表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

44/558

コーヒーとアーモンドミルク

この世界の食べ物は、どれもこれも日本に比べてまずいのだが、今ユリアが出してくれている焼き菓子も、こんな物を日本のスーパーやコンビニで売っていたらネットで炎上しそうなくらいクオリティーが低いのだが、そんな社会的背景を差し引いてみてもこのコーヒーはまずい。文字通りの意味でヤバい!


香りも苦味も渋みも無く、あるのはただただ酸味のみ!

しかも舌触りが悪い。口の中に粉っぽさが残る。


これは嫌がらせ?それとも、何かのメッセージ?私のカップの中身だけ変なの?このコーヒー、ヤバいですよー、と口に出して言うべき?


イザークは、ブラックでぐびぐび飲んでいる。

リサは

「私、コーヒー飲むの初めてなんです。」

と嬉しそうに言った後、一口飲んで

「・・うん。大人の飲み物って感じです。」

と言った。


ユーディットは、砂糖と生クリームをドバドバ入れて飲んでいる。シュトラウス先生は手をつけていない。ユリアの前には、そもそもコーヒーが出ていなかった。いや、なぜなんだ。責任持ってユリアにも飲んでほしい。そして感想を言ってくれ。


これ以上飲むのをやめて、何もなかったふりをするべきだろうか?

しかし、今ここで何も言わなかったら、この店では客にこんなコーヒーを出し続け、そしていつかお腹を壊す人間が出るだろう。

むしろ、今まで出なかったのだろうか?

仰天ニ◯ースでやっていたが、酸っぱいコーヒーで起こる食中毒は、けっこうひどいらしい。医療のクオリティーが、21世紀の日本ほど高くないこの世界では、文字通り命取りだ。


「・・・ちょっとお聞きしますが、このコーヒーを豆から挽いて粉にしたのはいつですか?」

とりあえず、そう質問してみた。


「買い付けた時でございます。」

との答え。


「という事は、粉になった状態で船に乗せて運んで来たんですね。」


そりゃあアウトだ。

仰天ニュ◯スで言っていたが、粉にしたコーヒーの消費期限は二週間ほどなのだ。


コーヒーは、食品だ。粉状にしてしまえば、どんどんと酸化が進む。

酸化させない為には、真空パックで保存して酸素に一切触れさせないようにするか、冷凍するかだ。だから、封を開けたコーヒーは冷凍庫で保存するのが最善とされている。


だけど、この世界には真空パック技術も冷凍庫も無い。


そしてコーヒーの主要産地は南東諸島。ヒンガリーラントからは、船で半月以上の距離がある。

海上検疫とか、王都にまで運ぶ手間とか考えたら、このコーヒーは粉になって既に一ヶ月以上経っていると思われる。


完全にアウトだ。


ついでに、もう一つ質問してみる。


「こちらの店では、どのようにコーヒーを抽出しているのですか?」

「どのようにと言われましても・・。紅茶のようにポットに入れてお湯を注ぎ、茶漉しで漉しておりますが。」


うわーい。フレンチプレス方式かあ。

いや、別に間違っちゃいないよ。他の淹れ方と違って、抽出テクニックが不要なので、素人でもおいしくコーヒーを淹れられるらしいし、紙フィルターと違ってコーヒーオイルを漉しとらないので、よりコクのあるコーヒーに仕上がるのだとか。


でも、紙フィルターとかと違ってコーヒー粉がカップの中に入っちゃうんだよね。

少し入る程度なら、それもコーヒーのおもむきって奴になるんだろうけど、茶葉を漉しとる茶漉しで粉を漉していたんじゃ、カップ内に粉が大量降下するな。


「・・あの、何かこちらのコーヒーに問題があったのでしょうか?」

店員さんが、怯えきった表情で聞いてくる。

ただ、こういうふうに聞いてくるって事は、このコーヒーの問題点に気づいてないって事だよね。

まあ、わかるよ。

『本当の』コーヒーを飲んだ事が無いのなら、何が正しいのかわかんないよね。私も似たような経験した事があるからさ。


そう、アレは文子さんが中学二年生だった時の事。

夏の初めにど田舎の、青少年自然の家っつー宿泊所に宿泊訓練に行ったのですよ。

で、班ごとに分かれて、山歩きとかして、初夏だからもうけっこう暑くて

「喉渇いたー。」

とか言いながら、宿泊所に戻って来たら、宿泊所の職員が紙パックの容器を持って来てくれたんだ。

で、私達のグループが一番最後に戻って来たから、もう牛乳とか果汁100%のジュースとかは無くなっていて、アーモンドミルクってのしか残っていなかったの。


乳飲料界、第三のミルクと呼ばれるアーモンドミルクを、それまで私は一度も飲んだ事が無かった。

そして、不幸にも、同じグループ内の誰もまだ飲んだ事が無かった。


結果。


「・・まずいね。」

「なんか、舌触りねとっとしてない?」

「アーモンドミルクって、アーモンドオイルを激しく振って乳化させた物だって聞いた事あるよ。油ならこういうもんじゃないの?」

「金払ってまで飲もうとは、思えないね。」

「というか、私これ以上無理かも。」


とか言いつつ、結局みんな飲んでしまったのは無知ゆえだ。


しかし、数十分後。友人達がバタバタと腹痛で倒れ始め、救急車にお迎えに来てもらう事になり、そこで気づいた。

そのアーモンドミルクは腐っていたという事に!


近くの寂れたスーパーで買ってきたアーモンドミルクは、消費期限がとっくの昔に過ぎていて、それに気づかず飲んでしまったのだ。

誰か一人でも、新鮮なアーモンドミルクを飲んだ事があったなら、このアーモンドミルクはおかしいと気がついたはずだが、不運にも気づける人がいなかった。


嗚呼、なんという悲劇!


お腹を、一人壊さずぴんぴんしていて、「あいつ、野犬のように体力あるな。」と同級生に、ひそひそと噂された私は、トイレの住人となってしまった仲間達の苦しみに、そっと落涙したものである。


つまり。新鮮な状態の物を飲んだ事の無い物は、腐ってたって気がつけないって事だ。

だから、ここの従業員さん達は何も悪くない。

さっきから、変な質問ばっかりする私にびくびくと怯えている従業員さんの姿を見ていると、申し訳ない気持ちになってくるくらいだ。


しかし、どうするよ。このコーヒー問題。


バウアーさん達の前で、「このコーヒー腐ってますよー。」と言ったら、ユリアに大恥かかす事になるし、ユリアには恨まれたくないし、でも無視するというのもなあ。


昔読んだ本にこんなセリフが書いてあったんだ。


無知である事は罪ではない。だが、無視する事は罪だ。

気づかなかったのなら仕方がないけれど、気づいてしまった事は、仕方がないではすまないのだ。


やむを得ん。言うか。


「あのー。」

「はい。何でしょうか?」

「まだ、粉にする前のコーヒーってありますか?」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ