司法省改革(2)(フランツ視点)
私は帳簿の入金欄を眺めた。
その全てが行われて来た不正の種類だ。
これを一つ一つ捜査していかないとならない。一番、額が多いのは・・・。
やっぱこれだな。
官僚採用試験で、不正を働いた人達の家族からもらった賄賂である。
司法省は、ヒンガリーラント建国時からある省である。
職務も多岐にわたる為、省員の数が、財政省、医療省に次いで多い。その数、実に二千人だ。
王都の本部勤務が約千五百人。王都以外の王室直轄地にある支部や、友好国の大使館など、王都以外で働く者が約五百人である。
そして、その中で賄賂を払い試験を不正に突破した者の数が約三百五十人。司法省全体の約六分の一という多さだった。
前任者が、大臣をしていたのは12年。新規採用される省員は毎年五十人だ。つまり12年間で六百人。その半分以上が不正入省者なのである。
という事は本来受かるはずだった人間が、毎年二十五人以上落ちていたという事か。
この不正が世に広く公開されれば、国民は怒り狂うだろう。
「この三百五十人も解雇ですか?」
とクリシュトフが聞いて来た。
「いや、いきなり三百五十人辞めさせたら、省の仕事が回らなくなる。中には、真面目に受験するつもりだったのに親が勝手に賄賂を渡した、とか、入省した後で努力と勉強を重ねた、とかいう者もいるだろう。悪事に手を染めていたのならともかく、そうではない有能な者を辞めさせる必要はない。」
「その有能な者と無能な者を、どうやって分別するのですか?」
「全省員に、再試験を受けてもらう。」
「あー、なるほど。しかし、私のように、採用試験前に必死になって知識を頭に詰め込んで、合格した途端全てを忘れたって者も多いと思いますよ。」
「賄賂を支払っていない者は不合格にはしない。添削の対象にするのは、賄賂を支払った者だけだ。全員に受けさせるのは、全員の今の知識量を把握しておきたいのと、誰が賄賂を支払ったのかが皆にバレて、後々その者が差別やいじめの対象にならなようにだ。」
調べてみると、その三百五十人の中に、地方の支部で勤務している者はいなかった。なので、本部勤務の者だけ再試験する事にした。
方法は本試験と同じ、筆記と口頭である。
結果。
試験問題を比較的簡単なものにしたので、普通に合格して入省した者に不合格者はいなかった。
しかし、不正合格者三百五十三人のうち、合格基準に達していたのは五人だけだった。その五人もギリギリだった。
というか、法律の知識云々の前に、読み書きがろくにできずそれ故に読解力ゼロな者がゴロゴロいたのだ!
「自分の名前の綴りさえ間違えていたのだぞ!奴らは何の仕事をしていたのだ⁉︎」
「受付でにっこり笑うだけ、とか、補佐官に丸投げして何もしなかったり、女性なら大臣にお茶をお出ししてはべるだけ、とか・・・。」
トルデリーゼ嬢がそう答えた。
「あ、でも、諜報活動とかしてた人もいたみたいです。」
「諜報活動?」
「夜会とか、カフェに行って情報を集めて来るらしいです。」
「その状況に不満とか出なかったのかな?」
「・・出ないわけではありませんが、表立っては。大臣に睨まれると大変な事になりますから。それに、私が入省した頃はそれがもう普通の事でしたし。貴族と平民、富裕層と貧困層、美人と不美人では立場が違うのも仕方ないとみんな最初から諦めていました。」
「・・・。」
「・・それは、まあ、悔しいと言えば悔しいですけれど。でも各省では、大臣の個性が全てです。司法省はそういう所だと、官僚予備校でもはっきり言われました。農業省は新しい省なので人事にも柔軟性があり、情報省は実力だけが全て。工学省は大臣が女性嫌いで、女子はほとんど入れないし、典礼省はディッセンドルフ派貴族でなければ入れないと。」
「・・一つ聞くけど、大臣に睨まれるとどうなるんだい?」
「ハラスメント地獄です。辞めるまで嫌がらせが続きます。」
仮にも法を司る、司法省でか⁉︎
「そもそも、バカに張り切って仕事されるとろくな事になりませんよ。何もしないでくれる方がむしろありがたいってモンです。」
とクリシュトフが言った。
「だが、働かない馬鹿に給料は払えん。そういう奴を切り捨てる為にした再試験だ。彼らには辞めてもらう。それと、フロイライン・バイルシュミット。もう一つ聞きたい事がある。口頭試験をして気づいたのだが、どうしてここには三十歳以上の年齢の女性がいないのだ?」
「それは・・皆辞めさせられたからです。大臣が、中年女は必要無い。見たくもない。という主義だったので。そもそも、妊娠したら即解雇なので、だいたいの女性が二十代で辞めていきます。」
「医療省とかには、産休育休の制度があるって聞いた事があるが?」
「医療省や教育省は良いねー、ってみんな言ってました。」
「フロイライン・バイルシュミット。妊娠や年齢を理由に解雇された女性職員をリストアップしてくれ。三百四十八人解雇するんだ。今までろくに働いていなかった人間達とはいえ、さすがに仕事が回らなくなるだろう。もう一度働きたいと言ってくれる人に働いてもらいたい。既に新たな仕事や生活を始めている人も多いだろうが、再び働いてくれるなら、保育士を雇って子供達を見る為の保育所を準備するし、地方の故郷に帰ったという人には引っ越し費用の補助金や住宅手当を出す。お願いできるかな?」
「勿論。喜んで!」
その後、バイルシュミット嬢と何人もの女性達が、解雇された女性二百十人を調べ上げて、連絡をとってくれた。そして、そのうちの百九十人が再就職を希望してくれた。伝染病のせいで夫の収入が減った人や夫が失業した人、というのが数多くいたのだ。夫が天然痘で死亡してしまった。という人さえいた。
更に、嫌がらせで辞職に追い込まれた男性の事も調べてくれて、二十五人再雇用する事になった。
そうして、人事の問題は何とか片付ける事ができた。
次に『裏金帳簿』の中で多かった収入は『身代わり屋の斡旋手数料』である。
トルデリーゼは、26歳独身。『貧困層』枠です。
バイルシュミット家は貧乏な子爵家なので、弟や妹達の為トルデリーゼがせっせと働いて仕送りをしていました。大臣が変わり、30歳になってもクビにならずに済むので、良かった~と思っています。




