不帰川(4)(フランツ視点)
私達は、複数の馬車に分かれて出発した。12人の課長達は6人ずつ二台の馬車に分かれて乗っている。私自身は、妻のアルベル、ゾフィー、ビルギット、ユーディットと一緒の馬車に乗った。ビルギット以外のエーレンフロイト騎士団は皆騎馬である。
レベッカの事が心配だった。そして、コンラートの事が心配だった。
怪我の程度はどのくらいだろう。アカデミーの教師達は、コンラートだけでなくクラウス殿下まで監禁しているという。
クラウス殿下は生母の身分が低い。更に本人が温厚で腰の低い性格だ。その為、貴族社会では侮られる存在だ。
それでも、れっきとした王族なのだ。殿下を監禁するなど立派な反逆罪である。だからこそ、口封じをされないかどうかが不安だった。コンラートとクラウス殿下が二人共死ねば『死人に口無し』。どのようにでも、筋書きを作る事ができるからだ。
そして、運河に飛び降りたジークレヒト。
彼の事も心配だった。
王都には三つの大きな河が流れている。そしてその間に交通路として無数の運河が張り巡らされていた。
船が航行するのだから運河にはそれなりの深さがある。ジークレヒトが泳げなければ、そのまま溺れて流されるだろう。
流される先は王都最大の大河、フェルゼ河だ。
別名『不帰川』
数百メートルの幅があり、水深は深く春のこの時期は雪解け水で水量が増している。この河に流された物は取り戻せない。その為、不帰川と呼ばれているのだ。
だが・・・。
「旦那様。」
思い詰めた表情でアルベルが言った。
「ジークレヒトの事なのですけれど・・。」
アルベルは口ごもった。しかし、覚悟を決めたような表情で私に言った。
「あの子は、本当は女の子なのです。妹のジークルーネが男装をして兄の名を語っているのです。」
ビルギットが、びっくり!という顔をしたが、ゾフィーとユーディットは表情を変えなかった。
「ですから、通りすがりの通行人の女性というのが本当はジークなのではないかと思います。あの子、泳ぎが達者でしたから。エレオノーラ様が泳ぎを教えて、シュテルンベルク家の池でよく泳いでいました。」
実は私もそうではないかと思っていた。レベッカの書いた手紙の中で、通りすがりの女性の説明が妙にクドかったからだ。
その反面、その女性の名前や見た目などの情報は無い。
というより、この寒い季節の薄暗い時間に、見も知らぬ他人を助ける為に運河に飛び込む通りすがりの女性がいると思えない。
少女と共に運河に飛び込んだジークが実は女性で、二人で泳ぎついて女子寄宿舎に助けを求めに来た。という方がよっぽど納得できる。
「そうか。」
と私は言った。
「もしかしたら、あの子は女の子なのでは?と以前から思ってはいたんだ。エーレンフロイト領でボランティアをしてくれていた時、長く一緒にいてそう感じた。アルベルはいつから知っていたんだ?」
「ジークルーネが平民の男性と駆け落ちした、という新聞記事が載った時、事実を確かめる為にコンラートと一緒にレベッカを問い詰めたのです。その時レベッカから聞きました。」
随分前から知ってたんだな。とびっくりした。そして、コンラートも知っていたのか。でも、父親には何も言わなかったんだな。
「なぜ、そんな事に?」
「ヒルデブラント家のお家騒動が原因です。ジークレヒトと再従兄弟のグレーティアが揉めて、ジークレヒトは逃げ出さねば殺されるような状況だったようです。グレーティアの母親のゲオルギーネ様や侯爵であるクリストハルト様が醜聞を隠す為そう決定したようでしたわ。ただ、レベッカもあまり詳しい事は知らないようでした。ジークルーネが全てを話すわけもありませんから。」
「それはそうだな。格上の貴族家の醜聞など、知り過ぎたら大変な事になる。本物のジークレヒト卿は生きているのか?」
「ヴァイスネーヴェルラントに亡命されました。アレクサが保護しているようです。」
「そうか。」
『通りすがりの女性』というのがジークルーネだったら、彼女は無事だという事だ。だからこそ、『通りすがりの女性』が彼女であって欲しかった。無事であって欲しかった。
馬車は女子寄宿舎の前に到着した。
私は、三人の女性課長にだけ馬車を降りるように言い、残りの課長と男性騎士達には男子寄宿舎へ行くよう指示した。女子寄宿舎は父兄以外の男は入れないからだ。
門番は私の顔を見るとすぐに中へ通してくれた。
玄関では、副校長であるバーベンブルク子爵夫人が待っていてくれた。
「どうぞ、こちらへ。」
と言って応接室へと案内された。
途中の廊下は、しんと静まり返っていた。
「生徒達には、司法省から男性役人達が来るので、食堂から出ないようにと通達してあります。」
と副校長は言った。今日に限り、男でも中に入れたようだ。
応接室では、レベッカとエリザベート公女が待っていた。被害者と思われる少女はいない。
レベッカは血の気の無い表情をしていたが、私達の顔を見るとほっとしたような表情で笑った。エリザベート公女は、いつも通り毅然としている。
「被害者の女の子は、ホットワインを飲ませたら眠りました。今は起こさないであげて欲しいと思い、こちらの部屋にお招きしました。私が彼女から聞いた情報を私からお話しさせて欲しいと思います。」
冷静な声でエリザベートは言った。文書課長のトルデリーゼが急いで筆記用具を取り出す。
「名前は、ミュリエラ・シュリーマン。14歳。アズールブラウラントのヴァールブルク在住。三人の男達にアトマイザーで液体を振りかけられた後、体の自由が効かなくなる。その後馬車に乗せられ、建物内に連れ込まれた。建物の入り口には門番がいたので、何とか声を出し助けを求めたが、無視された。その後、室内で寝具に横たえられて間もなく、ドアを蹴り破って男性が一人室内に乱入。あっという間に、ミュリエラの手足を掴んでいた男二人を蹴り飛ばした。その男性がミュリエラを抱え上げて走り回り、屋外に出て間もなく『死ね、ヒルデナントカ』という声がして、それと同時に墜落。その途中で意識を失い、目が覚めたらここにいた。以上です。」
わかりやすい説明だった。エリザベートの主観や思い込みは一切含まれていない。それだけに信憑性を感じる。
14歳か。
と私は思った。
ヒンガリーラントの性犯罪は、被害者が15歳以上か未満かで罪の重さが天と地ほど変わる。15歳以上だと「合意があった」と加害者が言い張り、それが違うと証明できなければ加害者は無罪になったりもする。だが14歳以下に合意の有無は一切関係が無い。
「気になったのは、うわごとで『妹がいないの』『ファラ、どこにいるの?』と何度も言っていた事です。妹も一緒に拉致されたのかもしれません。」
すごい勢いで、機動五課長のナターリエが立ち上がった。手を腰に下げた剣にかけている。
「バーベンブルク夫人。女子寄宿舎と男子寄宿舎の間には、双方を行き来できる通路があるという事でしたね。案内してもらえますか?」
と私は聞いた。




