し複雑な気分になった。
「・・ジークレヒト様は、高等部にいるんですか?」
「兄上は、アカデミーには来てないよ。あの人は身体が弱いから。」
「えっ!そうなんですか?どこが悪いんですか?そんなに悪いんですか?」
「さあねえ。もうずいぶんと会ってないし。」
「ずいぶんと、ってどれくらい会ってないんですか?」
「んー、最後に会ったのがいつか思い出せないね。」
「何でですか?兄妹でしょ。」
「別に、兄妹ってそういうもんでしょう。貧しい平民なら、光熱費をケチって同じ部屋で同じ時間を過ごすとか、するんだろうけれど。」
そういうもんなの?
いや、貧しい平民なら。の、方じゃなくてジークルーネの兄妹論。
エーレンフロイト家は、毎日一緒に家族でご飯食べてお茶も飲んでたよ。それって、普通じゃないの?
「で、何だっけ?不幸の手紙が届いたかどうか?」
「不幸の手紙じゃなくてもいいんですけど、手紙とかって来ます?コンラートお兄様とかから?」
「来ないね。私らは、レベッカ姫のとこと違って、熱々、情熱的な関係性ではないからね。元々、仲の良かった母親同士が、性別の違う子供が生まれたら結婚させようと言っていただけで、その母親も二人共死んだし、たぶんそのうち自然消滅して結婚なんかしないよ。」
つっこみたい事はいろいろとある。
私と王子は全然情熱的な関係ではないし、そんな簡単に婚約って自然消滅する?とか思うし。
とゆーか、この人って平民の恋人がいるんだっけ?
と、唐突に思い出した。
・・・。
信じられんっ!
いや、この人の何を知っているってわけじゃないんだけど。
ただ、この人が恋をしているところが全く想像できない。
ろくな恋愛をした事がない私が言うことじゃないんだけど、美人なのに私以上に女子力が無いし、何というか、恋愛うんぬんの前にたぶんこの人他人に全く興味が無い。実の兄への反応からもわかるよう、この人は人間に全く執着が無い。
今この人が急死して「男と心中したらしいよ。」って聞かされたら、絶対、嘘だあと思う。
きっと、ストーカーに殺されてそのストーカーが自殺したかな。とか考えるね。
そう思った瞬間、心がすんっと、冷たくなった。
そうか、この人、もうじき死んじゃうんだ。後、1年か2年くらいで。
この人が心中したって聞いたのは、天然痘が流行する少し前だったけど、ここはユビキタス社会じゃないんだから、死んだ次の日情報が駆け巡ったってわけではないだろう。私は情弱な引きこもりだったから、死んでだいぶ経ってから話を聞いた可能性もある。
となると、この人明日死んでもおかしくないんだ。
いや、さすがにアカデミーにいる間は死なないかもしれないが、お祭りとかの前にアカデミーが長期休みに入ったら、死んじゃうかもしれない。
それでも別に気にならないなんて、気持ちにはなれないくらいには、この人と私は親しい間柄だ。
去年の建国祭の頃、この人が死ぬ事を思い出した時は追憶の1ページくらいな気持ちだったけど、今は死んだら嫌だなって思ってる。
この人のお兄さんだって悲しむはずだ。
私はジークルーネの、栗色の髪とアメジスト色の瞳をじっと見つめた。
ああ、この人はやはり思い出の中のあの人に似ている。似ているというより、瓜二つだ。
この人の兄の、ジークレヒト卿に。