司法省改革(4)(フランツ視点)
その他、細かい数字でありながら積もり積もってかなりの額になっていたのが、省員から徴収していた『罰金』だ。
確かに、何らかの軽微な罪を犯した者や風紀を乱した者に『減給◯ヶ月』という懲戒処分を下す事はある。
しかし、その減らされた給料が他の個人の懐に転がり込むはずがない。
言いがかりをつけてカツアゲをする、ならず者のような事をしていたのだ。
『罰金』は全て、徴収されていた人達に返す事にした。
「だが返そうにも、地方勤務の者がやたら多いな。」
「まあ、ハラスメントの果ては地方の支部への左遷ですから。」
とクリシュトフが言った。
ある程度の人口がいる王室直轄地には、司法省の支部がある。あと、支部があるのは流刑地だ。罪人がいる為、その罪人を見張る刑務官が必要とされるのだ。
「一番遠くにある支部ってどこなのだろう?」
「ヴィンター高原じゃないでしょうかねえ。直線距離では、植民地の島に負けてますけど、到着するまでの日数がね。五千メートル級の山を二つ越えて行かなきゃいけないので王都からだと十日以上かかりますからねえ。」
ヴィンター高原は、人を寄せつけない厳しい場所である。だが、その厳しい場所でからしかとれない希少な薬草があるのだ。その薬草は種を植えても他の場所では芽を出さない。ヴィンター高原独特の、特殊な気候に順応しているのだ。
その薬草を守る為、ヴィンター高原には医療省と司法省の支部がある。そして医療関係者や研究者が定期的に高原へとやって来る。
だが、他の国々には高原で薬草が取れる事は秘密にしてある。その為、高原に役人がいる事をカモフラージュする為、その高原を罪人の流刑地とした。辺鄙な場所に不似合いなほど立派な建物を建て、番犬を放ち、関係者以外の立ち入りを制限する。ここが流刑地であれは監獄だから。と言えばそうしていても怪しまれない。
「ヴィンター高原の支部にいる、このアルミン・フィッシャーという男もガルトゥーンダウムに嫌われて左遷させられたのか?」
「そうです。いい男だったんですけどねえ。」
「何が?」
「頭です。七年か八年前の首席入省者ですよ。平民で唯一、首席入省した人間だったはずです。」
「そういう所が嫌われる原因だったのかな。」
「いえ。妻が巨乳だったからです。」
「・・・下品な冗談はやめろ。」
「あらゆる意味で真実です。私はその頃はもうブルーダーシュタットにいたので噂で聞いただけですが、直接見た者の話では、男ならば誰でも二度見してしまう胸だったとか。」
「何故、妻が巨乳だと左遷されるのだ?」
「ハインリヒが、略奪しようとしたんですよ。だけど、彼女は断固としてハインリヒを拒んだそうです。それに、上司に妻を差し出して出世しようとするゲス男もいたりしますが、アルミン・フィッシャーはそういう男ではありませんでした。ハインリヒは顔だけはまあまあな男ですからね。相当誇りを傷つけられたみたいで、フィッシャーを左遷させたんです。夫をど僻地に追いやって、王都に残った妻を口説く計画だったようですが、妻はヴィンター高原について行ったそうです。」
「立派な夫婦じゃないか。」
「道徳の教科書に載せて学校で教えるべきですよね。」
「是非顔を見てみたいな。王都に呼び戻そう。」
「胸ではなく顔をですか?」
「アルミン・フィッシャーの顔だ!」
しかし、フィッシャーを呼び戻すとなると代わりに誰かを派遣しないとならない。人手不足の中有能な者を送る余裕はないが、余りにも無能な者を送るわけにもいかない。ま、あいつでいいか。と思って辞令を出した。
そしたら、翌日その相手が面会を申し込んで来た。おそらく、文句を言いに来たのだろう。
「忙しいので、用件は手短かに言ってくれ。ローマイアー君。」
私は冷たい声でそう言った。訪ねて来たペーター・フォン・ローマイアーは私の末息子ヘンリクの乳母ラヴェンデルの別居中の夫だ。
「自分が、ヴィンター支部に左遷されるのは、ラヴェンデルがそうさせろと頼んだからですか?」
私はイラァっとした。
ラヴェンデルは私が司法大臣になり、不実な夫に復讐できる立場になっても別に何も依頼して来なかった。夫の話題事態出した事も無い。
それなのに、そんな高潔な女性に対してこの男は開口一番このセリフである。
「彼女は何も言っていない。そもそも君の話題を出した事が無い。もう君の存在など忘れているのではないか。今の生活が充実していて幸福そうだからな。」
「だったら、どうして自分がヴィンター支部になど行かされるのですか⁉︎」
「君がラヴェンデル殿の夫だからだ。」
ローマイアーは明らかに面食らった。
「・・今、ラヴェンデルは何も言っていないと。」
「ラヴェンデル殿は、私の次男の乳母だ。次男に一番近しく接する存在だと言っても過言ではない。だから、我が家に害を成そうとする者に君が誘拐されて『夫の命を救いたければヘンリクを殺せ』とかラヴェンデル殿に指図されたら困るのだ。」
「そんな事が・・。」
「あるのが、貴族社会だ。現実に私の兄は、家族を人質に取られた乳母によって殺されている。(『エーレンフロイト領の戦い・1』で紹介しています)そんな事が起きないよう、私は長女の乳母の家族にも長男の乳母の家族にも、エーレンフロイト邸内で暮らしてもらっている。しかし、君が私の屋敷に住むというのは無理な話だろう。だから、君には王都から遠く離れた場所に行って欲しいのだ。それが君の為だと私は思っている。君だって、ある日突然誘拐されて殺されるとかいうのは嫌だろう。」
「・・ラヴェンデルが、乳母なんかしているせいで自分は恋人と引き離されないといけないんですか!彼には病弱な親がいるんです。王都から離れる事もできないし、仕事を辞める事もできないのに。」
誰のせいで乳母として働く羽目になったかわかっているのか?とますますイラっとした。
「別にいいじゃないか。『真実の愛』で結ばれた恋人なのだろう?だったら、離れて暮らしたって心変わりなどされないさ。もしも、されたなら、恋人が本当に愛する人と巡り会えた事を祝福して喜んであげたらいい。愛する人の幸せを喜んであげる事が真実の愛なんだろう?」
ローマイアーは悔しそうに唇を噛んだ。その後、瞳に邪悪な光が宿った。
「だったら、ヴィンター支部に子供達を連れて行きます。子供の親権は父親の物だ。子供を自分が引き取ります。」
そう言えば、私が辞令を取り下げると思っているのだろう。
本当に自分の事しか考えられない男なのだな。と情け無く思った。官僚登用試験に受かったのだから頭が悪いわけではないだろう。だが、彼は己に踏み躙られる者の痛みが理解できないのだ。
「それは無理だな。君は三年前に妻子を置き去りにして家を出、銅貨一枚養育費を払っていない。これは深刻な児童虐待だ。児童虐待をする親に親権を持たせる事を裁判所が許すはずがない。母親側も虐待をしているとか、生活能力が無いというなら話は別だが、ラヴェンデル殿はきちんと子供達を養育しているし、給料も君より遥かに高いんだ。今更、君が親権を取り戻すのは不可能だな。」
ローマイアーが恨めしそうに睨みつける。しかし、もはや司法省内に彼の味方はいない。『真実の愛』を礼賛していた馬鹿共は皆『賄賂組』で全員司法省をクビになったから。
私は目の前の書類を見ながら、ローマイアーに出ていくよう命令した。
そうして、何とか目の前の仕事を一つ一つ片付けていく日々が続いた。
そんな某日。私は妻にお願いをした。
「我が家に部下達を呼んで食事会を開きたいんだ。」
呼ぶのは13個ある課の課長達だ。
前任者の取り巻き達はほとんどクビにしたが、それでもまだ影響力は残っている。それを払拭し、横のつながりを保って一致団結する為の親睦会を計画している。当初はどこかのレストランでしようかと思っていたが、クリシュトフに
「貴族社会一ウマいと評判の、エーレンフロイト家の料理と菓子が食べてみたいです。」
と言われたのである。
「13人の課長達のうち3人は女性だ。妻がいる男には、妻も同伴させるよう言っている。家族の支えがあるからこそ、男は外で働けるのだからね。なので、奥方も労えたらと思っているんだ。それで、君にも同席してもらえれば、と思うのだけれど。」
「承知しましたわ。旦那様。セナと一緒に、最高のメニューを考えて用意致しますわね。」
気のおけない楽しい夕食会になると良いな。と思った。
まさか、その日。王都を揺るがす事になる、あんな大事件が起こるとは思ってもいなかった。
いつも読んでくださってありがとうございます。感謝します。
次話から、レベッカ視点の話になります。どうか、よろしくお願いします。
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