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司法省前の広場にて(1)

大事件が起こった次の日の朝。


雨が止んだ王都の空気は美しかった。


しかし、その王都で暮らす全ての人々の心が美しいはずもない。私は、コルネが持って来てくれた新聞を読んでつくづくそう思った。


デリクが勤める新聞社は、朝刊に記事を載せるのが間に合ったようだ。こちらの記事は私自身も、直接見たり聞いたりした情報が詳しく載っている。ただし、拘束された人達の名前は載っていなかった。

親の権力が強大過ぎるから、というのもあるだろうし、万が一にも誤報を載せない為だろう。拘束された学生達は皆貴族だ。誤報だった時「ごめん」では済まないのである。


昨日の夕方から夜にかけて起こった事件だ。タレコミのあった、デリクの所の新聞社以外朝刊が間に合う新聞は無いだろうと思っていたが、もう一紙事件を報じた新聞社があった。


しかし、こちらの新聞の見出しは


『エーレンフロイト侯、蜂起!』


というものだった。うちのお父様が司法省員と騎士団を率いて、第一王子を支持している貴族の子弟を逮捕したというものだった。その逮捕者の中には、ルートヴィッヒ王子と王位を争う立場であるクラウス王子やフィリックス公子もいると書いてあった。そして、これは国と王家に対する反逆である!と、強い論調で書いてあった。


エリーゼは

「人は最初に聞いた情報を正しいと信じ込む傾向がある」

と言った。もしも、デリクの所の新聞社が何も報じず、もう一紙の方の記事だけを王都民が見たら、我が家は完全に反逆の家と認識されただろう。


昨夜すぐにコルネに行動するよう促した、エリーゼの先見の明には感謝してもしきれない。でも、当然こっちの情報を信じている人もいっぱいいるんだろうな。と思うと暗い気持ちになった。


「まあ、こっちの新聞の方がキャッチーですからね。個人名もはっきり書いてあるし。」


エリーゼもはっきりそう言った。


「この新聞社のオーナーはガルトゥーンダウム家なのよ。」

「そうなんですか⁉︎」

「ガルトゥーンダウムは、ディッセンドルフ派閥の中でも『情報』を担当する家門なの。カフェやサロンの運営をして、そこで集めた情報を新聞に載せて世論を煽っているわけ。自分達の都合の良いようにね。」

「でも、うちはともかくクラウス王子のお名前まで出して、後から問題になるとか思わないのでしょうか?」

「それだけ、ガルトゥーンダウムは追い詰められているのよ。記事を載せても載せなくても破滅するなら、一発逆転、世論を味方につけたいのでしょう。」

「でも結局、破滅するとかしないとか、最終判断を下すのは王様でしょう?」

「『世論』は侮れないわよ。たとえ国王でもね。」


その通りなのだと、その後の数日で思い知った。


まず一番最初に立ち上がったのは、トゥアキスラントからの亡命者ミヒャエラ・フォン、ヴァルトラウト令嬢だった。


彼女は現在、うちのお父様の後見で国立医大に通っている。彼女が暮らしているのは我が家が所有している『県人寮もどき』だ。その県人寮もどきに、妹がアカデミーに通っているという人がいて、昨夕、早い段階で事件の概要が伝わった。


『ミッフィー君』は、すぐさまより多くの情報を求めて我が家に駆け込んで来た。

そして翌日、事件の詳細を伝える、正反対の記事を載せた二つの新聞を読んだ。


そしてその新聞を握りしめ、大学内中央広場で声を張った。


彼女は、事件の中心人物である少女が売春婦などではなく、従姉の結婚式に参加する為家族と共に旅をして来た未成年の観光客であった事、ジークレヒトが自らは名も知らなかった少女を守るため命をかけた事を声高く群衆に語りかけた。


そして、ジークレヒトがどれほど利他的で高潔な人であったかを熱く語った。


ミッフィー君にとって、我が家は大恩ある家だ。だが、実際の所亡命して来たミッフィー君達を、直接支えたのはジークレヒトだ。


ジークレヒトは伝染病で苦しむ人々を荷車に乗せ、港から病院まで自らその荷車を引いた。苦しむ患者に薬とベッドを用意し、飢えた人々に手ずから食事を配膳した。トゥアキスラント人を差別する人達から守る為の盾にもなってくれた。ミッフィー君が、ガルトゥーンダウム一族のハインリヒに暴言を浴びせられ暴力を受けそうになった時も、その前に立ち塞がり彼女を守ってくれた。


その、ジークレヒトをハインリヒの近親の親族とその仲間が殺した。ミッフィー君は、泣きながら訴えた。

「こんな非道な事が許されても良いのですか!」


彼女の悲しみは、私やエリーゼのバッタモノと違って本物だ。その真実の感情は多くの人の心を打った。


「ジーク様は弱い立場の異邦人にも、迷わず助けの手を差し伸べる人でした。

私は祖国を出てこの国へ来て、ジークレヒト様やコンラート様に助けて頂いて、ああこの国は素晴らしい国だ。聖女エリカ様の理念が行き渡った国なのだと思いました。この国なら大丈夫だ。安心して生きて行ける。と信じました。そう信じさせてくれた人が理不尽な理由で殺され、その責任が外国人の少女になすりつけられているのです。

この中にも外国から留学して来た人達がたくさんいると思います。同じ外国人としてどう思いますか⁉︎ 異邦人が邦人と騒ぎを起こした場合、悪いのは常に異邦人。男だから、貴族だから、ヒンガリーラント国民だからという理由で犯罪者が何をやっても許されて罰を受けないのなら、私達外国人は安心してこの国に住めますか?勉強に集中する事ができますか?この国に尽くし、この国の為に生きていこうと思えますか?」


「住めないぞ!」

「できないぞっ!」


外国から留学して来た女学生達はもらい泣きし、拳を振り上げた。シュプレヒコールをあげる群衆の輪にやがて、ヒンガリーラント人の女学生が加わり男も加わり、抗議する人々の怒号で大学のガラス窓が震えるほどになったという。

その日のうちに、少女を略取し、ジークレヒトを突き落とした生徒達の厳罰を求める署名活動が始まり、翌日には群衆はプラカードを持って司法省に行進した。


「異邦人を虐待する者に罰を!」

「殺人者に正義の裁きを!」


若き大学生達の叫びは、蒼天を揺るがした。



やがて、抗議活動は他の人々の間にも広まっていった。


ミッフィー君は『エーレンフロイト領の戦い(10)』で初登場したトゥアキスラントからの亡命者です


たくさんのリアクションや感想ありがとうございます

執筆の力になっています

本当に感謝します^_^

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