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不帰川(19)

こんな大事件が起こって、クラウス王子やフィリックス公子がジークやコンラートを助ける為に駆け回っていたのに、あの人の名前がどこにも出てこない。部屋で昼寝でもしていたのだろうか?


ジークに聞いてみようかと思ったがさすがに空気を読んだ。

今、ジークは元婚約者のコンラートを思って心の中で泣いているのだ。そこで自分の婚約者の事を聞くのは、あまりにもデリカシーが無さすぎる。


「ゴホッ、ゴホゴホッ!」


突然、ジークが激しく咳き込んだ。


「大丈夫ですか⁉︎」

と言いつつ、私は額に触らせてもらった。うおぉ、ものすごく熱い!

顔色が悪いのは心の傷のせいだけではなかったようだ。


「すぐ、我が家の主治医を呼ぶから!」


「ならその前にジークルーネ。女性物の寝巻きを家から持って来ているからそれに着替えなさい。それを着ていたら、ジークレヒトだと思われずに済むだろう。それからベッドに横にならせてもらいなさい。」

と侯爵が言う。


なんと!痒い所に手が届くような気の利くお父様だ。うちのお父様もとても優しい人だけど、でも微妙に気が利かない人なのだ。

それこそ、私が風邪を引いて寝込んでいたら、見舞いにバラの花束を持って来るタイプなのである。


私が感動しているのに、ジークは怪しいモノを見るような目で父親を見ている。


「女性物の寝巻きなんて、どうやって手に入れたんですか?お母様の形見ですか?」

「侍女に頼んで準備してもらった。」

と言いつつ侯爵は布の袋をジークに渡した。


ジークは袋を開けて中の物を取り出した。

一番最初に出て来たのは、ジークと同じ髪色の長髪のカツラだ。

そして、次に寝巻きを取り出したのだが。


「・・・。」


袋の中から出て来たのは、新婚の若奥様でも着るのをためらうような、スケッスケのネグリジェだった。しかも、ミニスカート!


「こんないかがわしい寝巻き、我が家のどこにあったんですか⁉︎」

「グレーティアの古着だそうだ。」

「世界で一番、持って来て欲しくなかった古着だなあ!」


グレーティアはジーク兄妹の宿敵だ。スケスケなのを差し引いても、着たくはない寝巻きだろう。


「その寝巻きを着て診察を受けたら、医者に男かもと思われる可能性はゼロだぞ。」

「こんな寝巻きを着て医者の診察を受けたら私の全人格が否定されます!」


正直私も目が点になった。


こんな寝巻きがこの世にあるという事も。こんな寝巻きを娘に着ろと勧める父親がこの世にいるという事も。


ジークはカツラだけ手にした後、私に袋を押し付けて来た。


「ベッキー。頼む、燃やしてくれ。」

「寝巻きをですか?」

「お父様をだ。」


さすがに、それはちょっと・・。

と思いつつ私は袋の中を覗き込んだ。他にもまだ何か入っていた。それを私は取り出してみた。そして後悔した。


「何ですか、それ?」

ユリアが首を傾げた。

それは、交差した『紐』だった。

純真なユリアにはわからなかったらしい。

私だって、実物を見るのは初めてだ。見たのは文子だった頃読んだギャグ系のエッセイ漫画の中である。


それはいわゆる『紐パンツ』だった。


こんな下着がこっちの世界にもあったのか!!!


以前に書いた事があったかと思うが、こちらの世界の女性用下着はドロワーズだ。しかも、かなり保守的で膝上くらいまで丈があるのである。

私はそういう下着を履いているし、寄宿舎で同室になったユリアやコルネもそういう下着を履いている。


ショーツとかおパンティーと呼ばれる形状の物をすっ飛ばして、こういった防御力は低いのに攻撃力はバカ高い下着が存在するとは、この世界にはまだまだ私の知らない事があるのだなあ。と思った。また一つお利口さんになってしまった。


更に袋の中には、別な形状の紐があった。リバーシのコマくらいの大きさの丸い物が二つ付いている。

これは何?としばらく悩んだ後、急に天啓が降って来た。これはおそらく『眼帯ビキニ』という奴だ。


私はそっと、それらのブツを袋の中にしまった。


今、私の中で侯爵への信頼度は紐パンの防御力より低くなった。


確かにこれらを身につけてたら、髪が短くても、体に不自然な打ち身やすり傷がいっぱいあっても

「この人はもしかしたらジークレヒト卿かも?」

と我が家の使用人さん達に疑われずには済むかもだけどさ。


得る物があったとしても失う物も多過ぎる。


そこに、コンコンとノックの音がした。


「旦那様。侍女殿がお茶を持って来てくださいました。」

侯爵の従僕さんの声だった。そういえば、ヤスミーン達がお茶を淹れに行ってくれていたんだった。


十分くらい前の出来事だったのに、一時間くらい経ったような気がする・・・。


ジークが室内でも被っていたクローシュ帽を脱いで、カツラを被った。私は怪しいブツの入った布袋をソファーの上のクッションの下に隠した。


「ありがとう。ここは私とユリアに任せて、ヤスミーンはフローラを呼んで来てくれない。ジークルーネ様がショックを受けて、引いていた風邪が悪化したみたい。熱が高いの。オルヒデーエ夫人は、私の部屋に行って私の寝巻きを取ってきてくれる?できるだけ、体が楽な服。」


「承知致しました。」

「すぐ取って参ります。それとレベッカ様。」

「何?」

「コルネリア様とリーシア様が戻って来られました。ハーラルト君とバウアー様達とご一緒にです。バウアー様が、レベッカ様にお願いしたい事がある、という事でコルネリア様がお連れになられたようです。」


イザークさんとクラリッサが?


正直言って珍しい。私が彼らに物を頼む事はよくあるが、向こうが私にお願いをして来るなど初めての事ではないだろうか?


「わかった。本館に戻る。ユリア、ジークルーネ様とあとお茶の支度お願いね。」


明らかにユリアは嫌そうな顔をしていた。頼むから置いていかないで、と顔に書いてある。だけど誰かがお茶の支度をしないといけないし、いかがわしい布袋を隠している以上、「ヤスミーンが残ってユリアがフローラを呼びに行って」とは言えないのだ。


心の中で「すまん」と言いつつ、私は足早に本館に戻った。

ヒルデブラント侯爵は良い人ですし、娘の事をとても大事に思っていますが、天然に無神経な人です。

ある意味、お年頃の娘に一番嫌われるタイプのお父さんです。


ただ、先代侯爵の娘達や、いつもモメてる家臣団と常に一緒にいると、このくらい鈍感で無神経でないとやっていけない、のだと思います。


頭が悪いわけではないので、領主としては有能で領地は豊かですし領民にも慕われています。

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