不帰川(6)(フランツ視点)
懲罰室のある半地下からホールに戻って来ると、何人かの生徒達が騒ぎに気がついたらしく、部屋の外に出て来ていた。
「部屋から出るな、と言っただろう!部屋に戻れ!」
とヘルフリートが叫んでいるが、生徒達は指示を聞かない。
私は、ホールから上の階を見回しイシドールを探した。イシドールはすぐに見つかった。イシドールは身長が190センチを超える巨漢なので、集団の中にいても目立つのだ。広い肩幅に厚い胸板の持ち主で、あいつに鋼鉄製の火かき棒で頭を殴られていたら、ジークは頭蓋骨の中身を全部ぶち撒ける事になっただろう。
「あいつだ。拘束しろ!」
と私はイシドールを指さして叫んだ。
体格が良く暴力に長けていても、所詮10代。本物の騎士の集団には敵わない。イシドールはあっという間に取り押さえられ、拘束具をつけられた。
私の前に引きずられて来たイシドールは
「どうして、俺が!」
と叫んでいる。
イシドールの大声にギャラリーが増えた。そのうちの何人かはホールに降りて来た。私はその中で、怪我をしている人間をすかさずチェックした。コンラートに殴る蹴るの暴行を加えた連中は少なからずコンラートに殴られているだろうし、少女をさらって来た人間のうち二人はジークレヒトに蹴り飛ばされている。
怪我をしている者、怪我をしているのではと思える者は十人以上いる。その中で特にひどい怪我をしているのは、アロイジウス・フォン・ヴィンターニッツとティム・フォン・ルイトボルトだ。
アロイジウスは、右の口の端が切れていて右のアゴが腫れ上がっていた。絶対、歯が折れたかアゴの骨にヒビが入っているかしていると思う。そして左のこめかみから頬にかけて青あざができている。ティムは鼻が潰されていて、まだ鼻血が止まっていないようだ。
そんな大怪我をしていて自室に放置って、ここの教師達は鬼か⁉︎と思った。
アロイジウスはヴィンターニッツ男爵の三男だ。ヴィンターニッツ男爵は、民部大臣の分家筋でイトコかマタイトコだったはずである。そして彼の母親は、ガルトゥーンダウム伯爵の妹だ。つまり彼は、バリバリの王妃派貴族なのだ。ルイトボルトは、ガルトゥーンダウム伯爵家の寄子の家門だったと思う。爵位はない。
そして、イシドール・フォン・エーベルリンは典礼大臣であるエーベルリン男爵の息子だ。ガルトゥーンダウムとエーベルリンが、ディッセンドルフ公爵の右腕と左腕と言われていたので、イシドールとアロイジウスはアカデミー内における王妃派派閥のカースト上位に君臨していたと思われる。
「ジークレヒトに対する殺人未遂、更に未成年の少女に対する略取と監禁の容疑だ!」
と私は答えた。途端にイシドールは人を馬鹿にするような笑みを浮かべた。
「女を連れ込んだのは、ヒルデブラントとシュテルンベルクですよ。それがバレたらパニックを起こして、女を連れて屋上から飛び降りたんです。」
イシドールと仲間達の間では、そういう筋書きになっているらしい。
私は、イシドールを睨みながら聞いた。
「三人目は誰だ?」
「え?」
「屋上から運河に落ちた少女は通行人に助け出された。少女は自分を無理矢理攫った男達は三人いたと証言している。そのうちの二人がジークレヒトとコンラートならば三人目は誰だ?」
「・・ヒルデブラント。あいつ助かったのか⁉︎」
イシドールが耳障りな音をたてて歯ぎしりした。そんな事は一言も言っていない。だが、誤解させておいた方がいろいろボロを出しそうだ。
「三人目はおまえではないのか?」
「違う!もう一人は・・あいつだ!ティムだ!」
突然名を出されたティム・フォン・ルイトボルトが真っ青になる。
「ほ・・ほんな。アロイジウスひゃまが言い出したきゃら・・・。」
発音がおかしいのは、鼻血が出ていて鼻をハンカチで押さえているからである。
「何だと!」
と言って、アロイジウスがティムをギロリと睨む。ティムはますます真っ青になり、カタカタと震え出した。
「助かった少女に聞けばわかる事だ。」
と私は言った。
「外国人の女の言う事がアテになるものか!」
「どうして、あの少女が外国人だという事を知っているんだ?」
と私はイシドールに聞いた。
「そ・・それは男にふらふらついて行くような女は外国人に決まっているからです!だから、つまり。外国人の女にヒンガリーラントの貴族の顔の見分けなんて・・。」
「鏡を見ろ、この馬鹿が。月の光も恥じ入るほどの美貌のジークレヒトと、おまえのような醜男の見分けがつかない女性がもしいるとしたら死体だけだ。」
「・・・。」
「連行しろ。そっちの二人もだ!」
私はアロイジウスとティムを指さした。
「触るな!」
とアロイジウスが暴れ出した。
「抵抗するな!」
と機動一課長が言う。
「黙れ、私に指図するんじゃない!おまえ、どうせ平民だろ!汚い手でこの私に・・。」
「だったら、僕が首を縛り上げて連れて行ってやろうか?」
いつの間にか、階下に降りて来ていたフィリックス公子がアロイジウスの首をつかんで言った。
「はっ!卑しい平民の腹から生まれたくせに。」
「黙れ、慮外者!」
私はアロイジウスを怒鳴りつけた。
「アーレントミュラー公爵夫人は、結婚される前に大学教授になりデイムの地位を賜られた。だから夫人は結婚する前から貴族だ。三流の大衆演劇じゃあるまいに、平民が王族と結婚できるか!こいつには王族に対する不敬罪も追加だ。遠慮しないで連行しろ。」
ティムが声をあげて泣き出しうずくまった。その肩を乱暴に機動五課長のナターリエが掴んだ。
「さらった女の子の妹はどこ⁉︎どこに監禁しているの!」




