春の別れ(1)
外出先は、ユーバシャール孤児院とユリアの実家のレーリヒ支店だ。
レーリヒ支店の方は、交易が再開した東大陸から寒天が届いたと聞いて買いに行くのである。支店の人は寄宿舎に届けます、と言ってくれたのだが、ユーバシャール孤児院に行く予定があったのでついでに寄ると言った。せっかくなら、他の商品も見てみたかったし。
それと新しい本を買う為、イザークとクラリッサにも会う予定だ。クラリッサはともかく、男性のイザークは親族以外男子禁制の寄宿舎には入れないからだ。
ユーバシャール孤児院への用事は、嬉しいけれどちょっと寂しい用事である。
今日レンバー村の子供達のうちの何人かが村に帰るのだ。
何と何と。天然痘が終息し約束通り、一部の親が孤児院に子供達を迎えに来たのである。
口減しで捨てた子供を迎えに来る親なんて、一万人に一人もいやしない。だけどレンバー村の人達は迎えに来たのだ。子供達を探しに、村の代表者が二人王都にやって来たのである。そして、王都の孤児院を一件一件回り、ついにユーバシャール孤児院で暮らす子供達を発見したのだ。迎えに来た親も子供達も、遍歴商人の兄妹エリフとエンヤも、たまたま孤児院に来ていた髪結師のウォーリスさんも号泣であったという。
大人達はエリフとエンヤを紹介され、村に出入りしていた商人がした仕打ちを知り、激オコであったという。そしてエリフとエンヤの手を取り幾度も幾度も「ありがとう」と言っていたそうだ。
村に出入りしていた商人は、凶悪犯として司法大臣になった私のお父様が指名手配にかけている。強姦も強姦未遂もヒンガリーラントでは重罪だからだ。そしてその犯人は司法省に捕まった方がまだマシな死に方ができるだろう。というくらい、村人は怒っていたそうだ。まあ、なけなしのお金も騙し取られたんだしね。司法省より先に村人に捕まったら、旧アイヒベッカー領の雨乞い事件よりむごい殺され方をするかもしれない。
ただ、子供達の全員が帰るわけではない。帰るのは十歳以下の子供だけだ。捨てられた時12歳だった女の子と13歳だった女の子、そしてアラフィフの女性は王都に残るのだ。
幼い子供達にとっては、唯々(ただただ)親は恋しい存在であろう。だけど、思春期の子供にとってはそんな単純な問題ではない。自分達は捨てられた。いらない子だと思われたのだ。という事に傷ついている。
そして、王都での華やかな暮らしも経験してしまった。
髪を綺麗に手入れしてもらい、造花の髪飾りで身を飾る。甘くておいしいサツマイモやピーナッツの存在も知った。王都に居れば学校に通え、絵本を読み、ハンドベルの演奏を楽しむ事もできる。
既に10代の二人は将来の夢を持っている。13歳だった子はウォーリスさんの弟子になって髪結の仕事がしたいそうだ。12歳だった子は『お菓子の学校』に入学を希望してくれている。その夢は村に戻ったら叶わない。なので王都に残る事にした。そしてアラフィフのおばさまは、そんな二人を見守っていく為に王都に残るのだそうだ。
「あの時は仕方がなかったんだ。捨てたくて捨てたわけじゃあない。君らの家族も辛かったんだ。その事はわかってくれ。」
と迎えに来た大人は泣きながら頭を下げたという。
そして、今日十歳以下の子供達は王都を出て行く。その前に私や一緒に畑で働いた友人達に会いたいと子供達が言ってくれたそうだ。なので、午後からの授業をサボってお見送りに行くのである。
村に戻っても、まだまだ生活は大変だろう。寂しいけれどそれでも、これで良かったんだ。と思う。
思うけれど、既に涙がこぼれてきた。いかんいかん。今から泣いていたら、身がもたない。
でも、これでまた一つ。天然痘が過去のものになった。
レンバー村の子供達と涙のお別れをした後、私はユリアとコルネと一緒にレーリヒ支店に向かった。あまり大人数でぞろぞろ移動していると目立つので、他の子達には帰ってもらった。ユーディットとカレナとドロテーアもいるし、私の護衛騎士のアーベラとティアナもいるので、それだけでもすでに人数が多いからである。本当はコルネも帰したかったが、コルネは頑として帰らなかった。
レーリヒ支店の向かいには、コーヒー豆乳やフルーツ豆乳を売る店があり、大盛況だった。世の中不景気だが、それでも少しずつ活気が戻って来ているんだな、と思う。
そういえば五年前の今頃の季節、ここであの人達に会ったんだ。と、ふと思った。あれから五年も経つなんて、時の流れはなんて早いのだろう。
ヒルデブラント家のジークレヒト様と、従僕のギルベルトさん。
二人共元気かな?
まあ、たぶん元気だろうけれど。ジークレヒト様は私が書く本の挿絵を入れてくれているし。
12歳だった自分の目には大人っぽく見えたけれど、あの頃二人共14、5歳だったんだよね。日本だったら中学生だ。まだ子供だったんだよね。というか、今14歳のヨーゼフの事、まだまだ幼いなって思うもの。
『あの事件』が無かったら、今でも二人共ヒンガリーラントで暮らしていたんだろうな。そして、時々またこの店に豆乳を飲みに来たりなんかしたのだろう。
「どうされたんですか?ベッキー様。」
ぼーっと、立ち止まっていたからだろう。そうコルネに聞かれた。しかし、説明できない。「ここで、ジークレヒト様に会ったな、と懐かしく思っていたの。」と言ったら、変に思われるだろう。なぜなら、『ジークレヒト様』とは昨日アカデミーの図書室で会っているから。
コルネにとっては、ジークルーネ様がジークレヒト様なのだ。
「ん・・いや、別に。」
と答えたら。
「ああ、ここで君に会えるなんて!」
と、突然私達の前に男が飛び出して来た。
 




