王宮の乱(2)(ルートヴィッヒ視点)
「何故、突然エーレンフロイト侯爵が突入するんだ?誰かが告発したんだろ?」
「大臣達は、その女性の存在自体がエーレンフロイト侯の罠で、エーレンフロイト侯爵が政敵を陥れる為事件を起こした、と言っています。ようするに美人局ですね。」
「何で、侯爵がそんな事をするんだよ?」
「それは勿論、将来の娘婿であるルートヴィッヒ様を王太子の地位につける為です。その為にコテコテの王妃派貴族の子弟に濡れ衣を被せ逮捕した。というのが彼らの主張です。その子供達が有罪になれば大臣達も連座になります。後見する貴族達を失えば第一王子殿下は王太子の地位を追われるでしょう。それでなくても、王太子殿下の民衆人気はもうドン底ですから。エーレンフロイト侯爵は、司法大臣という地位に着いた途端、政敵を排除する為牙を剥いたのだと大臣達はカンカンです。奴は所詮、殺人鬼の孫。人非人の血が流れているのだと、口を極めて罵っています。」
「罵っている連中の目的は何だ?」
「最終目的はエーレンフロイト侯の逮捕と失脚でしょうが、とりあえずは子供達の解放です。恐ろしい拷問にかけられ自白を強要されるに違いない。そうなる前に解放させるべく司法省に怒鳴り込んだそうですが、拒否されたので国王陛下に直訴したのです。」
「父上は何と?」
僕は、手元の貴族名簿をめくった。民部大臣の親戚とやらが誰なのか系図をチェックしてみた。
「司法大臣の言い分も聞いてみる。と、おっしゃられました。」
「父上なら間違いなく、そう言うだろうな。民部大臣の親戚とやらは、アロイジウス・フォン・ヴィンターニッツか?こいつ、いつもイシドール・フォン・エーベルリンとつるんでいたからな。」
アロイジウスは、僕より年齢が一つ下だ。王妃派の子供だし、話をした事もない。印象としては、ものすごく歯並びの悪い男。といったものだろうか。不自然に顎が細いので歯が押されてがたがたなのだ。目元だけ見たら切れ長の涼しい目をしているので、全体のアンバランスさが更に引き立つ。はっきり言って醜男である。奴の母親はガルトゥーンダウム伯爵の妹だ。奴が罪に問われる事になったら伯爵も連座対象になる。
「たとえ万に一つ、億に一つ典礼大臣共が正しいとしても、エーレンフロイト侯爵に話も聞かずに父上がエーレンフロイト侯爵を断罪するわけがない。直訴したって無駄に決まっているのに、何で大臣共は無駄な事をしているんだ?」
「無駄と思っていないからでしょう。逮捕された少年達は二十人近くいるのですが・・・。」
「待て。いったい何人の売春婦を連れ込んだんだ?」
「一人です。」
「・・・え?」
「一人です。」
「それはいかんだろ!」
思わず、叫んでしまった。
「一人で、男二十人って、同意する女がいるものかっ!それは、誘拐や強姦の罪に問われても仕方ないだろう。」
「殿下。問われているのは誘拐罪ではなく略取罪です。」
「『誘拐罪』と『略取罪』って、どう違うんだ?」
「『誘拐罪』は騙したり誘惑したりして人を攫う行為です。それに対して『略取罪』は人を脅して攫う行為です。つまり『お菓子をあげるからついておいで』と言ったり『自分は君の両親の友達だよ。お父さんが事故に遭ったのでお母さんの代わりに迎えに来たんだ』とか言って人を攫うのが誘拐ですね。殴って失神させたり、薬を使って体が動かないようにして攫うのが略取です。」
「略取の方がひどくないか。」
「誘惑して信頼させて裏切るのだって、大概ひどいですよ。」
「とにかく、その二十人の男共は間違いなくろくでなしだな。」
「その二十人の中に、第三王子のクラウス殿下とアーレントミュラー公子フィリックス殿下が入っているのです。」
ポロ、っと僕はグラちゃんを床に落としてしまった。
「嗚呼!グラちゃん!」
グラウハーゼが悲愴な声をあげた。
「すまん。一応謝る。しかし、それどころではない!クラウスとフィルが逮捕されたって言うのか⁉︎」
「司法省に連れて行かれたのは間違いないようです。」
「そんな・・信じられない・・・。」
「へー。」
グラウハーゼは、拾ったグラちゃんの頭をぴょこぴょこ上下に動かした。
「弟君と従兄弟君の下半身を信じているんですね。」
そう腹話術を使って話す。愛らしいぬいぐるみに下ネタを語らせるな!
だいたい下半身ってなあ。これはむしろ上半身の問題ではないのか?心や思考などにまつわる自制心や理性の問題だろ!
「エーベルリンやヴィンターニッツとつるんで悪事を働くというのが信じられないんだ。奴らは、第一王子派閥だ。僕やクラウスの事を嫌っている。」
「なるほど。では殿下も典礼大臣達同様、これが司法大臣によるでっち上げだと思われるわけですか?ルートヴィッヒ殿下の為に、王位継承権を持つ人間達を排斥しようとしていると。」
「・・・。」
「大臣達はそう言って、一刻も早く捕らえられた人間全てを解放するべきだ。そうしなければ取り返しのつかない事になる。と主張しています。」
正直、弟とはいえクラウスの為人はわからない。兄弟とはいえ、そこまで親しくはないからだ。僕の印象としては、おとなしくていつも本を読んでいる。というイメージだ。クラウスには婚約者はいない。友人関係もよくわからない。
フィルとは、光輝会事件の後距離ができた。今でも会っても天気の話くらいしかしない。僕は、以前のように仲良くしたいのにフィルに線を引かれているのだ。クラウスとは時々話をしているので、たぶん二人は仲が良いのだろう。光輝会の連中が悉くアカデミーを退学した後、フィルがどういう人間と友達付き合いしているのか僕にはわからない。
「フィルやクラウスと話がしたい。それが無理なら司法大臣と。」
「司法省は現在部外者立ち入り禁止です。だから、典礼大臣達は王宮になだれ込んで来たのです。」
「なら、父上に会って来る。父上に司法大臣を呼び出してもらう!」
「とっくに、呼び出しをかけておられます。まだお越しになっておられないようですが。」
僕は大きなため息をついた。焦燥感に駆られるができる事が何もない。司法省に行って「中に入れろ!」と騒いだら、王妃派貴族と同じだし、レベッカ姫が不安がっているのでは?と心配だが、彼女はアカデミーの女子寄宿舎にいるので会う事もできない。(作者注・ルーイはレベッカが家へ帰っている事をまだ知らない。)
「イーリス様もテオドーラ様もご不安だろうな。テオドーラ様は、もうこの事をご存知なのだろうか?」
イーリス様はフィルの母親、テオドーラ様はクラウスの母親だ。
「勿論とっくに。噂は王宮内を音速よりも速く駆け抜けましたからね。ルートヴィッヒ様が、噂を知った最後の一人と思いますよ。」
どうして、もっと早く訪ねて来なかったんだと、文句を言ってやりたい。
「女官長が、手下を引き連れて蛍野宮を訪れ、妃殿下を怒鳴り回している声がさっきまで響き渡っていました。テオドーラ妃もお可哀想に。」
「女官長は王妃派だ。王妃派はエーレンフロイト侯爵の陰謀で捕まった人間は無罪と言っているのだろう?なのに何を怒鳴っているんだ。」
「陛下に謁見を申し込み、捕まった子供らを即刻解放するよう頼め。と言っているのです。このままクラウス殿下が有罪になったら王室の恥だ。とか、母親のくせに陛下に頼み事をする勇気もないのか。クラウス殿下は可哀想な子だ、とか、臆病者のクラウス殿下が自殺するかもしれないと陛下に泣きつけ。陛下はオリーヴィア姫が自殺した事を今でも執念深く気に病んでいるから、自殺を仄めかせば絶対司法大臣に命令を出してくれる。さっさと行け!とかですね。」
「いろいろ不敬だろ。父上は勿論、テオドーラ様だって女官長より身分が上なんだぞ。何で、そんな命令をされないといけないんだ!」
僕は机の上の書類を乱暴に片付けた。
「じっとしていられない。父上の所に行ってくる。」
捕らえられた者が有罪になっても無罪になっても数多の貴族が連座になって処分される。有罪になれば、莫大な数の貴族が連座処分されるだろう。開放され無罪になればエーレンフロイト家が滅門する。侯爵の手足として動いた部下達も同罪だ。そして将来の娘婿である僕自身も。
寒気がした。父上は今、クラウスを見捨てるか、クラウスを守って僕を破滅させるかの決断を迫られているのだ。
どんな結果になっても、そうなったら、今まとめているこの名簿は無駄になる。
僕は窓の外を眺めた。
王都に血の雨が降るだろう。




